第18話
◆ ◆ ◆ ◆
彼女が隣を通り過ぎる。目を合わす事もなく、ただ静かに。
背筋をぴんと伸ばし、伏し目がちに前を見る姿は凛として美しく、だが、その姿こそ年頃の女子高生にはない異常さでもあった。
高校で見かける彼女は孤高の人だった。一人だけ、高くずっと先へ行ってしまっているように、俺たちの目には映っていた。
俺と宮町が学校外で一緒に出かけていることを、周りの連中は未だに知らないらしく、その手の噂に俺の名前は出てこない。隣町や、同じ年頃のやつが行きそうな場所を避けているせいかもしれない。
掃除を終え、教室に戻って俺はコートを学生服の上から羽織り、鞄をとった。
もうすっかり冬になり、宮町がこの町にいるのもあと僅かになっていた。
「――てっちゃん、先行ってるぞ」
教室を掃除するてっちゃんにそう言う。てっちゃんは、おぉ、と一言返して、掃除の続きをする。
そろそろこの呼び方も変えたほうがいいかもしれない。高校生にもなって、まだ小学校の頃のあだ名を使うのは変に思える。だが、今更急に、哲也と呼び捨てにするのもどこか気持ちが悪い。
廊下を歩きながら、そんなことを考える。まだ当分はてっちゃんのままでいいだろう。
つるつるとした廊下は、外の光を反射させてくすんで光る。もうしばらくすれば、夕日に変わるだろうか。
階段を下り、ロッカーで鞄の中の荷物を軽く整理してから、靴を履き替える。ついでに鞄の中の携帯電話を取り出して、着信を確認する。いつもの癖だ。
「今日は無しか」
この時間に宮町から着信がなければ、今日は「出かけない日」だ。暇なときはいつも帰り際に着信が入り、かけなおすと俺が暇な日は集合場所を決めて出かけるのだ。
宮町はメールをしない。電話と違って面倒臭いというのが理由らしい。
電話越しに聞く、宮町の声は透き通って聞こえて、その声を聞くたびに、僅かな高揚が自分の奥底から沸きあがってくる。
きっと、好きなんだろうと思う。俺も、宮町も。勘違いかもしれないだろうが、それでもそう思ってしまう。その反面、単なる遊び相手の一人として数えられているかもしれないという考えが頭をよぎる。その考えが、俺をいつまでたっても足踏みさせるのだ。
度胸がないのだ。今一歩、進む度胸が。そして彼女がそれを望んでいないような気がして、また足がすくむ。
見つめていた携帯電話をもう一度、鞄の中に放り込んだ。自然と出たため息が白くこぼれた。
「お、まだここにいたのか」
走ってきたのだろう、てっちゃんが廊下から現れた。あとに続いて同じクラスの男子二人が続く。
「あぁ、ちょっと考え事しててさ」
靴を履き替えるてっちゃん達をおいて、先に校舎をでると、そしらぬ顔の宮町が髪を緩やかな風になびかせて、歩いていくのが見えた。今、帰るところらしい。
「あ、宮町だ」
後ろから追いついてきたてっちゃんが俺の肩を叩いた。
「やっぱいい身体してるよなぁ。尻とかいい形っぽいし」
さらに後ろの笹塚が半笑いの笑みを浮かべて言った。
「うわ、お前マニア? やっぱ胸だろ宮町は」
尻だ、胸だ、足だ。聞きたくない単語が何度も流れた。俺は会話に混じる気には当然なれず、話をふられないように視線を逸らしていた。
「なぁ、日比野。お前はどう思うよ」
俺はその時、たぶんいつもよりずっと苛立っていたんだと思う。身勝手な宮町の噂とか、宮町の身体を見るその目とかに。
「どうもねーよ」
投げやりにそういうと、二人は怪訝そうに眉をしかめたが、てっちゃんは苦笑いを浮かべて俺の肩を叩いた。
「こいつは受験勉強でそれどころじゃねぇっての。何気に成績俺に抜かれてんだからよ」
わはは、とどこか芝居がかった言い方で、てっちゃんは誇らしげに胸を張った。
駅の前で別れて、俺とてっちゃんは帰り道を歩いた。
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