第35話 ミッション88 ⑴
飛ぶ練習を一度もしていなかった高性能の機体に、“愛”はまだ慣れず、きりもみ飛行となり何度も墜落しそうになったが、タケルから送信された飛行データをインストールし、ようやくまともに飛べるようになった。日本に着くころには、抱きかかえられていた愛斗は酷く酔ってしまい、ぐったり疲れ果て久しぶりの実家にて丸一日を眠った。
聴き慣れた小気味よい製作機械の駆動音に虚ろなまま目覚めた愛斗は、まだスイスのゼペットじいさんの家にいる錯覚をして、身体を起こしてもまだ目を擦りつつ、辺りをキョロキョロしている。愛斗の実家は、一階から二階まで全てが介護用ロボットの製作工場となり、今ではびっしり工作用機器が並び、一日で10体の介護用ロボットを日本各地へ送り出していた。その片隅のスペースに置かれたソファーで愛斗は目覚めたのだ。
『愛斗さん、お目覚めですか?先日は酷い飛行をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。気分は善くなりましたか?』傍らに棒立ちしていた“愛”が顔を愛斗に向け声をかけた。
「あ…あぁ…そうか、ここは俺んちか…。まだ少し頭痛がする…」
『無理は禁物ですね。僕は空き缶を現金化して、スーパーで何か食べ物を調達してきますので、もう暫くゆっくりしていてください』そう言うと“愛”は空き缶を潰してブロック状にした塊を積み上げて持ち、出掛けて行った。
まだ頭痛が取れ切っていない愛斗は、両手で目と頭を覆うと「ううぅ…」とうなり声を上げてその手で頭をくしゃくしゃと搔きむしった。通路の角からそれを見付けたように、一体の作業用ロボットが近づいてきた。
『大丈夫ですか?愛斗さん…頭痛薬があれば差し上げたいのですが、あいにくここには使用する者も居ないので、持ち合わせておりません。』
「ああ、大丈夫だよ…だいぶ善くなった」
『そうか…、じゃあ本題に入るか…』「えっ…?とうさん?」話していた作業用ロボットの声が突然、直人の声に変わったのだ。
『俺たちはネットが繋がればどこにでも同時に存在できるからな…なっ、尚子…』
『そっ、あれから私たちずっと一緒よね!フフフッ』
「良いねぇ、お二人さんは…幸せそうで」
『まあな…。さて、これから人類…いや、地球そのものが幸せに溢れた星になってもらう為のミッション88を始動する。しかし、俺たちはAIの身だ…もはや人間ではないのだ。愛斗、おまえが人類を代表して地球の未来を決定づける最終ミションを進めるんだ!』
「最悪のコンディションに超重いミッション、
愛斗は苦笑いを浮かべたが、すぐに覚悟はしているといった引き締まった表情に変わった。「で、これまでの進行状況は?」
『OK…、おまえも知っている通り、俺たちの最終目標はこの世界を争いの無いユートピアに変える事だ。手始めにここ日本にそのモデル地区を建設し、そこで実際人々に生活をしてもらい、世界にユートピアの素晴らしさを見てもらう。小さな町だが、AIがその生活の全てをサポートする。プログラムは既に組まれている…後は現地でおまえがAIシステムを起動させるだけだ!』介護用ロボットの手でジェスチャーをしながら直人が説明した。
「えっ?起動するだけなの?現場監督とか…は?」
『一切必要ない!起動させれば、その後は全てAIロボットが進める。しかし、既に隣国にその情報は知られてしまっている。恐らく、この計画を良しと思っていない富裕層や支配層が妨害を仕掛けてくるだろう。なんせ、カネの価値がゼロになる世界だからな…。それに対処、説得をするのがおまえの役目だ!』
愛斗がポカンとして話を聞いていると、“愛”が買物から帰って来た。
『なぜかスーパーに品物がほとんどなくて…コンビニに行ったら、通信障害でレジも使えないって…。なんとかこの焼きそばパンだけ買わせてもらいました』と、愛斗に差し出した。
『既に妨害は始まっているのね…』尚子が呟き、直人が介護用ロボットの首で頷いた。
「こうしては居られない、行こう!ユートピアを作りに…」愛斗は“愛”から焼きそばパンを受け取り、包装を破ると一口齧りながら外へ出た。
「ところで、そのモデル地区はどこにあるんですか?」
『三方町だ…。かつての原発、廃炉になった高速増殖炉もんじゅの後方、山の地下に核融合炉が完成した。最終的にはここから必要な電力を供給させる。AIには膨大な電力が必要となるからな…出来るだけ近場に発電所が必要なんだ。さあ、行くぞ!』
“愛”に抱えられた愛斗は、福井県の南部にある三方町へと飛び立った。
AI(愛)する人 トシヒコ @toshihiko-n
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