第九話 猩猩鬼

境内を出てしばらくして戻ってきた白雷、タンコブを作って倒れている薫、俺を慰める狐ノ葉さん、そして俺。

散り散りにされていた四人が集まった。


「で、薫。さっきの行為に意味はあったのかコラ」


「も、勿論だよリュー。恥ずかしい話、私さっき猩猩鬼を見つけて追い詰めたんだけどさ、幻惑術掛けられて逃げられちゃってね……」


「え、追い詰め……え!?」


嘘だろ……一番期待してなかった奴が一番戦果上げてたのかよ!?


「まーそれで目につく生命体が全部リューに見えちゃってね。いや〜選別大変だったよ」


普通はそういう惑わす系って味方が敵に見えたり大切な人から責められたりとかそういうのじゃないのか!? 何だよ生命体が全部俺に見えるって!?


「もしかして、その見えた俺に何かエグい事言われてキレたとか……」


「いや、なんか急に綺麗だな、とか結婚してくれ、とか言われて寄ってきたからさ。リューじゃなさそうだし気持ち悪いから斬っちゃった」


「お前俺にどうして欲しいの」


薫の行動を聞いて少し寒気を感じた。

コイツ普段から俺にあんなことしょっちゅうしておいて俺から歩み寄られたら斬るってどういう事だよ。


「……で、それはまぁ置いといて、なんで俺がお前の胸を触る必要が?」


「以前言った通り、リューには陰の奇のマナを吸い取って浄化する力がある。自身でどうにも出来ない場合、幻惑術で乱されたマナを元に戻す為にはマナを司る器官のどれかをリューに触って貰う必要があるんだ」


「私ならば尻尾、白雷ならば角などを指す。儂が幻惑術から解放されたのはお主が尻尾に触ってくれたからじゃ」


「あー……そういうことだったのか」


訳を聞いて納得した。

それなら……まぁ、胸を触ってしまったが、薫を助けるという意味で大丈夫だろう、うん。


「実を言うと頭でも良かった」


「まだ幻惑術に掛かってるっぽいな」


胸触れはワザとかコノヤロー

最初から頭って言えば良かったじゃねーか。

そんな不満を抱いたものの、口に出すことは無かった。

……そういえば、白雷は何で幻惑術に掛からなかったんだろうか。猩猩鬼に遭遇してないからか? それとも幻惑術に耐性があるとかか?


「……追い詰めたという猩猩鬼はどこへ向かいましたか?」


白雷がまだ少し不機嫌そうな表情で尋ねる。

さっきの疑問は後日にした方が良さそうだ。


「ここへ行ったのまでは見えてたんだけど……やっぱりそこか」


薫の見据える先にあるのは廃神社。

今までずっとここにいたけど何も入りこんでは……


「そこにいるのは分かっている! 姿を見せよ!!」


今までの、そして彼女の性格からは想像が出来ないような声で薫が叫ぶ。それを聞いた俺は体がビクッと反応した。

信じられない、薫のこんな姿は初めて見る……


「おのれ……小娘風情が吠えおる」


廃神社の祭殿から赤く光る目が浮かび上がり、徐々に大きくなり、入口を壊しながら姿を現す。

最初に現れたのは白い不気味な模様をした面、頭からは二本の角が生えており、全身からは黒いモヤのような物が出ており、最低限の猿の形をしているものの、姿が不確かなものとなっていた。


「あれが……猩猩鬼……!」


一目見ただけで全身の毛が逆立つ。

前の猪もそうだったが、あんな見るからにヤバそうな奴がゴロゴロいるのかよ!?


「成る程、ですがアレと間違えられるのは少々堪えますね」


「す、すまぬ」


刀を出し、俺達の前に出る白雷。

薫はどこからか取り出した弓を構えていた。


「狐ノ葉様は結界を。アレは私達で対処致します」


「心得た」


「リュー、アイツをみて何か変な所ある?」


「え、変な所って言われても……」


急な質問に慌てて猩猩鬼の姿を見る。

黒いモヤは多分違う、面も……違うだろう。そもそも俺にとっては猩猩鬼の存在そのものが変だ。

それでも何か無いかと探していると、猩猩鬼の腰に何かが光ったのが見えた。


「腰だ! アイツの腰に何かがある!」


「じゃあそこにあるのがそうだね」


薫の言うものが一体何なのかは分からないが、猩猩鬼の腰にある物を狙っているのだけは分かる。

つまり……


「あそこに……楓がおる!」


狐ノ葉さんが猩猩鬼の腰の光ものに指さす。

薫が光目掛けて矢を放つが、飛んで避けられてしまう。


「馬鹿め! そのような見え切った狙いなど」


「こちらはどうですか?」


さっきまで薫の側にいた筈の白雷は猩猩鬼の飛んだ先にいた。


「貴様ッ……グオッ!?」


咄嗟に腕を出し防御するが彼女の刃は腕を難なく断ち、白い面まで到達。だが面を斬ることが出来なかったのか、衝撃で地面に叩きつけられた。

猩猩鬼の重みで土埃が舞う。


「リュー! お願いできる!?」


「っ!……分かった!」


俺は猩猩鬼に向かって全力で走り出す。

それに気づいた猩猩鬼は俺を潰そうと腕を振り上げるが、腕に札が張り付くと同時に五芒星が現れ動きを止めた。

アレは多分、狐ノ葉さんだ。


「小癪な……!」


未だ起き上がれていない猩猩鬼の腰に到着する。光っていた物の正体はガラス玉だった。中には火の玉が揺らめいている。

どうしてこんな物が……そんな疑問はあったが、お構い無しにガラス玉を猩猩鬼から剥がそうとする。

だがガラス玉はビクともしない。


「クッソ! どうなってんだコレ……!」


引っ張ろうと、捻ろうと色々な方法を試すが動かない。もしかするとマナで固定されているのかもしれない。

いっその事叩いて……いや、もし割れたりでもしたらどうする!?


「流! 一旦戻れ! 結界が……」


狐ノ葉さんの警告が聞こえると同時に上の方でピシッとガラスが割れるような音が聞こえてきた。腕の動きを止めている五芒星の結界が破られかけているのだろう。


「そうは……したいけども……!」


離れたくないのには理由があった。

次にこのチャンスがいつ来るか分からないのもある、だが一番は、ガラス玉の中で揺らめいている火が少しずつ小さくなっているようだった。

もし火が無くなったら……ここまで来たんだ、連れて帰りたい!


「何してるのリュー!? 早く戻って!!」


上で聞こえてくる音が次第に大きくなってくる。


「それじゃあ間に合わ……そうか!」


ポケットの中を漁り、薫から借りていた勾玉を取り出し、ガラス玉に当てながら引っ張る。するとガラス玉が徐々に猩猩鬼から離れていき、煙のようなマナで張り付いているのが見えた。

最初からそうするべきだった。

正直、この玉が取れると同時に腕が振り下ろされるかもしれない。


けど、ギリギリまで……!


「おのれ……渡すものかあああああああ!!!」


「ッ!?」


バリンッと腕の動きを止めていた五芒星の結界が割られ、腕が振り下ろされた。ガラス玉はまだ剥がれ切っていない。

コイツの方が早かった。


「流!」


「リュー!」


今から手離しても間に合わない、そう悟っているからか俺の手はまだガラス玉を手離そうとはしていなかった。

どうせ死ぬからか、まだ諦めてないのか……どちらでもいい。

だがその時


「世話が焼けますね」


空から一筋の光が猩猩鬼の腕を貫き、更には猩猩鬼とガラス玉の間にあるマナを貫いた。振り下ろされそうになった腕は一瞬動きが鈍くなり、俺はガラス玉が急に猩猩鬼から離れた為に後方に転び、腕を避ける事が出来た。

空には弓を持った白雷が俺を見ていた。


「白雷……」


「今の内です。離れてください」


頷き、急いで薫達のいる所まで戻る。

ガラス玉の火はまだ消えてない、まだ間に合う。

そう安堵した時


「おのれ……貴様だけでも……」


背後から聞こえてきた猩猩鬼の声に振り向いた瞬間、猩猩鬼から黒い波動のようなものが放たれた。その衝撃に耐えることは出来ず、体は神社の境内の外を弾き出され、視界が徐々に暗闇に取り込まれていく。


「また同じの……白雷! 薫! 狐ノ葉さん!」


返事は無かった。周囲を見回しても暗闇で何も見えない。自分がガラス玉を持っているのかも分からない。

足をつける事も出来ず、宙に浮いているような感じで気分が悪い。

今の自分はどうなってしまっているのか……もう何も分からない。

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