第14話


「で、今日はどこに行くんだ」

 リッカロッカを出てから、紅葉を終えた丸裸の並木道を歩きながら隣に並ぶ宮町に尋ねた。

「焼き芋をしようと思うのよ」

 鞄の中を開けて、アルミホイルとさつまいもを見せてくれる。俺はやっぱり苦笑いを浮かべる。

「じゃあ、どこでする? 公園とかでいいか」

 宮町は眉を寄せて考え込む。

「神社とか……駄目かな?」

「とりあえず行ってみて聞いてみようか」

 最近、こういうことに慣れてきた。いつも唐突な宮町に驚かされるばかりではないのだ。

 なにより宮町の思うようにさせてやりたいと思うからだろう。この季節が過ぎてしまえば、宮町はこの町からいなくなってしまうのだから。

 こうして宮町と話すのは、学校の外だけだった。

 学校での宮町は前と変わらず無口で、無愛想で、俺と目が合っても笑いもせず声もかけない。学校では一切の接触をしないこと。いつの間にかそれが俺たち二人の間の暗黙の了解となっていた。

 相変わらず宮町は学校であらぬ噂の的になっていた。だんだんとそれはエスカレートし、ついには、宮町と寝たという存在しない先輩まで登場するようになっていた。

 てっちゃんは、さすがに肥大した噂に引いたのか、俺の前でほとんど宮町の話をしなくなっていた。しょっちゅう一緒にいるてっちゃんがその話をしないでくれるのは正直助かる。前までは、その手の噂をそれほど気にかけることはなかったが、こうして宮町と話すようになってからは、だんだんとその身勝手な噂に怒りを覚えるようになっていた。

 宮町は自分がどんな目で見られているのか知っているのだろうか。

 ちらりと宮町の姿を見つめる。艶やかな長い黒髪、整った顔立ちに、丸い瞳に長いまつげ。柔らかそうな唇に白い肌。洋服の上からでも分かる豊かなバストに、細い腕と足。

「でね、一応火種として新聞紙とか持ってきたんだけど……どうかした?」

 突然視線をこちらに向けられ、俺は思わず視線を逸らした。

「――なんでもないよ」

 怪訝そうにこちらを見つめ、宮町は口を尖らす。

「あー、そういう目で見ちゃって……オトコノコなんだねー」

 くすくす、と宮町は口元を押さえる。

「か、からかうなって」

 嫌じゃないのかよ、そういう目で見られるの。心の中で呟いて、俺は静かにため息をつく。

 結局夕方前まで神社を探し、数件回って、ようやく枯れ葉集めの手伝いと引き換えに焼き芋をすることを了承してくれるところを見つけた。

 山の麓にあり、周りには木が生い茂る小さな神社だった。長い階段があり、そこから見下ろす街は何だかプラスチックの箱庭のように見えた。

「すいません、いきなり押しかけて……」

「いやいや、こっちもちょうど人手が足りなかったからねぇ」

 神主さんは朗らかな笑みを浮かべる。宮町は視線を逸らしたまま、なぜかむくれている。

 それじゃあ、と神主さんは熊手と竹箒を持ってくる。俺が受け取ると宮町は思い出したように手を叩いた。

「あ、軍手を忘れたわ。私買ってくるから日比野くんこっちは任せるね」

「あ、軍手ならここに――」

 神主さんが手に持った軍手を差し出すよりも早く宮町は手を振って階段を降りていった。

「おやおや……」

 神主さんとしばし目が合い、俺は苦笑いを浮かべてため息をつく。

「それじゃあ、はじめましょうか。時間もそんなにありませんし」

 神主さんと二手に別れて、竹箒で枯れ葉を集める。焼き芋をするための枯れ葉を残して、掃除を終えた頃に、ようやく宮町が戻ってきた。

「ただいまー、あらもう終わったのね」

「おかえり」

 軍手を片手でひらひらさせる宮町の額を軽くごちんと叩く。

「あは。――はい、日比野くんの分ね」

 にっこりと笑って宮町は真っ白な軍手を差し出す。受け取って俺は、早速準備に取り掛かる。神主さんは奥から水の入ったバケツを持ってくる。

 神主さんを含めて三人で、アルミホイルに包んだサツマイモを枯れ葉とばらばらにちぎった新聞紙の奥にしこんで、それから火を起こした。少し湿気が混じっていたのか、もくもくと煙を出しながら枯れ葉は赤く黒く燃えていく。

 炎を見つめて、宮町は煙たいのか少し涙目になった目を擦る。目じりのガーゼが炭で少し黒く汚れる。

 そんな宮町の横顔を時折見つめながら、秋の空が夕焼けに変わる頃、ようやく芋が焼けた。

 神主さんは気を使ったのか、出来上がったサツマイモを受け取ると、礼を言ってすぐに奥へと入っていった。俺たちは神社の鳥居の前に座って、階段の下を見下ろしながら、出来上がった焼き芋をかじった。

 少し焦げ目のある、苦くて甘い焼き芋は、昔食べたときよりもずっとおいしく思えた。隣に座る宮町も静かにその熱い焼き芋に息を吹きかけ、冷ましながら食べていた。

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