棍棒

 バトル見物にも飽きた。又、戦いが終わる前にこの場を去った方がいいようにも思われた。二戦士は、あの働きでどれぐらい稼ぐのか。彼らの年収額は、俺のそれの十倍はあるだろう。ねたむ気持ちはない。スライムハンターは命懸けの危険な仕事だ。相応の報酬を受け取るのは当然である。


 スライムハンターになるためには、資格試験に合格する必要がある。無免許のハンターも相当数いるが、依頼する側にしてみれば、胡散臭い後者よりも、信用性の高い前者を選びたい。

 後者の中には、免許証を偽装する奴がいるらしい。前金が振り込まれざまにどこかへ消えてしまうのだ。いわゆる「スラハン詐欺」である。法律が厳しくなり、以前よりは減少したものの、完全に絶えたわけではない。


 俺は視線を橋の上から、正面に移した。直後、視野に飛び込んできたのは、食人モンスターの禍々しい姿であった。

 麦藁帽子状の胴体が不気味に蠕動していた。クレバスを連想させるでかい口の中に、無数の歯牙が生えているのが視認できた。口の奥には「スライムの手」とも呼ばれる長い舌が控えている。これに絡みつかれると非常に厄介なことになる。

 幸い、スライムは一匹だった。もう少し気づくのが遅いか、あるいは、敵が複数であったなら、俺の人生はここで幕を閉じていたかも知れない。


 俺は「わっ」と叫ぶのと同時に、右手の棍棒を無我夢中で繰り出していた。渾身の一振りがスライムの脳天を直撃した。その瞬間「ぼこん」という自分でも吃驚するような大きい音が響いた。続いて、右腕に嫌な感触が伝わってきた。

 スライムの頭が、腐った果肉みたいに割れていた。化物の体内から、泡状の体液が大量に湧き出してきた。途端に猛烈な吐き気に襲われた。俺は臆病の塊りである。気持ちの悪いものを見ると、すぐに嘔吐しそうになるのだった。但し、実際に吐いた例はほとんどない。


 スライムはまだ生きていた。だが、動きを止めることには成功したようだ。俺としてはそれで充分であった。路面を蹴りざまに、俺は半死スライムの傍から走り去った。あの状態では、さすがに追いかけてくることはできないだろう。

 都電の線路を通過したところで、俺は一旦、後方を振り返った。頭の潰れたスライムが、体液を噴き散らしながら、逆襲を仕掛けてくるようなことはなかった。それを眼で確かめて、やっと安堵を得た。棍棒に化物の体液が、べったりと付着していた。

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