第二十三話 今までの世界にサヨナラバイバイ

 泣きたい気持ちを押し殺して、廊下を歩く。

 手遅れだった……間に合わなかった。

 自分が不甲斐なく感じ、こんなことにした、連中を許す気にはなれなくなった。


「……フレイアはまだ抵抗している」


 ならば助けなければ、そのためにはキティたちの手が、彼女の《パッションコード》とセイレンのハッキングの腕が必要だ。

 そのためにはキティの協力を取り付けるためにイフに虹の腕輪を渡し、『エリクシル』に連れていく算段を取り付ける。そして、セイレンの協力を得るために、ユーリ・ボイジャーを演じ切らなければならない。

 できるのか? 自分に?

 ロウは普通の学生だ。偶然昨日、ユーリ・ボイジャーと会っただけの何のスキルもない。ただ、帽子と腕輪を持ち帰っただけの。

 できない、かもしれない。


「やらなきゃいけないことのハードルが高い、な……」


 心が折れかけて足が止まる。

 キティは現在、《パッションコード》をとりにジャンク置き場へ向かっている。

 放課後にはイフを攫うために帰ってくる。


「……いや、自信を失ってる場合じゃないな。今は、前を向いてやる時。やるだけの時だ」 


 頭を振って迷いを打ち払う。

 何を迷っているんだ。父に一人暮らしをしていた部屋の契約も打ち切られて退路もない。仲間も調律機関に人格を変えられた。救うべき仲間はまだ捕らわれたまま。

 迷うべきものは何もないのだ。

 顔を打ち鳴らして気合を入れる。


「よし、頑張るぞ。放課後になったら……放課後になったら……」


 だけど、完全に凡人のロウにはまだ少し決意を固める時間が欲しかった。キティが来るまでには決意を固めよう。

 ロウは自分の教室に戻った。

 誰も僕を見向きもしない。このクラスにいてもいなくてもいい人間だった。

配慮することなど何もない。

 ロウは自分のパンパンに膨れ上がった鞄からあるモノを取り出した。


「もうこの学校に来なくなるんだから、返しておかないとな」


 昨日図書室で借りた『ジェミニスター物語』だ。家に帰ってじっくりと読もうと思ったが、キティのせいでそんな暇なかったし、ユーリと出会った時点で、そんな気分にもなれなかっただろう。

 彼が憧れた夢物語は所詮は夢だった。じっくりとだが、体にしみわたるようにしっかりと理解させられた。

 だが、たとえそうだとしても……、


 ピリリリリリ。


 着信音が鳴り、携帯を耳につける。


「もしもし?」

『おう、ユーリ・ボイジャー。俺だよ』


 キティの声だった。

 《パッションコード》を回収しに、セイレンたちと合流しているはずの彼女がどうして突然僕に電話を……もしかして、セイレンたちにロウが本物のユーリじゃないとバレて揉めているのだろうか?


「キティ、さん。何があったの?」

『計画変更だ……フゥ……ハァ……!』


 走ってる?

 定期的に地面を踏み鳴らす音と、ガァンという聞いたことない大きな音が、電話の向こうから聞こえた。

 もしかして、銃声か?


「計画変更ってどういうこと?」

『ちょっと状況が変わってな。もう作戦は決行してる。《パッションコード》もすぐアカデミーに来る。あいつを降ろすには屋上がちょうどいいか?』

「ちょ、ちょっと待って、もしかして追われてる? どうして放課後まで待てなかったの⁉ っていうか、《パッションコード》をとりに行ってたんじゃないの?」

『亜空機にはそんな必要ねぇんだよ! 状況が変わったって言っただろ!』


 乱暴に反論される。


「キティさん、今どこにいるの?」

『……知らん! アカデミーのどっかだ。俺は詳しくないんだ。だから、こいつに聞け!』


 こいつって誰だ?

 電話を替わったらしく、キティと別の声が聞こえた。


『ユーリ・ボイジャー、さんですか?』

「!」


 イフ……イブセレスの声が電話越しに聞こえた。

 どういうことだ? 

 どうしてイフが……ああ、状況が変わったっていうのはそう言うことか。キティはロウと別れた後、パッションコードをとりに行かずに校舎の中を徘徊していたのだ。そして、キティを観察していたら、接触する隙ができたので、その隙を逃すまいと彼女を連れ出したのだろう。


「あ~……なるほど、なるほど……そういうことか」

『誰、ですか? 本当に、ユーリ・ボイジャーさん? ですか?』


 もう、時間が欲しかったのに、仕方がない。


「そうだ。僕の名前はユーリ・ボイジャー。タイムトラベラーだ」

『……本当に?』


 疑わないでくれ、自分で言っててもうさん臭いと思っているんだ。

「君に渡すものがある。僕の仲間、キティに従って屋上に来てくれ。そこに来れば、君の望みは、叶う」

『私の望み? 本当に?』


 よし。

 あてずっぽうを言ったが食いついた。キティが昨日、イフが『エリクシル』に協力するための餌があると言っていた。情報がそれだけなので曖昧だったので、ロウはなんとなくふわっとしたことしか言わなかった。だけど、イフは食らいついてくれた。


「ああ、僕もすぐに屋上に向かう。そこにくれば叶う、君の望みが、な」


 通話を切った。


「イフの望みってなんだよ……キティさんもあのユーリも演じろっていうならもっと僕に情報をくれよ……」


 無茶ぶりをする『エリクシル』の二人に悪態をつきながらも、ロウは鞄からシルクハットとエメラルドグリーンのコートを取り出した。


「おい、ロウ。お前学校に何もってきてんだよ?」


 クラスメイトの男子が半笑いで僕のシルクハットを指さす。


「バンドマンの次は、マジシャンでもやるつもりか?」

「……マジシャン。そうだな、やるしか、ないな」


 ロウはシルクハットを見つめ、力を込めると頭にかぶった。


「ああ、世界を騙す。大奇術をこれからちょっとな、大変だけど、頑張るよ」


 お別れの意味も込めて、クラスメイトたちに深々とお辞儀をした。

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