第二十五話 イフ、ユーリと出会う

 イフとキティと共にアカデミーの廊下を駆ける。

 休み時間だというのに、誰もいない廊下。生徒たちは教室の奥に引っ込み、チラリとみやるとこっちを驚いた表情で見る。


「……!」


 中庭に巨大な人型の陰ができている。

 窓の外を見ると、シグマデルタが保有する機械の巨人、《AF》―――プシュケロスが三機浮遊していた。


「どうして《AF》が⁉」


 アカデミー上空を浮遊している《プシュケロス》は明らかにアカデミー内部を見つめていた。

 まるで、キティ一人を捕まえるためにわざわざ《AF》が出撃したようだった。


「それだけお前をここから逃がしたくないんだろうな!」

「私⁉ どうして⁉ 世界進化少女ってなんなんですか⁉」

「………あ~、世界を進化させる女の子だよ」

「………もしかして、キティさん。知らないんですか?」


 ジト目でキティを見つめる。

 この女の人についてきて本当に大丈夫だったのだろうか。


「いや、聞いてる。聞いてはいた。ただ、【ナノマシン】に対してパルスがどうたらこうたら働きかけて……なんやかんやで世界を変えるって説明されても、化学は苦手だったからさっぱりわからんくてな。とりあえず、お前が虹の腕輪を持てば、何とかなる」

「虹の腕輪? 何ですそれ?」

「虹の腕輪は虹の腕輪だ。本来の打ち合わせでは俺より先にユーリ・ボイジャーがお前に接触する予定だったから。今はユーリの手にある」

「ユーリ……ボイジャー……あの人は一体何者なんですか?」

「千年前の英雄その人だ」

「嘘、声が若かった。そんな年じゃない」

「普通に考えれば、生きてもいないはずだろ?」

「あ」


 そういえばそうだと感心する私だったが、キティさんはこめかみを押さえて必死に何か考えているようだ。


「……俺は専門家じゃないから詳しい説明はできないけどな……あ~……ユーリとフィフィテが最期、戦ったノアは光速を超えた速度を出して、船の内部の時間を遅らせ、未来へとタイムスリップした状態になったんだ………あ~……ここまでいいか?」


 ここまでいいかと問われてもいいですと簡単には承服しかねる。

 ウラシマ効果というやつなのだろうが、それで千年前の英雄が今も生きていると言葉で言われても、信じがたい。


「あ、はい」


 だが、キティの話が進まなさそうで、中断したらさらに話がこじれそうだったから理解したふりをした。


「あ~……でな、その光速を出した副作用で、全く歳をとらずに千年後の今にタイムスリップしたってわけだ。で、若いまんま」

「………なるほど」


 説明が下手な人だ。

 キティへの信頼度が少し下がったが、それでも、この鳥かごを出られるのなら、私としては良かった。ここに居続けるよりははるかにましだ。

私を何らかの形で利用しようとしているとしても、私も彼女たちを利用する。それだけだ。


「キティさん。さっきの話だけど……私のお姉ちゃんと本当に会うことができるんですか?」

「ああ会うことができる。だけど、お前次第だ」

「……私、次第?」


 廊下の角を曲がり、階段を上がる。


「お前の姉は【調律機関】に捕えられている。そこから救い出せるかは、お前の力次第」

「捕らえられているって……本当に? じゃあ、やっぱり姉はエデンに、この火星のどこかにいるんですね⁉」


 やっと、やっと見つけた行方不明の姉の手がかり。

 それをこのピンクの髪の不思議な女性がもたらしてくれた。

イフは高揚しながら階段を昇った。


「でも、どうして、【調律……機関】に? イーグルの仲間が捕まえているってことですか? 姉も地球人なだけで、家柄がそこまでいいってわけでもないのに」

「それはお前の父が、虹の腕輪を造り、お前たちを選んだからだ」


 キティが屋上の扉を開けた。


「お父さんが?」


 空から降る太陽の光が暗い校舎の中に入り、目がくらむ。

 キティが屋上へ出ると、同時に少年の声が聞こえた。


「……ようこそ! イフ・イブセレス! 始まりの場所へ!」


 キティは外に出たが、逆光と階段の段差でまだ屋上に誰がいるのかはわからない。


「誰……?」


 だが、屋上から響いた声はどこかききおぼえがある声だった。

 目をくらませながら、慎重に階段を上がりきり、屋上へと出る。

 ただの学校の屋上に、シルクハットと緑色のコートを身に着けた男が立っていた。

 彼は俯き、帽子の唾で顔を隠している。

 少し怖くなって、扉の傍で待機しているキティに視線を向けると、彼女は顔を真っ赤にして頬を膨らませていた。


「どうしたんですか?」

「………」


 彼女は答えない。まるで口を開けば、笑いだしてしまいそうだからこらえているかのように、口を膨らませてプルプルと震えていた。

 シルクハットの男へ尋ねる。


「ユーリ……ボイジャーさんですか?」


 彼は顔を上げた。


「初めまして、イフ・イブセレス。僕がユーリ・ボイジャー。タイムトラベラー……だ」


 シルクハットの下には、怒りか羞恥かで真っ赤にした少年の顔があった。

始めてみるその顔と、彼の言葉で、そしてこの状況で、イフは彼が昔話で見たような赤鬼のように見えて、私は失礼ながら、


「あなたは人間なの?」


 そう尋ねてしまった。

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