第三十一話 完全調査

 シグマデルタ都市軍基地。

 その作戦本部室へ早足で向かう眼鏡の男がいる。


「状況は⁉ どうなっている⁉」


 モニターが並ぶ、作戦本部室へ入るなり、声を荒げて問いかけるオリバー・ウェールズ教諭。


「ウェールズ隊長。イフ・イブセレスの手に虹の腕輪が渡りました」


 報告をしたのはこの部屋の本来の主、クラック大佐ではなかった。

 若い白い軍服を着た青年、オウル・ルーゲンだった。彼は耳元にマイク付きの通信機を付け、ウェールズへ向けて敬礼した。そして、本来の主、クラック大佐は中央から外れた場所で腕組みをして、モニターを見つめていた。


「イーグルたちは何をやっていた?」


 オウルが報告するのを当然のことといった風でウェールズはモニターを見上げた。

 作戦本部の巨大モニターにはイースト地区のアカデミー校舎が映し出され、イーグルたちとイフ、シルクハットの男、そして金色のカブトムシの亜人が映し出されていた。

 オウルはウェールズの問いかけに少し口ごもった後、考えながら答える。


「あ~……学校のセキュリティがハッキングされていたようで。ここから指示を出そうにも全く状況が把握できずに、全て後手に回ったようです」

「ハッキング? 警戒レベルを上げていたのでは?」


 昨日の今日で、ハッキングされないように何重にも新しくファイアウォールを増設し、ネットセキュリティ対策に人員を増やして万全以上の態勢をとっていたというのにそれすらも突破されたというのか。


「はい、それでもです。こちらの打てるあらゆる手をかいくぐり、まるで幽霊の様にセキュリティを通過されました」

「信じられんな。我々【調律機関】に歯向かうというから、それだけの腕があるということか」


 ウェールズが眼鏡を上げた。

 隊長が納得したところで、オウルは巨大モニターを仰ぎ見る。


「この映像もリアルタイム映像ではありません。《プシュケロス》のカメラがとらえた映像で……その《プシュケロス》も全滅しました」

「全滅? 何機出していたんだ?」

「五十機です」

「………このエデンで最も高性能の《AF》だぞ?」


 信じられなかった。五十機でどんな都市も制圧できる。それほどの戦力だというのに、全滅してしまうだなんて……。


「一瞬でした。イフが発動させた虹の腕輪に収まっていた《MF》。恐らくあれが界変機と呼ばれる機体なのでしょうが……それが通り過ぎただけで《プシュケロス》の機体がナノマシン粒子へと分解されてしまいました」


 モニターに金の粒子と変わる《プシュケロス》の画像が映し出される。


「最悪だな。すべてが後手に回った。だが、一体何者なのだ? 『エリクシル』とは?」

「それが……」


 先ほどの屋上での映像に切り替える。


「このシルクハットの男の顔をよく見てください」


 映像が動き出す。動画が再生され、シルクハットの男がカメラの方を向いた。

 その顔がぼやけ気味ではあるが、モニターに映し出される。

 ウェールズは目を見開き、驚いた。


「ロウ・クォーツ……?」


「恐らく、奴が『エリクシル』を手引きしたものと。そして、先ほどイーグルからの報告によると、奴は別の名前を名乗ったそうです」


 ウェールズは画面に映るシルクハットをかぶったロウの画像から目が離せなかった。


「ユーリ・ボイジャー、と―――」

「……意味が分からん」


 少し、考えを巡らせてみたが、やはりわからなかった。

 どうして、ロウがその名前を名乗る? 彼と出会ったにしても、自分が名乗るのは意味不明だ。


「だが、ロウとイフが共にシグマデルタの外に出るというのは……」

「そうです。非常にまずい。何しろ奴は……ロウ・クォーツがイフ・イブセレスと共に『エリクシル』に入るというシナリオは何としても」

「オウル、出撃だ。何としてもイフ・イブセレスを奪還しろ。《クロウノワール》を出すんだ」

「了解!」


 オウルは敬礼し、自分専用の《MF》に乗り込もうと作戦本部を出ようとする。


「ああ、そうそう」


 その足をウェールズが止めた。


「ロウ・クォーツもだ」


 オウルが振り返り、いぶかし気な目をウェールズに向ける。


「ロウを? ……聞き間違えですか? 奪還しろとおっしゃったのですか? 連れて帰れと。殺さなくていいので?」

「ダメだ。彼は連れて帰るんだ」

「……奴は『未来適正評価』通りに犯罪者の道をたどり、『エリクシル』へ入って我々に反逆しようとしています。今はただの凡人ですが、すでにこんなことをしでかした以上……」

「ダメだ」


 反論を聞き入れてくれない。

 そして、ウェールズはオウルの方を見て、さらに念を押す。


「私も、そうだったんだ」


 オウルはその言葉を聞いて、肩をすくめた。


「あなたも感傷的になることがあるんですね」

「君もそうだろう、君も妙に彼に気を配っている」

「私の場合は嫌いなだけです」


 今度こそ、オウルは作戦本部を出ていった。


「これは大きな失態ですよ。調律官殿、イフ・イブセレスを逃がすなんて」

「わかっている」


 クラック大佐に話しかけられると、くるっとウェールズも出口へと向かって歩き出した。


「どこへ行くんです?」

「ロウ・クォーツが何者か探るんだ。セントラルタワー地下収容所へ行く」

「あなたのクラスの生徒でしょう?」

「生徒でも学校の外で何をしているのか、私は把握していない。それを聞きに行く。彼のバンドメンバーに」

「バンドメンバー? 話すんですか?」

「話させる必要はない。脳に聞くんだ。『完全調査』を行う」


 ウェールズが指で頭をコンコンと叩き、その仕草だけでクラックは何をするのか想像がついて背筋を凍らせた。

 ウェールズが出ていく。そして、クラック大佐はようやく作戦本部室の主へと返り咲き、部屋の中央で腕を組む。


「『完全調査』……噂じゃなかったのか」

「何です? 『完全調査』って?」


 近くにいた若い軍人の一人が尋ねる。


「脳を頭から取り出して、直接情報を抽出する方法だ」


 尋ねた若い軍人は思わず、「え」とつぶやき、その後に「そんなことしたら、施された人間は死ぬんじゃないですか?」と尋ねた。


「いや、【調律機関】の保有している医療技術は我々が触れることのできない千年前のロストテクノロジーも多い……よくわからんが生存は可能らしい」

「……元に戻るとしても、受けたくはないですね」

「そうだな。何かしらの障害は残りそうだな」


 クラック大佐は無意識に自分の頭を指でなぞっていることに気が付き、ハッとして指を頭から離した。


「少なくとも、私は受けるのはごめんだ」

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