第二十二話 消えてしまった二人の親友
教室の前で待つ。
手から汗が流れる。
緊張なんてする必要がないのに、ロウは彼らに会うのが怖かった。
ランドとシルフィのクラスメイトに彼らを呼んでもらって、ずっと扉の前で待っていた。
どうしても、リックの事が頭をよぎって離れない。
「お待たせ、久しぶりだな」
声がかけられる。男の声だ。
「っていっても、二日ぶりでしょ? あの後大丈夫だった? ロウ」
次に聞こえたのは女の声。
「やあ、そっちこそ、大丈夫だった? ランド、シルフィ」
茶髪の長身、ランドと金髪のブロンド、シルフィだ。
彼らは以前と変わらないように笑い、
「ああ、大丈夫だった。だけど、都市警察で俺たちはどんなに愚かなことをしたか反省したよ」
「本当に馬鹿なことをしたわね。『未来適正評価』に逆らうなんて」
ああ……やっぱりか。
「そ、そうか、都市警察でどんなことをされたの?」
二人、顔を見合わせておかしそうに笑う。
「どんなことをされたって、ちょっと人聞きが悪いな」
「そうよ、ちょっと講習を受けただけよ」
「講習?」
「そう、このシグマデルタの理念がどんなに素晴らしいか」
「人は皆、才能を持って生きていることの素晴らしさ。その通りに生きればどんなに人生が輝くかを、ね」
二人の眼が今までに見たことがない、気持ちの悪い輝き方をする。
「まず、ひたすら誓わされるのよ。何か行動するにしても『私は自らの遺伝子に従います』って、そうして、自分にできること、できないことをちゃんと理解するのね」
「そして、僕たちの今までの『未来適正評価』をチェックされるんだ。どこが悪かったか、どんな行動をすれば、幸福に生きられるのか」
笑って話すが、話している内容に怖気がたった。
「そして、逆らおうとすれば、電気を流されるの」
「え?」
「体にじゃないわ。脳によ。初めての体験だったけど、みんなあれでやっちゃいけないこととやらなきゃいけないことを理解するのね。ハハッ!」
「あれは本当に効果的だと思うよ。だから、俺たちはこうして、正しい道を歩いていける人間になれた」
本当に二人は、楽しそうに話していた。
なんなら、ロウに対して憐れみの眼さえ向けていた。
ランドが言う。
「ロウ……あの時俺は初めて、お前が可哀そうだと思ったよ。俺たちの親は普通のサラリーマンで三等市民。お前の父は重工の社長で二等市民。いつも、俺たちとは違って優遇されて、今回もあいつだけ解放されて畜生って。だけど、あんな素晴らしい講習を受けられなかったんだと思うと、お前が可哀そうで」
「そうね、ロウ。ロウは二等市民からあの講習を受けらなかったのだものね。本当に可哀そう。でも、自分で気づくのも素晴らしいことだと思うわ。自分でこのシグマデルタの街の素晴らしさに気づくことも」
「そうなんだ」
そうとしか言えなかった。
もう彼らは以前のロウが知る人間ではない、もう全くの別人。
荒々しかったランドも、おとなしかったシルフィも、死んだ。都市警察に殺された。
今の彼らは、この街にプログラミングされた単純なNPCでしかない。
ロウは、何もできなかった。
「……学校に来れるようになって良かったよ。それよりも、フレイアは? 彼女も解放されたの?」
「あ~……フレイアなんだが、まだ彼女は都市警察で調律を受けている」
「調律?」
「調律講習。私たちが受けた講習はそういう呼び方もあるの」
調律って……そんな呼び方をするってことはもしかしてと勘ぐってしまう。
ランドは悲しそうに手を合わせる。
「ああ、彼女は本当に可哀そうだ。この街の理念に逆らい続けて」
「でも、それだけあの電撃を受けるのだから、逆らうのがどんなに愚かか自覚できるはずだわ」
「フレイアはまだ戦っているのか?」
「戦っているって……そんな大げさな。フレイアは意地っ張りだからね。自分が間違っているのを認めたくないだけさ」
フレイアはまだ無事だ。
なら、まだ、間に合うかもしれない。
「ありがとう、ランド、シルフィ、体に気を付けてな」
二人に手を振って、後退する。
「二度と会えなくなるみたいな言い方するなよ。ああ、そうだ、今日の放課後食事でもどうだい?」
「いいわね、ついでに勉強会しましょうよ、友達三人で」
笑顔で僕を誘うランドとシルフィ。
「いや、断るよ。僕はやらなきゃいけないことがあるし、二度と会えなくなるのは間違ってない」
「え、どういうことだよ。転校でもするのか?」
「ああ」
「どこに? サウス地区のアカデミーか? それともウェスト? もしかして、ノースか? あの高学力学校に行くことになったのか?」
ランドの言葉に首を振る。
「どこに転校するかは言えない。でも、ここよりはるかに自由で、楽しい学校だよ。たしかに安全はないけど、いい学校だ」
「自由……?」
二人が顔を見合わせて首を傾げる。
「ランド、シルフィ。最後に一つ聞いてもいいかな? また一緒にバンドしてくれるかい?」
「……プ、アッハッハッハッハ!」
弾けるように笑う二人。
「やるわけがないだろ? 時間の無駄じゃないか」
「自分には自分のやるべきこと、相応しいことがあるのよ。時間は無限じゃなないわ。無駄にはできないの。そんな可能性がないことに時間を使うことは私にはできないわ」
「……わかった。よくね」
仕方がない。彼らがこうなってしまうのは。
もう彼らと楽しく楽器を鳴らしていた日々は帰ってこないのだ。
区切りをつけるためもあって、ひとつ手を叩いた。
二人に背を向けて歩き出す。
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