第二十八話 空中戦と―――発動。

 お姉ちゃん……ね。

 なるほど、イフ・イブセレスにそんな目的があったのか。


「ならば、受け取るがいい、これが君にとっての運命の分岐点だ」


 ロウの手から虹の腕輪が離れる。


「これ、が?」


 イフは手に収まっている虹の腕輪を見つめ………、

「これ……がぁ? ただの金属の腕輪じゃない」

 ブンブンと振った。


「……………」

 振って何かが起きるのを期待しているかのようだが、どんなに乱暴に振られても、虹の腕輪は全く反応しない。


「……何も? 何も起きていないのか?」

「ええ……」


 イフは僕に疑いの目を向ける。

 まるで全部嘘だったのではないかと目が語っている。

 そんな事を言われても困る。だって僕は何も……、


「……その足元の何だ?」

「へ?」


 イフの足元はおかしかった。

 屋上の、コンクリートの床のはずなのに、イフが立っている周囲だけ、砂漠の砂のようになっていた。


 彼女を中心に円形に―――。


「イフ、君がやったのか?」

「わかんない……っていうか、これが何?」


 円形の砂場からイフが出る。

 その瞬間、イフの立っている場所が砂になって沈む……ということはなく、何事もなく屋上のコンクリートの地面を歩く。


「で?」


 何が起きるんだとロウを見るイフ。

 話が違うとシルバリオンを見るが、彼はうんと頷き、上空の《パッションコード》へ声を飛ばした。


「雛鳥にカギは渡されました! ミッション完了です!」

『そうか! 何も起きていないが⁉』


 《プシュケロス》の重力波の攻撃をかわす《パッションコード》のスピーカーからキティの声が響く。


「起きてましたよ⁉ 見てないんですか⁉ 我々を回収してください!」

『……少し待て』


 キティは、《パッションコード》 を加速させる。

 まるで先ほどまでの空中戦が遊びだったかのように、二機の《プシュケロス》を撃墜させた。迫りくる重力波を華麗な動きでよけ、一気に接近し、ナイフで切り付けて三枚におろした。

 バラバラになった《プシュケロス》が落ち行く中、《パッションコード》が機体を降下させる。


「ッ⁉ キティ! 後ろを!」

『あん⁉』


 シルバリオンが上空を指さすと、空を埋め尽くさんばかりに《プシュケロス》がすぐそこまで迫っていた。

 まるで渡り鳥の群れのように何十機と仏型の《AF》が迫る―――。


『……だいぶ待ってくれ』


 《パッションコード》が降下をやめ、急浮上を始める。


「そんな、じゃあどうすれば……!」

『てめえでどうにかしろ! 腕輪にはその力があるだろ!』


 《パッションコード》が《プシュケロス》の群れに向かって突撃していった。

 それから―――空に爆発の光が上がる。

 キティからの救助は見込めそうにない。

 ならば……自分の足で逃げるしかないのだが、この状況だ。都市警察がアカデミーを包囲していてもおかしくない。

 どうする……?


「チェックメイトだな、『エリクシル』」


 男の声が聞こえた。

 扉の方を見ると、三人の青年が立っていた。


「イーグル・ルイン……どうしてここに?」


 クラスメイトのイーグル、コンド、ファルコが銃をこちらに構えて立っていた。

 どういうことだ? どうして彼らは銃を持っている?


「虹の腕輪を受け取られたのですね……!」


 イーグルは砂になったコンクリートを見て、警戒を強めた。

 イフはイーグルの口から「虹の腕輪」という単語が飛び出して眼をみはった。


「どうして虹の腕輪の事を?」

「イフ様、お戯れはここまでです。こちらに来てください。虹の腕輪をあなたが手にしている以上、こちらとしては強硬手段も視野に入れているということをご理解ください」


 イーグルの持つ銃の先は、イフへと向けられていた。


「イーグル……? 私を撃つの?」

「…………ええ」


 苦々し気に肯定するイーグル。


「あなたと虹の腕輪が、敵に渡るというのなら、私は貴方を撃ちます」

「!」


 ショックを受けたようにイフの手がだらんと下がった。

 イフを撃たれてはならない。

 そして、おそらくだがイーグルはまだためらっている。ロウは彼を説得しようと思って前に出た。


「やめ……」

「おいおい、ちょっと待て、それは俺の主義に反する!」


 僕が声を上げる前に、コンドがイーグルとイフの間に割って入った。


「コンド? お前、何やってる⁉」

「またぁ?」


 コンドを睨みつけるイーグルに、呆れるようにつぶやくファルコ。


「女を銃で撃つなんて俺のポリシーに反する。女は傷つけるものじゃない守るものだ。こんな銃を突きつけるよりもまずは、言葉を尽くすべきなんじゃないのか?」


 必死にイーグルを説得しようとするコンドだが、僕の眼からすれば彼の言葉は説得力がない。


「そう言ってるお前も、こっちに銃を向けているようだけど?」


 コンドは割り込んで顔はイーグルたちへ向けているが、彼の手にある銃口はこちらへ向けられていた。


「これはイフ様を狙っているんじゃない、お前らを狙っているんだ」


 パン!


 唐突に、コンドの銃が火を噴いた。


「……え」


 撃たれた、と思った。


「ぐっ……」


 シルバリオンが膝を押さえて蹲る。


「シルバリオン⁉」


 コンドの顔が少しだけこちらへと向けられた。

 コンドの銃から弾丸が次々と発射され、シルバリオンの足や腕の関節を撃ち抜く。


「ぐわあああああ!」


 シルバリオンが悲鳴を上げる。

 その声を聴きながら冷静にコンドは銃に弾を装填する。


「蟲の亜人はその鎧が厄介なんでな、早いうちに処理させてもらった」

「ぐ……不覚……この筋肉の見せどころを失うとは……!」


 肘や膝から青い血を滴らせながら、倒れるシルバリオン。

 撃った。本当に、撃った。

 それも、コンドは十メートル近く距離があるのに、正確にシルバリオンの関節を撃ち抜いた。最初の一射目はこちらを見てすらいなかった。

 明らかに普通の学生の腕じゃない。訓練された軍人でもあそこまで正確な射撃ができる人間はいないんじゃなかろうか。


「さ、そこの男、お前は何者だ?」

「あ……ぼ、僕は……」


 倒れるシルバリオンの手足から流れる血を見る。

 コンドは、やる。

 殺そうと思えば、一瞬で僕を殺せる。ただ、シルバリオンと違って僕は戦う力がないから、撃たなかっただけだ。


「……お前、どこかで見たな? シルクハットをとり顔を見せろ!」


 コンドの眼が細められ、ロウの顔へと視線が集中する。

 気づかれたか。当然か、あまり話したことがないと言ってもクラスメイトだからな。

 この状況が状況だからまだ気が付いていないだけだ。

 手を挙げてシルクハットに手を伸ばす。

 ふと視界に、地面に置いていた『ジェミニスター物語』が目に入った。

 シルクハットをとっていいのか?

 運命を変えると決意したんじゃなかったのか?


「……それは、できない。僕は、ユーリ・ボイジャーだからな」

「そうか、お前がユーリ・ボイジャーか。悪いな、俺は女は撃たないが、男は撃つんだ」


 え。


 コンドの引き金にかかる指に力が込められたのが、遠目で見えた。

 そんな、あっさりでいいのか? ユーリ・ボイジャーと聞いてどうしてこんなことをしたのかと事情を聞かなくていいのか?

 そんなあっさりと人を殺すのか? 


 パン……!


 まるでつまらない小事のように、ロウへ弾丸を発射した。

 優れたスポーツ選手は、いざという勝負の分かれ目、周りの全てがスローモーションに見えるという……極限まで集中し、たどり着く境地。

 命の分かれ目の今―――ロウはそれを体験していた。

 銃弾がゆっくりとロウへ向かって迫る。

 ロウの体は鉛のように重く、銃弾を避けることはとても不可能だ。すべてがスローモーションに感じるからと言って、動きもスローモーションにしなくてもいいだろう。

 自分の胸に弾丸が刺さる瞬間を、じっくりと見続けて命が尽きる瞬間まで、楽しむ趣味はない。

 せっかくなら体も動いてくれと切に願った……その時だった。


「やめてええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!」


 イフ・イブセレスの声が背後から聞こえた。

 視界が暗転した。

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