第二十一話 イフ、キティと出会う

 顔を上げると、ピンク色の髪がなびいた。制服を着ているからこの学校の生徒なのだろうか。だが、こちらにむける笑顔は全く見たことのない顔だった。


「大丈夫か?」

「あ、は、はい……助けてくれてありがとうございます。あの、あなたは?」


 ピンクの髪の少女が伸ばす手を取る。

 彼女は私の質問を無視して、コンドとファルコを指さし、うんうんと頷くと、次にイフを指さし、「ああ~……」と感嘆の声を上げた。


「もしかして、お前がイフ・イブセレス?」

「あ、はい、そうですけど」

「なるほどなぁ……襲われてるのかと思ったけど、お前を引き留めていたのか。なるほどなるほど、ってことはあいつらはお前の警護部隊ってことか?」


 ピンクの髪の少女は相槌を打ち、何か納得して、コンドたちから守るように背を向ける。


「美しいお嬢さん? あんた何者だ? まぁ、言わなくても大体わかるが」

「コンド。やっぱり夕べのハッキングは……こういうことだよね」


 コンドとファルコが警戒心をあらわに、戦闘態勢に入る。

 ファルコが腰に手をやる。そして、何かを抜いた。


「え⁉」


 銃だ。

 ファルコは幼い顔立ちをしていながら、不釣り合いな黒い鉄の銃を抜き、ピンク髪の女の人へ向けて構えた。

 そのファルコの銃を構える体制が様になっており、驚いた。まるでずっと訓練して来たかのような、自然な構え方だった。


「ヒュ~。最近の学生は物騒だねぇ」

「動くな」


 軽口をたたいて、ポケットへ手を伸ばすピンク髪を鋭い声で警告する。


「動いたら撃つ」


 背が小さく、誰よりも子供っぽいファルコが、殺気をはらんだ目でピンク髪を睨みつけていた。

 そういえば、ピンク髪の女の人が、先ほどコンドとファルコの事を警護部隊と言っていった。

 もしかして、彼らはただの学生じゃないのだろうか?

 ずっと、私にすり寄る一等市民のクラスメイトだと思っていたが、ただすり寄っていただけではないのか?


「そんな可愛い顔して撃てんのか? 撃ってみろよ。ただし、それなりの覚悟はしてもらうぞ?」


 ピンク髪の人も、ファルコを睨みつけ、動くなと言われたのにポケットに手を入れ、銀に煌めく何かを抜く。


「……ッ!」


 ファルコの引き金にかかった指に力が入るのが遠目からでもわかった。


 撃つ。


 ファルコは、この女の人を撃つ。

 刹那的に直感した。


「やめて、ファル……!」

「おっとぉ撃つなよ、ファルコ」


 止めようとした瞬間、横から伸びた手がファルコの銃口を覆った。

 コンドだ。彼はファルコの握る銃の発射口を覆いながら、ピンク髪の女の人を見つめ、笑った。


「初めましてお嬢さん。俺はコンド・ドルフィン。このアカデミーの学生だ。あんたの名前を聞かせてもらえるか?」


 コンドがどういうつもりかわからない。それはピンクの髪の人も同様なようで、睨みつけたまま、ナイフを抜いた。


「俺の名前は言うつもりはない」

「おっ、俺っ娘ってやつかい? 気が強そうだねぇ」

「…………」


 明らかにピンクの髪の人は機嫌を損ねた。ナイフをコンドに向けて構える。


「名前を言うつもりはない、が、俺たちの組織の名前だけは伝えておこう。『エリクシル』だ。胸に刻んでおくんだな。俺たちはお前ら、火星を支配する連中の敵だ!」


 ピンクの髪の人がコンドに向けてナイフを投げ放った。


「おっと!」 


 銀の刃がコンドの眼前をかすめて、飛んでいく。

 コンドが態勢を崩し、ファルコの銃を覆う手がなくなる。


「しっ」


 ピンク髪の女のナイフには糸が取り付けてあった。彼女はナイフが壁に刺さる前に引き戻して回収する。


「コンド! 何やってるんだよ!」

 撃鉄が鳴り響く。銃から弾丸が飛び出す。


 撃った―――本当に撃った⁉


 弾丸はピンク髪の人の胸をめがけて発射したが、彼女は糸付きの回収したナイフで弾いた。

 火花が飛び散ちる。


「行くぞ! 来い!」

「何やったんですか⁉ あの銃本物ですよね⁉」


 私の手を引き、ピンクの髪の人が校舎裏を駆ける。

 ピンク髪の人は銃痕が残り、ヒビの入ったナイフを見せる。


「ああ……しまったなぁ。計画が狂っちまった。俺の方が先に接触しちまったんだからなぁ……まあいいや、俺はキティ・ローズ。これからよろしくな。イフ・イブセレス」


 ダァンという銃声が後ろから響き、コンドの「撃つな!」という声も聞こえ、キティが首を横にずらすと、先ほど頭があった位置に穴が開く。


「一体どういうこと? 何が起きてるの?」

「イフ・イブセレス。お前の運命の時だ。お前はどうなりたい?」

「どう……? どうして私の名前を知っているの?」

「それはお前が世界進化少女だからだ」


 耳慣れない単語が出てきた。キティと名乗った彼女は、一体何といった?


「………なんて? もう一回言って」

「世界進化少女」

「……それって何するの?」

「言葉通り、世界を……進化させるのさ」

「さっぱりわからない」

 イフが首を傾げる先で、キティは拳を振り上げた。

「《パッションコード》ッ‼」

 いきなり大声を出されて、ビックリする。

「今、何をしたの⁉」

「そのうちわかる。俺が何をしたのか。お前が選ぶべき道も」

「選ぶべき道?」

「それを説明するのにふさわしい人間は俺じゃない。彼だ」


 キティは携帯を取り出した。


「誰?」


 番号を押して、耳に押し当てる。彼女の携帯から小さく呼び出し音が聞こえてくる。


「ユーリ・ボイジャー」

「!」


 今、彼女はユーリ・ボイジャーと確かにそう言った。千年前の英雄。

 イフが大好きな物語の主人公の名前を……。

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