第二十七話 イフの手に虹の腕輪が渡る

 ロウは芝居がかった動きで両手を広げた。


「そう思うのも無理はない。僕は本来死んでいるはずだからな。僕の活躍したこの物語は千年も前の話だ」

「だが、僕はこうして生きている。世界を進化させる機関『エリクシル』の司令として」

「『エリクシル』の司令? 貴方がリーダーなの?」

「そうだ」


 僕が頷くと、イフは俯かせ、やがて決意したように顔を上げた。


「本当に……? ここから連れ出してくれるの?」

「ああ、そのための力も持ってきた」


 虹の腕輪を懐から取り出して、イフに差し出した。


「虹の腕輪だ。これを使って君に世界を変えてもらう」

「………」


 イフの瞳が疑わし気に腕輪と僕の顔を交互に見比べる。


「腕、輪? それで世界が変えられるの?」


 不信がっている目を向けて腕輪を受け取ろうとしないイフ。


 ウォン……!


 空から起動音が聞こえた。

 まさか、と空を見上げると、待機していた三機の《プシュケロス》が動き始めていた。

 手に持った錫杖をこちらに構え、ゆっくりと高度を下げてきている。


「降りてくる……」


 イフ・イブセレスがいるんだぞ。彼女ごと攻撃するつもりか……?

 キティの方を見ると彼女はすでに動き出していた。

 扉から離れ、僕たちへ向かって駆けだしている。

 上空では《プシュケロス》の錫杖の先に黒い歪み、重力波が集まり始めた。


「《パッションコード》ッ‼」


 キティが空に向かって叫ぶ。

 陽炎が揺らめき、深紅の鉄鳥が飛来する。


「何なのっ⁉」

「いいから君はこの虹の腕輪を受け取れ! やつは君ごと、校舎ごと攻撃するつもりだ!」


 ロウがイフに向けて虹の腕輪を突き出す。

 その脇をキティがかける。

 上空の《プシュケロス》の錫杖に集まった重力波が発射された。


 攻撃してきた――――⁉


 黒い重力の歪みがアカデミーへ向けて飛んでくる。


「俺に任せろッ! イフは虹の腕輪を!」


 重力波は《パッションコード》が遮った。

 軽い爆発音とともに、《パッションコード》から煙が上がる。

 そして、撃墜されたかのように《パッションコード》が降りてきて、


「チェンジ&ハッチオープン!」


 キティの指示に答えるように《パッションコード》がダイブモードから人型の形態へ変形していく。


「音声操作ができるのか⁉」


 《パッションコード》のハッチが開き、キティへと近づいてくる中、彼女はどや顔で振り返り、人差し指で頭をトントンと叩いた。

「音声じゃない、脳波だ。俺たちヴァルキュリアには脳にICチップを埋め込んでいる。そこから自分専用の亜空機へ指示が飛ぶってことさ」


「じゃあ、わざわざ声に出す必要は……」

「ない!」


 《パッションコード》のコックピットへ乗り込むキティ。

 計器を操作しながら、中にいるセイレンとシルバリオンへと指示を飛ばす。


「セイレン、お前は残って周囲の索敵と状況把握を頼む。シルヴィ、校内には【調律機関】の工作員がいた。二人の護衛が必要だ。お前は降りろ」

「ん……」

「了解! 工作員がいるというのによく攻撃してきたものですな」


 セイレンが頷き、金のカブトムシの亜人、シルバリオンが《パッションコード》のコックピットから屋上へと降り立つ。


「加減してるに決まってるだろ。じゃないと《パッションコード》のダメージがこの程度で済むはずがない……」


 キティは機体の背面の装甲の歪みを確認しながらコックピットハッチを閉じた。


「亜空機にキティが……乗った」


 《パッションコード》が飛び立つ。

 『エリクシル』が開発した高性能MF―――亜空機。その一機パッションコード

 背面ジェットスラスターを噴射させ、仏像型の《AF》―――《プシュケロス》へ向けて突撃する。

 《プシュケロス》は錫杖から、迎撃のための重力波を次々と《パッションコード》へと放つ。

 が、軽々とそれを避け――――《パッションコード》の機影が消えた。


「――――消えた⁉」


 稲妻が走った。

 赤い閃光が上空で煌めき、一機の《プシュケロス》を貫く――――。

 銅から真っ二つになって、鉄の塊となった《AF》が地面へと落ちていく。

 稲妻の先に飛行しているのは赤い巨人―――《パッションコード》。その手にはナイフが握られている。


「速い……」

「あれが《パッションコード》。ただでさえ早い亜空機の中で最高速のスピードを持つ……魂の入っていない《プシュケロス》ごときには負けませんよ」


 シルバリオンが隣に立ち、上空のパッションコードとプシュケロスの戦いを見つめる。


「ああ、だろうな、性能は知っているが見るのは初めてだから……な。この目で見るとやはりすごいと実感できる」


 昨日、僕の部屋で《パッションコード》を見るのが初めてだと言ったことでぼろが出て、キティに正体がバレたことを思いだす。

 同じ轍は二度も踏まないと、今度は知っている風を装ってみたが、大丈夫だっただろうか。


「…………」

「イフ?」


 ふと、背中に手の感触があり、背後を見ると、イフが僕の陰に隠れ、警戒した目をシルバリオンへと向けている。 

 その眼にシルバリオンが気が付いた。


「おや、そこのお嬢さんはイフ・イブセレスさんですか? どうも始めまして、我が名はシルバリオン。『エリクシル』の一員です」


 口をガっと開き、牙を見せ、目を大きく開く。

シルバリオンなりの笑顔なのだろうが、虫の顔なので笑っているかどうかわからないどころか、威嚇しているように見える。


「……ど、どうも」


 ぎゅっと僕の服の裾を掴んで、一層隠れてしまった。


「おや、亜人を見るのは初めてですかな?」

「イフはずっと地球にいて、エデンに来た後も空中都市シグマデルタの外に出たことがないんだ。この反応は仕方がないよ」


 肩を落とすシルバリオンを励ましてやる。

 と、言ってもロウも亜人を見るのは二回目なので、言葉を選ばずに言うとシルバリオンは蟲の化け物なので、怖いと言えば怖いのだが。


「ご、ごめんなさい。亜人を見るのはユーリさんが言うように初めてで、エデンの地上に動物と人間が混じった民族の人たちがいるのは授業では習ったんですけど……」

「大丈夫です。慣れています」


 そう言って、シルバリオンは懐から小さなリスのぬいぐるみを取り出した。


「そのために、こんな小道具を用意させていただきました」

「これは……?」


 手作り感のある縫い目のあらいリスのぬいぐるみをシルバリオンの手から受け取るイフ。


「わあ……もしかしてあなたが作ったの?」


 ぬいぐるみを、虹の腕輪より先に受け取ったぬいぐるみを、嬉しそうに眺める。


「はい、こう見えても手先は器用でして」

「そうなの……よろしく、シルバリオンさん」


 イフの方から手を伸ばし、シルバリオンがその手を優しく握る。


「………ンンッ! それよりも」


 なんか虹の腕輪の事が忘れられている気がして、咳払いをして注意をこちらに向ける。

 ロウは気を取り直して、手を広げる。


「イフ、どうする? この虹の腕輪を受け取って、シグマデルタを出るか。それとも何もできないまま、この街で暮らしていくか?」


 上空で二機の《プシュケロス》と《パッションコード》の戦闘が展開されている下で、ロウはイフへ虹の腕輪を突き出す。


「だから、世界を変えるって何なのかを聞いてるんだけど?」


 じろりと睨みつけるイフ。


「……フッ」


 そんなん知るか、誰も教えてくれなかったからな。

 だが、イフには悟られないようにいかにも全て知っていますというような余裕の笑みを浮かべる。

 その笑みが効いたのか、彼女はゆっくりと虹の腕輪に手を伸ばす。


「でも、もう、ここまできちゃったんだもんね……やる、やるわよ」


 決意を込めた瞳だ。

大きな目的のために自分を鼓舞させている勇者の眼だ。

 イフの手が、虹の腕輪に触れる。


「私は、お姉ちゃんに会う。会って、やり直すんだ、全てを!」

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