第八話 右か左か

「狐ノ葉さんは薫にはまだ会ってないですか?」


「うむ、幻惑術中でも薫殿のお姿を見てはおらぬ。恐らくはここから更に遠くへ飛ばされた可能性があるのう。或いはこちらの世界に飛ばされていないか……恐れているのであろうな」


「どういう事でしょうか? 薫様には何か特別な力がおありなのですか?」


「あの方は神矢家の歴代当主の中で最も霊力を……我ら幻獣にとってのマナじゃな、その扱いが最も上手く、保有している量が多い。簡単に言えば強いのじゃ」


「成る程、それは確かにありますね。私も……」


白雷と狐ノ葉さんは二人で薫の事で盛り上がっている。

薫が……アイツが歴代最強?

え、薫が?

いやいやまさか、アイツは普通のただの変態だぞ。


「無用な心配とは思うが、薫殿と……ぐ……」


狐ノ葉さんが立ち上がろうとすると、彼女は苦痛に表情を歪め倒れようとし、俺と白雷は慌てて抱きとめた。


「す、すまぬ……少し目眩が……」


「だ、大丈夫ですか狐ノ葉さん!? どこか怪我とか……」


「心配無用じゃ、儂はまだ……」


狐ノ葉さんはそう言っているが、上手く立てておらず、今も俺と白雷が抱き留めてなんとか立てている状態だ。

どこを怪我しているのか探すと、彼女の足から血が出ていた。これだと狐ノ葉さんを連れて薫を探し回るのは……かと言ってここに留まるのも危ない気がする。


「流様に背負って頂いて、移動致しましょう」


「えっ」


「まぁ、それしかないよな。狐ノ葉さん、俺の背に」


狐ノ葉さんの前でしゃがみ、寄りかからせる。

背中の肩甲骨辺りに幸せな感触が。

普通に見てた感じだと少し膨らんでるぐらいしか分からなかったが、いざ触れてみると確かに柔らかいものを感じる。


「えっ、いや、その……ひゃ!?」


狐ノ葉さんを背負い、何とか立ち上がる事が出来た。

……こういう時の為に、少し運動しておくんだった。


「……流様、どさくさに紛れて狐ノ葉様のお尻を触りましたね?」


白雷がジト目で言う。


「ば、馬鹿ぬかせ! こんな状況で触るか! だ、大丈夫でしよね、狐ノ葉さん?」


「う、うむ、問題無い。少しびっくりしただけじゃ……その、最近油揚げを食べ過ぎていたからその……」


「いえいえ、何の問題もありませんよ! ハイ」


問題無い……訳では無いが、ここが踏ん張り所と頑張る。

ここで駄目だと後々の白雷との生活がヤバい。

冷酷な日々を送ることになる可能性がある。意地でもここは……

しかし、こんな状況を薫に見られでもしたら


「あーーーー! リュー達見つけた!!」


「…………マジかー……」


元気な声、逆にこっちは疲れる声。

鳥居の真下に風呂敷を背負った薫がいつの間にかこちらを指差し、立っていた。

この状況を、見られた。


「薫様、ご無事でしたか!」


「いやー今度はリューが3人か〜これで13人目なんだよな〜」


薫は難しい顔をし、腰に下げていた刀を抜いた。

白雷の声に対して噛み合わない反応……まさか……


「薫殿……一体何を……」


「狐ノ葉さん、白雷、多分、薫は幻惑術にかかってる」


「そんな馬鹿な!? 薫殿に限ってそんな……」


「でもアイツの反応はさっきの幻惑術にかかった狐ノ葉さんと同じなんです。現にアイツは刀を抜いてまっすぐこっちに来てるし、そうとしか考えられないんですよ!」


もしさっきの話が本当なら、戦えるのは白雷だけだ。

薫がもし白雷と同じように火とか水とか雷とか出して戦うのだとしたら……この周辺が危ない。


「……私が時間を稼ぎます。可能な限り努力はしますが……」


白雷が俺達の前に出て刀を構える。

狐ノ葉さんに善戦していた白雷がそんな事を言うなんて……やっぱり薫って強いのか!?


「さっきみたいに一体ずつ斬っていけば……あれ?」


ゆっくりと近づいてくる薫が、急に立ち止まる。


「なんか……一人リューみたいな感じのリューがいるなぁ」


「え?」

「え?」

「え?」


……幻惑術にかかっている影響か、薫はよく分からない事を言い出した。

なんだよ俺みたいな感じの俺って。それただの俺じゃん。


「んー……向かってこないし、皆リューだけど真ん中のが一番リューっぽい」


「流様、薫様は何をおっしゃって?」


「俺が知りたい。幻惑術のせいだろきっと」


嘘だ。

普段の薫でも言いそうだ。

幻惑術にかかってても薫の変態性は失われないのか。


「そこのリュー。もし聞こえてたなら私の言う通りに行動して」


薫が俺を指差して言う。


「な、なんだ?」


この状況だ、薫には何か策があるのかもしれない。

息を呑み、薫の指示に耳を傾ける。


「私の胸を触って」


「…………は?」


聞き間違いか? そうだ、そうに違いない。

十秒前の薫の言葉を思い出せ、何て言ってた?


「はい、どうぞリュー! 右でも左でもどっちを触ってもいいよホラ!!」


両手を上げて胸を出す。

あ、やっぱりコイツ胸触れって言ってたんだ……じゃねぇよ!? 出来るかそんな事!!


「どうぞ流様右でも左でもお好きな方を触ってください」


「え、あ、いや、無理だろ!? 頭も気持ちも整理が……っていやいやそうじゃなくて! なんで俺がコイツの胸触んなきゃなんないんだよ!?」


「し、しかしだな流、戦闘が避けられるのであればそれに越した事は無い。ここは大人しく……ほれ、幼少期に一緒に風呂に入った仲であろう?」


狐ノ葉さんまで何を言い出してるの!?

てかなんでそんな事知ってるの!?


「いやいやいや! そ、それは昔の話ですし、今はその……思春期とかのアレが色々と邪魔してまして」


「さぁどうしたのリュー! 本物のリューなら触れるでしょ? さぁさぁさぁ!!」


更に迫る薫。

コイツ殴った方が良いんじゃないか!?


「早く触って下さい流様。私気にしませんので」


「嘘つけお前さっきからすっごい冷酷な態度してるじゃねーか!」


でも狐ノ葉さんの言う通り、戦闘が避けられるのならそれ以上の事は無い。

だがここでコイツの胸を触ったら俺の今後が……


「ちなみにオススメは右だよ」


聞いてねぇよ。

なんでそんな事言ったんだよお前。


「クソッ……!」


ゆっくりと、薫の胸に手を伸ばす。

隣にいる麒麟様からの視線がとても痛い。腕中串刺しにされてる気分だ。

薫はドヤ顔で触られるのを待っている。すっごい腹立つ。


そして、俺の手が薫の左の胸に触れた瞬間


「あん」


薫が恐らくわざと艶っぽく喘いだ。


「あ、白雷ちゃんに狐ノ葉様、よくぞご無事で! それにリュー! これで私達に既成事実がおぶっ!?」


触ってしまった手で、薫の脳天にチョップをかました。

薫は頭からタンコブが出てその場に倒れた。


「はいお疲れ様でした」


白雷は幻惑術が解けた薫を見るなり境内をそそくさと出ていってしまった。

あぁ……さよなら未来の俺。


「……今度、蕎麦でも食べに行こう」


「……はい」

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