第二十四話 劇場での決別
煙突から煙が出ている工場の隣に、《AF》の劣化した部品を廃棄するジャンク置き場がある。
破壊された《プシュケロス》の残骸にまみれて、《パッションコード》があった。鉄鳥の形態―――ダイブモードと呼ばれる状態になっている。
コックピットは開きっぱなしで、シートにはセイレン・ゴールデンベルが座り、ゴーグルをはめてパソコンを叩いている。
金色のカブトムシの怪人、シルバリオンがコックピットの扉に手をつき、覗き込む。
「全く、キティにも困ったもんですね。独断専行でアカデミーに侵入して、見つかるとは考えなかったのですかね」
セイレンがシルバリオンの言葉に同意だと頷く。
「セイレンがイースト地区やアカデミーの監視システムをハッキングしていないと、簡単に見つかっていましたよ。全く……」
シルバリオンが愚痴り、
「ん……」
セイレンが《パッションコード》のコックピット内のある画面を指さす。
ピンクの髪の少女に手を引かれる銀の髪の少女。彼女らの背後には銃を持った少年が迫っている。
「もしかして……あれ、イフ・イブセレスですか? 接触できたようですね。追われているようですが」
「ん」
セイレンが頷いた瞬間、画面の先のキティが拳を振り上げた。
「まさか、《パッションコード》を呼びましたか?」
「……ん~」
呆れたようにセイレンは肩を落とし、シルバリオンを手招きする。
「了解、すぐに彼女たちのところへ向かうんですね」
シルバリオンがコックピットに乗り込んだ瞬間、空きっぱなしだったハッチが閉じる。
コックピットモニターがアカデミーの監視カメラから《パッションコード》各部カメラの画面に切り替わり、ジャンク置き場の光景が広がる。
ゴオオという音と共に、機体が浮遊していく。
「便利なものですよね。亜空機というのはこうやって遠隔操作ができるのですから。セイレンの亜空機も呼んだらどうですか?」
「…………」
セイレンは残念そうに首を振る。
彼女たちが乗る、《パッションコード》が光学迷彩により、空に溶けるように姿を消す。
シルバリオンは光学迷彩がオンになっていることを確認して、セイレンの表情の意味を悟る。
「そうでしたね。あなたの《ジャーティーエルヴ》じゃ大きすぎて、潜入調査には向かないんでしたね。こんな特技もないですし」
「ん……」
シルバリオンに頭を撫でられながら、セイレンは頷いた。
「さて、では気を引き締めて、我らの姫君を向かいに行きますか」
アカデミーはすぐそこ、もう真下に見えていた。
〇
ピンクの髪の女、キティ・ローズに手を引かれ、イフ・イヴセレスはアカデミーの廊下を駆け回っていた。
追ってくるファルコから逃げるため、キティは学校中を走り回る。
一旦地下へ向かい、その後体育館の中を駆ける。
屋上に向かっているのではなかったのか?
彼女がとこへ向かっているのかわからなくなっていた。
「……ここに隠れるぞ!」
「ここ?」
キティが逃げ込んだ先は、アカデミー内の劇場ホールだった。
広いホールで全校生徒が収納可能な広いホールで、生徒たちの表彰や、教師の挨拶はここで行われ、当然文化祭の演劇サークルの発表の場として使われる。
キティは疲れた様子で観客席の椅子に座り、私も隣に座る。
「屋上ってどうやって行くんだ?」
「え⁉ 知らなかったんですか?」
「俺は今日ここに初めて来たんだぞ」
頼りないことを言って悪態をつくキティ。
「ここまで来たらあと一歩ですよ。ホールの外に出て、階段を上がればすぐです」
キティはホールの天上の、その先を見上げた。
「………ほぅ、計算してなかったが、順調にいってるようじゃないか」
「行き当たりばったり……」
「何か言ったか?」
「何も」
小さくつぶやいた言葉をキティは聞き逃さなかった。
ポォーン……!
彼女の眼光から逃れるように顔を伏せていると、スピーカーから警告音が鳴り響いた。
『校内にいる生徒は近くの教室に避難し、待機してください。先生方は至急職員室に集まってください。繰り返します。生徒は至急近くの教室に避難し待機してください。先生方は職員室への集合をよろしくお願いします』
慌てた様子の放送が流れる。
「俺が侵入したことがバレたみたいだな。急ごう」
キティが立ち上がる。
「待って、待って! 私はイースト地区アカデミー所属、登録番号無し、普通の学生のイフ・イブセレス! 貴方は?」
キティの手を引き、逆の手を胸にあて自己紹介をする。
キティは何をいまさらというように首を傾げた。
「知ってる」
「だったら、貴方の事も教えてよ。何もわからないまま来いって言われても素直に従えないよ! それに、さっき電話した相手ってユーリ・ボイジャーって名乗ってたけど。彼の子孫か何かなの⁉ 教えてよ」
「…………」
キティは目を閉じて、座席に腰を下ろした。そして、イフの顔の前に人差し指を突き立て、
「一理ある」
そう言って私の眼を覗き込んだ。
「俺は世界進化機関『エリクシル』のヴァルキュリア隊―――キティ・ローズ。俺たちの目的はこのエデンから争いをなくし、地球の支配から抜け出すこと。そのためにお前の力が必要なんだ」
エデンから争いをなくす……それってつまり……。
「正義の味方ってことですか?」
「そういうことだ」
「でも、私の力が必要になる場面があるとは思えないわ。私はただの女の子よ」
「ただの女の子があんな学生に扮した警護部隊を付けられるものかよ」
「ファルコとコンドの事……私だって知らなかった。あんな銃を持っているだなんて……」
ファルコの持っていた銃は実銃だった。コンドだって、キティが投げたナイフを慣れた動きでかわしたし、あんな動きができるってことは……。
「そう、その通りですよ、イフ様」
ホールの舞台から少年の声が響く。
パンパンと拍手をしながら柔和な笑みをたたえた少年が舞台へと上がる。
「イーグル!」
イフのおそばつきのように常に傍に控えていた青年、イーグル・ルインだった。
イーグルはいつもと変わらない笑みだったが、一つ決定的に違っている点がある。 彼の腰にホルスターが巻き付いている。そこに収まっているのはファルコが持っていたものと同じ銃だった。
「あなた……!」
「その侵入者の言う通りですよ。我々はただの学生ではありません。都市軍人の者です。貴方を警護するために派遣されたものです。今まで黙っていて申し訳ありませんでした。さ、こちらに来てください、イフ様。そいつが自らの事をどう言いつくろうが侵入者には変わりありません。私たちは貴方の身の安全を守るためにここにいます」
「都市軍? 違うだろ、お前の巣は【調律機関】だろ? だから、世界を変えられるイフを鳥かごの中に押し込めて、エデンを変えさせないようにした。違うか?」
世界を変える? 私が?
「…………」
イーグルは顔から笑みをスッと消し、キティの方を見た。
「あなたは一体何者ですか? 『エリクシル』と名乗っていましたが、最近、地上を騒がせている白い飛行戦艦。あれのことですか?」
「そうだよ。《ノアビヨンド》。それが俺たちの船の名前だ。覚えておけ」
「そうですか、ようやく会えましたね。あの白い戦艦の組織の名前は『エリクシル』というのですか。今まで戦場をかき乱すことから、『ブラックシープ』と呼んでいましたよ」
「ああ、お前らからすれば厄介者だろうな、【調律機関】。だけど、俺たちは地球からの支配からエデンを解放するために戦っている。絶対にその喉元を食い破ってやるから覚悟しておけよ」
歯を見せつけて威嚇するキティ。
「イフ様、聞いたでしょう。そいつらはただのテロリストです。こちらへ来てください。我々は、貴方をそういうやつらから守ることこそが使命なのです」
「イーグル……」
キティの正体はまだわからない。
世界を変えるとか、そんな言葉は信じられないし……、
少し、怖くなり、イーグルの方へと足が進む。
「イフ・イブセレス!」
鋭い声でキティに呼び止められる。
ビクッと肩を震わせて、背後を振り返る。
キティは携帯を取り出し、その画面をイフに見せつけた。
彼女の携帯のディスプレイに移っているのは銀髪の女性で……、
「姉に会いたくはないのか?」
イフにそっくりだった。
「どうして、それを……?」
「やめろ!」
イーグルは腰の銃へ手を伸ばした。
「ヒッ!」
イーグルが怖くなり、彼から一歩遠のいた。
「姉に会いたければ、俺の手を取れ!」
キティが手を伸ばし、
「イフ様! その手を取ってはなりません!」
イーグルが銃を構え、キティに向かって発砲した。
「チッ!」
ナイフを抜きながら座席に下に隠れるキティ。
「イフ様! こちらへ」
キティが動けなくなった隙をついて、イーグルはイフへ走り寄ってくる。
「イーグル?」
「あいつらの口車に乗ってはなりません。お姉さまにはいずれ会えますから、このアカデミーで待ちましょう。ね?」
イーグルが安心させようと笑みを作るが、
「イーグルは私に嘘をついていたよね」
「それは申し訳ありません。ですが、貴方のお心を煩わせないように……!」
「さっきも、もしかして嘘をつこうとした?」
「……さっき、と言いますと?」
「都市軍人って名乗ってたけど、本当は調律機関ってところの人間なんじゃないの? ねぇ、キティさんが言うように、イーグルは調律機関の人なの?」
「…………」
イーグルは、答えない。いや、答えられないように苦虫を噛みつぶしたような表情で黙っている。
「ねぇ、イーグル。本当は、お姉ちゃんがどこいるか、知ってるんじゃないの?」
「そ、それは……」
瞳が揺れて、答えはない。
それが全てだった。
「あなたは信用できない」
イーグルの体を突き飛ばした。
「イフ様!」
キティに向かって駆けだす。
イーグルがイフへと手を伸ばすがその手を逃れ、座席を飛び越える。
「キティさん!」
キティの手を掴み、駆る。
「待て……待って‼」
イーグルがイフへ向けて銃口を向ける。が、
「……くっ」
銃口は震え、下がっていった。
何もできずにたたずむイーグルを見下ろしながら、イフとキティは劇場ホールを出た。
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