第40話 微睡

 『〇〇〇よ、近いうちに異世界から来客が来るだろう。その者に力を貸してやって欲しい。特別な振る舞いはしなくてもよい、お前が自由に気ままに力を貸し与えるだけで良い』

「そんな、私はマスターにお仕えする者。他の者に仕えることなどあり得ない、あっていいはずがない!」

『ふふ、可愛いことを言うな○○〇よ。お前は私にとって最愛の娘、恋人。母親にさえ捨てられた私にとって、たった一人の支えだ。だからこそ、お前に頼むのだよ。愛しい○○○ わかっておくれ』

『ああ、そうだ。○○○よ、お前の名は異世界にも遠く響いているから客人がいる間はお前の真の名前は隠さねばならない。お前の使い魔にも徹底させておくのだ、よいな!』


 私は、悲しかった。異世界の客人がいる間、マスターから真の名を呼んでもらえないなどという悲劇がよもや訪れようとは想像もしていなかった事態だった。

 でもマスターの願いを、頼みを聞かないなんて選択肢が存在するはずもなかった。たとえ、命令されなくても私の存在意義がマスターの意思をこの美しくも残酷な世界に届けることなのだから。

 だから、私は短く答えた。声に不満の響きがわずかでも残ることが無いように、それがマスターの下僕一号である私の矜持。だから、笑顔で答えた。


「はい、マスター」


 うーん、なんで、しばらく見なかったあの夢をみたのかな?まあ、いっか。


「それで、早速セーレを貸せと言うのね。ふん、まあいいわ。お客様に惨めにも敗北を喫してしまった以上せんないこと。これから、罰を与えようかといろいろ考えていたこともありましたが。ええ、試闘に勝利したお客さまの当然の権利を侵害するなど私には到底できませんもの。満身創痍のセーレがまともにお役に立てるかは甚だ心配ではありますが」「ああ、了解して貰えてありがとう」


 朝食のあと、足早に立ち去ろうとした下僕一号|(いい加減名前くらい教えてくれてもいいだろうにな)に昨日獲得した権利を早速主張したところ、いやいやながら了承してくれたみたいだ。


 いつもの表面が湖の水面なように見る角度により変化する水流が蠢く青いドレスを着た少女が両手を広げて宣言する。


「別にポーズなんか取る必要もないのだけれど。魔界一の速度を誇る貴族とほざいた割には人間風情に後れをとった屑のセーレ現界してしばし勝者となったこの者の訴えに応えよ!」


 少女の首輪に装着された真鍮の壺から二色の煙が流れ出し、見る間に二人の美少年の姿を象った。


「セーレにございます、仮初のご主人様。同じくセーレにございます、仮初のマスター」「え?なんだ、この双子は!あの、禿頭で太っちょの魔人はどうしたの?まさか、身代わりを寄こすとかあんまり人間を舐めたようなこと仕出かすと、こっちのも考えがあるよ!」


 俺は、二人の美少年を睨みつけた。


「待って、ふーむ。確かに、こいつらはセーレで間違いないわ。魔力のパターンも私の持ってる原簿と一致するし、そう言えばむかーしセーレをとっちめたときも、確か双子の少年だったわ」

「なんだと?じゃあ、あの禿の太っちょが何年か前は、こんな美少年だったとかいうのか。まるで、詐欺に引っ掛かったみたいで落ち着かない気分だよ」

「まあ、あとはあんたらで話し合うなり、殺し合うなり好きにして頂戴な。じゃあ、私はこれで、忙しいのよこれでもね誰かさんのおかげでカオス大陸くんだりまで巡業しなくちゃだし!」


 下僕一号は、いらいらしたように足音も高く自室に引き上げていった。


「うーん?じゃあ、セーレよろしくな。あと、早速で悪いけどネコさんの研究室に来てくれ」

「お任せを仮初のご主人、お任せを仮初のマスター、すぐお運びします」

「え、おっおい」


 あっと言う間に、俺はネコさんを追い抜いて研究室に放り出された。


「ふふ、大変だったみたいね」

「ああ、目が回ったよ」


 しばらく、セーレたちは研究室のベッドで寝ていた。その周りをネコさんは、いろんな計器を操り何やら測定していた。

 俺は、様々なグラフや数値の変化を訳も分からずに眺めていた。


「そうね、たぶん?これなら、いけそうね。じゃあ、錬成スタート!」


 ネコさんが宣言すると、セーレから発した光と作業台に乗せられた各種金属や宝石が

俺の目の前で回転しながら浮かんでいた。

 やがて、それらが一つになって一際眩しい輝きを発するとそこには真鍮の壺が嵌めこまれた腕輪が浮かんでいた。


「竜さん、その腕輪を左手に着けて。『セーレよ、壺に戻れ』と言ってみて」

「ああ、いちいち質問していたら時間が足りないよな?セーレよ、壺に戻れ!」


 俺の宣言が終わると同時に、二人の美少年は煙と化して腕輪の壺に吸い込まれていった。


「ふう、成功したみたいね。これで、竜さんはいつでもセーレを呼び出して使役することができるわ」

「そうか、これで一つ力を得たのか」


『うーん、眠たい。でも、新しくて居心地のいい家に帰ったみたいだ。そうだな、たぶんあの研究室にいた猫が造ってくれた壺なんだろう。新しいけど、なんだか落ち着く。ご主人の首輪の壺と同じものなんだなあ。

 まあ、いいか。今は眠ろう。

 ああ、そうだ。今は眠ろう。次の呼び出しに応えるために』

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