坂
高*橋を渡り終えた俺は、歩道を直進した。猛烈な異臭が、後方からしつこく追いかけてくる。スライムが焼ける臭いと人肉が焼ける臭いが混じり合って、鼻を曲げるような威力を発揮していた。いや、実際に「曲がっている」かも知れない。だが、鏡を見る余裕さえ俺にはなかった。
コスプレ男を食い殺した化物たちは、続いて、コスプレ女の死骸に食指を伸ばすだろう。まるで、焼き芋の皮を剥ぐようにして、科*隊の衣装を取り去り、適度に焼けた女の体に齧りつくだろう。
人肉の味を覚えたスライムはますます凶暴性を高めるという。さっきの群れが、分裂したばかりの新生グループか、あるいは、相当に食い慣れたベテランたちなのか、そこまでは俺にもわからない。どちらにしろ、先を急ぐべきだった。
スライムの胃袋は底無しだ。全身胃袋と云っていいモンスターだ。男と女を食べ尽したら、次に狙われるのは、当然俺ということになる。年齢(とし)のせいか、最近は「いつ死んでもかまわない…」と思う瞬間が増えているが、それでもやっぱり、化物に食われて死ぬのは嫌だ。やつらの栄養となり、繁殖エネルギーに変換されるのは極力避けたい。
道はやがて、ちょっとした勾配を帯び出す。池袋を目指すならば、この坂を上っていけばいい。歩き慣れたコースと云えるわけだが、スライムの跳梁が始まってからは「地獄の坂」と化してしまった。
俺は地獄坂を上り続けた。左は明治通り、右は都電荒川線だ。前方に学**下の駅が見えた。同駅の周辺で、妙な手合いが何やらもめていた。
行きか帰りかは知らぬが、仮装パーティの参加者然とした輩が、二つに分かれて罵り合っていた。一方は「新選組風」の衣装を、もう一方は「三銃士風」の衣装を着用していた。
おそらく、有名大学の勇者部たちであろう。純然たる遊び、単なるコスプレならば、特に危険はないが、連中は武装している。腰に差した日本刀とレイピア(細剣)は玩具ではない。本物である。
勇者部の部員は、縄張り意識が異常に強いと云われている。些細な理由で斬り合いを演じかねない。多少は「演じたがっている」部分もあるのだろう。自分の武器を試したいという物騒な気持ちがあるのだ。ともあれ、餓鬼と*人に刃物を与えてはならない。
これ以上、連中に近づくのは得策ではない。荒事や面倒に巻き込まれるのは御免である。学**下の手前にある歩道橋を利用することにした。対岸に渡ってしまえば、一応安全だと思われた。しかし、そううまくはゆかなかった。階段を登り切った俺の視界に、新たな魔群が出現した。都民に「毒吐き」の異名で呼ばれているイエロースライムの群れであった。
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