第十九話 誘拐する

 ランドとシルフィがどうなっているのか心配で、彼らのクラスに向かう。

 リックみたいに別人になっていないことを祈りながら、廊下を歩く速度を速める。

 ドラムのランドは、荒々しい兄貴肌の男で、頼りがいはあるが、少し無遠慮なところがあった。

 ベースのシルフィはランドとは対照的に非常に大人しい女の子だった。自分から話しかけてくることは滅多になく、誰かに話しかけられたら話すような女の子で扱いが非常に難しかった。だけど、誰よりも優しく、見得ないところでバンドメンバーを支えてくれた。


 そんな二人が大好きだった。


 それが、都市警察に無遠慮に人格改造されてしまったとしたら、都市警察を、この街を許せそうにない。


「前と同じでいてくれよ……性格変ったり、勉強しかしなくなったりなんて御免だからな、頼むよ……」


 廊下にはロウのほかにも人がいたので、彼女たちには聞こえないように小声でつぶやいだ。


「もぉ~、本当に嫌になっちゃうよ……」

「大丈夫?」


 前から歩いてくる女子二人組がうんざりしたような口調で話している。

 何で片方はジャージなんだ?

 困り顔で首を垂らしている女子の方はなぜかジャージ姿でアカデミーの廊下を歩いていた。心配そうに肩を抱いている女生徒の方は普通に制服なのに。


「体育から帰ってきたら制服がないんだもん。制服盗むなんて最低……」

「シグマデルタの人で盗難とかする人がいるんだね……でもすぐに捕まるよ。監視カメラはあるし、それに、捕まったらそいつただじゃ置かないよ……絶対矯正施設送りだって」


 制服が盗まれたようだ。そんな話はシグマデルタで生活を続けて十六年だが初めて聞いた。

 普段犯罪がない分、罪を犯した時の罪は重くなる。

 この学校の生徒だとすれば、犯人はリックのようになるだろうなと漠然と思いながら、彼女たちとすれ違った。


「ハァ……ウチのクラスの人かなぁ、犯人」

「わかんない……あ、でも、さっき廊下を黒い服着た桃色の髪の女の人が歩てたよ」


 ロウの足がピタッと止まる。

 桃色に……黒い服の女の人?


「初めて見る人だから先生かなっと思ったけど、若すぎたし、もしかしたらあの人が犯人だったかも」

「えぇ? 不審者? やだも~……」


 女生徒の話を聞いているうちに不安になり、ロウは駆け足になり、ランドのクラスに行くのをやめて、階段を降りた。

 目指すは体育館。


 いる。


 彼女は絶対にいる。

 あのピンクの髪の秘密組織構成員を名乗る貧乳のかの……、


「よぉ! そんなに急いでどこ行くんだ?」


 ピンクの髪が視界の隅に入る。普通に立って、僕に向かって手を挙げていた。


「いたぁ⁉ 何でいるの⁉ キティ⁉」

「さんをつけろ」

「さん」


 世界進化機関『エリクシル』の構成員キティ・ローズは朝ロウが貸した黒い革ジャンを脱ぎ、アカデミーの緑色のブレザーと赤と白のチェックのスカートに着替えていた。


「僕がイフを連れてくるって言ったよね⁉」

「待ってられるか。それに……」


 顔を赤らめてもじもじするキティ。


「それに、何?」

「この制服可愛かったし……」

「………」


 スカートの端をつまんでくるんと一回転する。

 嬉しそうにしているキティを見て、ロウはもう何でもいいやと顔に手を当てた。


「それで、ロウよぉ。イフはどこにいるんだ?」


 テンションが若干上がっているキティが聞く。


「多分教室にいると思うよ。だけど、オウル達、一等市民がいつも彼女につきっきりだから僕たち凡人は近づけない。呼び出す口実だった学生証もウェールズに盗られちゃったし……こうなったら隙を見て無理やり彼女を連れ出すしかない」

「ハッ! なら尚更俺がいる方が都合がいいじゃねぇか」


 彼女が協力してくれるとは限らないから、キティがいても都合がいいことにはならない。


「いや、最初の計画通り僕が……」


 説得しようと思ったが、彼女を勧誘するのなら時間がかかりすぎる。それだと、次に接触する機会はなく、この街から彼女を連れだせない。それだと、キティたち『エリクシル』の大願は成就されないし、僕も『エリクシル』にとって不要と判断されて、この街を出ることができない。

 なんだかんだ言っても、彼女を僕たちは無理やりこの街から連れ出そうとしているのだ。

 だったら、もう……。


「キティ……さん。君の《MF》はどこにあるの?」

「ここから南のジャンク置き場だ。なんだ、使うのか?」

「ああ、今から君にとってきて欲しい。あれは光学迷彩が使えたよね? 昨日は僕のマンションの前で使っていたけれど、あれはシグマデルタのレーダーに完全に映らないものだってことだよね?」

「いや、そこまでの優れものじゃねぇよ。あれは視覚をごまかせるだけ。レーダーにはばっちり映るよ。あんときはセイレンが都市軍のコンピューターをハッキングしてたから俺たちは見つかんなかっただけだ」


 さらっと凄いことを言う。軍をハッキングって、そんな簡単にできる人間いないぞ。


「じゃあ、今回もそれをやってくれるか? そして、君の《MF》をこのアカデミーの上空に待機させておいて欲しい」

「あ~……ってことは、やるのか?」

「ああ、僕が彼女を屋上にまで連れ出して……さらう」


 決めた……後戻りはしないと、この街から決別すると今ハッキリと決意した。


「誘拐か。無理やりはなるべくやめておきたかったんだけどな……」

「僕もそうだったけど、何しろ相手が地球人だ。ガードが堅い。彼女がそのガードを抜け出す機会は一瞬しかない。彼女自身の意思を確認していたら、その一瞬を逃す。仕方がない」

「了解、じゃあ、俺はセイレンとシルヴィに連絡を取るよ」

「お願い、作戦を伝えるから、その二人に通信できる手段と、君の連絡先を教えてもらえるかな?」

「…………」


 僕が携帯を差し出すと、キティは渋々といった感じで自分の携帯を取り出し、自分のとセイレン、シルヴィの携帯番号を見せつけた。


「言っておくが、忘れるなよ?」

「何を?」

「お前は、俺以外の前では、本当はロウ・クォーツじゃない。セイレンたちの前ではユーリ・ボイジャーだってことを、だ」

「わかってるだから、持ってきてる」


 ロウの鞄には勉強道具など入っていない。あるのは虹の腕輪と革命者の証だけだ。だから、ロウの鞄は今日パンパンに膨れ上がっている。


「何を……まさか、あのカバンの中か?」

「ああ」

「馬鹿野郎、帽子にしわが寄るだろ、千年前の英雄が身に着けていたものだぞ。もっと丁寧に扱え」

「っていってもあのおっさんじゃん」

「あのおっさんって、俺は本物を知らねぇんだよ。俺の中では、いや俺たちの中ではまだ彼は千年前の英雄なんだ。彼の変貌はお前しか知らないんだ。全部お前の嘘だって可能性も俺は捨ててないからな」

「…………」


 彼らはユーリに見捨てられたのだ。信じていたものに裏切られて……。

 やっぱりこの人たちの力になりたい。


「わかっている、というかそのつもりだったよ、僕たちが信じた英雄が、旅行に行きたいからと言って、全てを捨てる男でいていいはずがない。理想の彼の志は僕が受け継ぐ」

「よし、若干意味は解らなかったが、その意気だ。そして……」


 キティがロウの背中を強くたたき、


「呼び捨てはやめろ」

「了解、キティさん……」


 いい加減許してくれてもいいと思うが、いちいち彼女は注意する。だが、ナイフを抜いてはいないので、そのうち許してくれるだろうとロウは若干の希望を持っている。


「じゃあ、イフ誘拐作戦は放課後になってから実行しよう。その間にキティさんはあの赤い《MF》をとってきてくれ」

「《パッションコード》。あの《MF》の名前だ。俺の専用機」

「え?」

「亜空機っていってな……ロストテクノロジーの亜空エンジンを積んで、純度の高い火星石油と、黄砂ノ国の砂漠でナノマシンが作った人の感情を読み取るとかいうよくわからん高性能のフレーム、エレメントフレームを使っている……通常の《MF》の十倍の出力を持ってる超高性能機だ」


 急に淡々と、あの赤い機体について説明を始めるキティ。


「『エリクシル』には五機、ある。あれ一機で百機の《AF》は倒せる無双機だ。実際に乗ってる俺が保証する。お前がユーリ・ボイジャーになるつもりだったら、こんくらいの知識は必要だろう。そのうち、おいおい教えていくよ」

「キティ……さん」


 もしかして、認めてくれたと言うことなのだろうか。そうだとしたらとても嬉しい。


「でも、どうして夕方なんだ。その時間ならイフ・イブセレスの護衛に隙ができるのか?」

「そういうわけじゃないけど……」


 別に作戦に都合がいい時間というわけではない、少し、この学校にいる時間が欲しかっただけだ。


「《パッションコード》をとってくるのに時間がかかるだろう? セイレンやシルバリオンにも作戦を伝えなきゃいけないし、そのための準備の時間だよ。ちょっと行く場所があるから。この学校にいる間は目立つ行動は控えてね、それじゃあ!」

「あ、おい……!」


 早くしないと休み時間が終ってしまうと僕はキティを残して、彼女と会う前の最初の目的地、ランドとシルフィのクラスへと向かった。

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