第14話 DB第二支部 ①
どんな業界でも、それこそ表も裏も関係なく会社には事務仕事が存在します。
しかしながら裏の会社では事務員が不足しがちです。
事務の仕事内容は表と何ら変わりないのですが、当然ながら表の求人サイトで募集することは出来ません。
裏の求人サイトもあるのですが、応募が少ない上に採用基準をクリア出来る人材は僅か。その僅かな人材は絶対に事務員が必要と判断された部署に配属されます。
そして私の所属する部署は絶対にとは判断されていないようで事務員を求めても上層部に「兼任でやり繰りしろ」と言われるそうです。
そんなわけで、
「おはよううございます」
土曜日に私は朝から事務仕事をする為に会社に来てます。
会社と言っても支社の一つでマンションの一室を借りた事務所。
名称は『DB第二支部』。DBはDeathのBusinessらしいです。
事務所に居るのは二人。
「おはよう紅さん。来てくれて助かります」
一人は渡辺さん。
中肉中背、短く切り揃えただけの髪型、薄い醤油顔。黒のスラックスに白のカッターシャツ+ネクタイ。
まるで量産型のサラリーマンのような見た目の渡辺さんですが、支部長の役職に就いています。
「おはよう、休日に悪いな紅」
もう一人は音重さん。
音重さんは今日もバーコード禿げにちょっとヨレたスエットです。事務所で仕事の時は行き帰りだけでなく常にスエットです。
事務所では髪型も服装も自由なので、何も問題ないのですけどね。
因みに私は水色のドレープシャツにグレーのボトムス、髪はお団子ヘアーにしてます。
「働いた分給料貰いますから気にしなくて良いですよ」
「残業になってもしっかり払いますよ」
「裏でも大手はその辺はキッチリしているからな」
金銭が関わる契約違反で問題が起こるのは表も同じですが、裏の場合は些細な違反でも大問題になりかねません。
例を言えば「報酬が契約より少なかったから雇い主を殺した」とかですね。小さい会社では殺傷沙汰はよくあるそうです。
大手企業では無駄なトラブルを無くす為に給料は契約通り支払われます。
「残業になる程仕事溜まってるんですか?」
「一応三人でやれば18時には終われると予想してます」
DB第二支部で事務仕事をするのは、
メインで渡辺さん、サブで音重さん、サポートで私、この三人でやり繰りしています。
「では処理する仕事を教えてください」
・
・
・
・
カタカタカタカタ、ターン!と
「はい、終わりです」
「「お~」」
現在は17時、予定より一時間早く終れました。
「さすが紅さん、さらに仕事速くなってますね」
「紅は何でもできるな」
「私は天才ですから」
「ほんと天才だよ紅さんは」
「ああ、俺も紅の若さでそれほど多才な者を見た事がない」
私の軽口に素で同意するおじさん二人。同級生とはノリが違います、当然ですけど。
「紅さんが週2も入ってくれたら、事務仕事も溜まることなさそうですね」
「現場の第一線で活躍してくれてる奴にこれ以上負担を増やすな。事務員配属の話はどうなっているんだ?」
「何度も上に掛け合ってるはいんですけど……ほら今日の通り、やり繰り出来ちゃってますから」
兼任でやり繰り出来るから、出来ない所より後回しにされるようです。
「では私が手伝わなければ事務員が配属されるという事ですか?」
「いやいや、その場合は「今まで出来ていたのに何で出来ないんだ」って僕が怒られて、結局ギリギリで紅さんに泣きつく事になります」
「それなら普通に頼まれる方が良いですね」
「ですよね。あ、でも他の要求はすんなり通ることが多いんですよ」
「…そこのロボット掃除機とかですか」
私は席を立ち、以前は無かった渡辺さんの席の斜め後ろに置かれた円形の物体に近づく。
「そうです。部長が「特別にって」通してくれました、僕達の頑張りをちゃんと分かってくれてるんですよ」
「それ結構良い掃除ロボじゃないか。少し前家で購入を考えて色々見たが、かなり値がしたはずだ」
「はい、最新モデルです。これがあれば面倒な掃除から解放されます」
「これが綺麗に出来るのは床だけです、掃除は定期的にする必要がありますよ」
実際この事務所、埃が溜まっているところが色々と目につくんですよね。
それに、
「渡辺さんちゃんとお風呂入ってますか?臭いますよ。服も汚れてて洗濯してなさそうですし」
「え、臭うほどかな…」
「俺もちょっと臭いと思っていた」
「すみません、忙しくて」
「支部長の仕事+事務仕事ですから忙しいのも分かりますけど」
「風呂と洗濯の時間ぐらいあるだろ」
渡辺さんも仕事は出来るんですけど、そういう所はズボラなんですよね。
意外と音重さんは臭かったりはないんです…あ、意外とか言ったら偏見ですね。
「昔の癖と言いますか、前の会社では本当に風呂や洗濯の時間もなくて、一週間お風呂入らないとかもザラにあったんですよ。その為か今でも「毎日体を洗う、毎日綺麗な服を着る」って感覚が乏しいんです」
渡辺さんの前職は表の会社だったそうなんですけど、どぎついブラック企業だったらしく心身共に疲れ果て本気で自殺を考えてたとか。
そんな時偶然に現部長と出会い、この会社に転職したそうです。裏の会社で働く人の中ではレアケースと言えます。
「でも二人が言うなら今後は気を付けます、風呂と洗濯合わせても30分ぐらいですしね」
30分?お風呂だけでもそんな早くは……いやでも、男性にはカラスの行水のごとく15分かからずお風呂を済ます人もいると聞きます。洗濯機を回しながらお風呂に入れば不可能ではないですね。アイロンかける時間はないですけど渡辺さんの頭にも含まれていないのでしょう。
「忙しいと言っても月一で一週間程度ですし、残業代もフルで支払われますし、ここはホワイトな会社ですよ」
笑顔でそういう渡辺さんに、
「それは現場の第一線を知らない者の台詞だ。渡辺もデスゲームに参加してみろ」
「僕だと…死んでしまうので」
「それが分かっているならここの仕事が楽みたいな事は言うな」
音重さんがマジトーンで説教してます。
今ではメタボ体型中年オヤジの音重さんですが、若い頃はマッチョでデスゲームに参加してバリバリ活躍していたと聞いています。
「俺も第一線を退いた者だから偉そうに言う権利ないが、紅は不満をドンドン言って良いぞ」
第一線を知ってるからこそ、若手の私にも気を遣ってくれる音重さん。だからメタボ体型だろうとバーコード禿げだろうと常にヨレたスエットだろうと、文句なんて言ってはいけないんですよ。
「私もこの会社の労働時間に対する賃金においては、ブラックとは思っていませんよ」
「ですよね。さっきの発言も前の会社と比べてホワイトだから口が滑っただけで、僕に悪気はないんですよ」
悪気はない、ですか…。
「ただ私としては、ホワイト企業かブラック企業かは、労働時間と賃金だけで決まるモノではないと思うのです。他にもパワハラとかセクハラとかが行わていればブラック企業と言えるかと」
「そ、そういう意見もありますね」
渡辺さんは目に見えてオドオドしだし、私はそんな渡辺さんの背後に立ちました。
「紅さんが言いたいのはこの前の脱出ゲームでの通話「スパッツ脱げ」だの「ブルマ脱げ」だののセクハラ指示だよね。僕も上からの指示なんだよ、ほんとそういうパワハラは困りますよね~」
…しらばっくれますか。
非を認めて素直に謝罪するなら減刑するつもりだったんですけど。
「本当に上からそんな指示が有ったかは一先ず置いておきましょう。脱出ゲームの編集版見ましたよ」
編集版とは言葉通り、デスゲームのライブ動画を編集して見どころをピックアップした動画。
スローや繰り返しなどでの演出も追加されて、リアル感は薄れますが作品としてはこちらの方が楽しめます。
「そそそうなんですか。どう…でしたか?」
「良かったですよ。私の作った取れ高もカッコよく編集してくれてました」
「ですよね。編集版とても評判良く売上も…」
「本編映像には不満はありません、ですが」
私はさらに渡辺さんに近づき、
「あの映像特典は何ですか?」
その首筋にナイフを突きつける。
「く、紅さん!あ、当たってるんですけど」
渡辺さんの首から赤い雫が滴る。
「あててんのよ」
「違いますよ!?それそんな狂気の台詞じゃありませんよ!」
「遺言はそれで良いですか?」
「待って待って待って待ってください、話を聞いてください紅さん」
「ええ、聞きますから質問に答えてください。あの特典映像『その時JKは…』というのは何ですか?」
編集版は映像作品として良くなっているとは言え、結果はライブ版と同じ。販売数を延ばす為にライブ版では見れない特典映像を付けることが大半です。
今回の脱出ゲームの特典映像はタイトル通り私の映像でした。
タイトルを見た時に「おやっ?」となりました。私には特典映像の話に覚えがないからです。内容を観てみると、脱出ゲーム中道場で七三眼鏡さんがメスパンダさんを犯すのを私が覗いている場面。
しかし私には身に覚えないシーンが追加されていました。
それは自慰行為シーン。
まるで「JKは強姦を覗きながら自慰行為を
「あ、あれは、ですね、撮影・編集班が急遽提案して作った映像でしてね」
「作る前に提案を渡辺さんが許可してますよね」
短い時間とは言え、私と似た体型の女性を起用して撮影しているのですから予定外の費用が掛かっています。
予算管理は支部長の仕事、真っ先に渡辺さんに提案の話が来るのが道理。
「い、いや、その……売上延ばす為に、仕方なくですね。エロはやっぱりウケやすいので…」
「私はエロNGだと何度も言ってはずです。売上の為でも事前に一言あって良いと思うのですが」
「あれは特典映像用に他人を雇っての嘘映像だから。視聴者も本当に紅さんが覗いて興奮してオ〇ニーしてたとか思って…」
さらにナイフを首に切り込む。
「痛い痛い痛い痛いです!…ほんとそれ以上は、僕鍛えてないんで、ほんと無理なんです!」
「実は裏を取ってあるんですよ。渡辺さんが撮影・編集班の提案にノリノリでOKを出したことも、「紅さんには私から言っておくから」と伝えてる事も」
「どどどうやって?」
「そんなことを知る必要がありますか?これから死ぬ人が」
「たたた助けてください音重さ~ん!」
音重さんに助けを求める渡辺さん、ですが、
「渡辺、どう考えてもお前が悪い」
「ご愁傷様、渡辺さん」
「いやぁ~!!」
「とはいえ渡辺が死んだら仕事に支障が出る。ほどほどにしてやってくれ紅」
「……ちゃんと謝罪してくれなら考え直しましょう」
「しますしますします!謝罪しますから、ナイフを離してくださいお願いします!」
私はナイフを首から離し鞘に収め、距離を取る。
近づきすぎて臭かったんですよね。
渡辺さんは席から立ち上がり、私と対面し気をつけの姿勢で、
「この度は貴殿の名誉…」
サラリーマンらしい謝罪をしだしました。ですが途中で、
「ちょっと待ってください」
私が待ったをかける。
何故なら謝罪の姿勢がなっていないからです。
「ハっ!」
「ぐへぁっ!!?」
渾身の腹パンで渡辺さんを強制的に土下座体勢にさせます。
「頭が高いですよ」
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