第三十四話 ロウの名は捨てろ

 ヨルダと別れ、ロウはノアビヨンドの艦内を歩いていた。

 与えられた来客用の部屋へ行くように言われたがその前に会わなければいけない人間がいた。彼女を探して、《ノアビヨンド》の通路を歩いていた。

 角を曲がり、観葉植物のある休憩所へ差し掛かる。

 いた。

 ピンク色の髪のアジアンスタイルの女の子、キティ・ローズが缶ジュースを飲んでいた。

 僕は彼女を見つけるなり詰め寄った。


「キティ! どうして引き返させてくれなかった、フレイアはまだ……わ!」


 キティはロウに気づくなり、休憩所内の細い通路、暗がりに彼を引き入れた。

 そして、彼の唇に指をあてる。


「気を付けろよ。お前がロウ・クォーツだってことは俺しか知らないんだからな」

「……キティ。僕は仲間を助けたいって言ったよな? 《アルクシェル》の力と《パッションコード》があれば、フレイアを助け出せたのに」


 フレイアの言葉を無視して、彼女を責める。

 キティはスッと真顔になって、ロウを見つめる。


「とりあえず、呼び捨てにしてんじゃねぇよ」

「……答えてくれ、キティ。どうして、フレイア救出に協力してくれなかった」

「…………」


 呼び捨ての訂正を諦め、キティは指を一本、目の前に立てた。


「まず、言っておくことがある。俺は一言も、お前の仲間を助けることに協力するなんて言っていない」

「…………ッ!」


 確かに、思い返すとユーリになることを認める、試すとは言った。ロウのイフ誘拐作戦への参加を了承すると。

 そこに、フレイア救出は含まれていない。

 キティは「次に」と言って二本目の指を立てた。


「フレイアを救出するっていうのはどういう話か教えてくれるか?」

「どういうって、僕のバンドメンバーを助けてくれっていう……単純で切実な……」

「フレイアだけがバンドメンバーなのか?」


 気が付いた。いや、思いだしたのだ。ロウはすでに救うことに失敗している。

 ランドと、シルフィはもう……【調律機関】に洗脳されてしまっていた。


「お前とイフ。あの空中都市ではその二つしか持っては来れなかった。本当に大切なものを手にするためには余計なものは拾うことはできない。そこまで人間器用にできちゃいないんだよ。何千年たってもな」

「じゃあ、僕にフレイアを諦めろっていうのか……?」


 拳を握り締め、全身が震える。

 ユーリ・ボイジャーの、英雄になると決めた男が、救える人を諦めなければいけないっていうのか?

 キティは諭すように肩に手を乗せた。


「ロウ。俺はこの名前を呼ぶのはこれで最後にする。だから自覚しろ。お前はもう選んでここにいるんだ。そのシルクハットを握った時から、俺と一緒にシグマデルタから逃げると決めた時から、ロウ・クォーツの目的を遂げるためじゃなく、ユーリ・ボイジャーの目的、エデンの解放を遂げるために行動しなくちゃいけなくなったんだ。そのためには捨てなければいけないものもある。それに、死ぬわけじゃないんだろ? 洗脳もいつかは解ける。俺たちがエデンを地球の手から解放させて、エデンの人々に自由を与えることができれば」


 ギュッと肩を握り締め、やがて離した。


「じゃあ、行くぞ。みんなが待ってる。ユーリ・ボイジャーとして。仲間に挨拶をしてくれよ」


 キティが休憩所から出ていき、ロウは一人残される。


「僕は……選んだ、か……」


 天井を仰ぎ見て、シルクハットを脱ぎ、胸に当てる。

 シルクハットを握る手に力を込めると、何故か安心してしまった。

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虹界のノア あおきりょうま @hardness10

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