第9話

 園内は緑が多く、ところどころにちりとりと箒を持った清掃員らしき人が歩き、すれ違う客に対して明るく挨拶を交わしている。客の大半は子供連れの家族で、リュックと水筒を持った子供が笑い声を上げて走り回ったり、動物を遠巻きで眺めながら泣きそうになったりしている。

「――ああいうのを見ると、可愛く思ってしまうわ」

 通り過ぎる子供を眺めて宮町は言う。

「ねぇ、日比野くんは子供好き?」

 覗きこむように宮町は首をかしげてこちらを見る。その目はどこか意地悪な子供のように見えた。

「苦手……かもな。子供と接することなんてほとんどないからわかんねぇけど」

 そっか、と宮町は頷く。

「私にはさ、妹がいてね、今年中学生になったばかりで可愛いのよ」

「へぇ、仲良いんだ」

 一人っ子の俺にはわからないことだった。時々、下に弟妹がいたらどうだったろうと考えることがある。こんな風に言われると少しだけ羨ましい気がしてくる。

「最近はあまり話さなくなっちゃったけどね。昔は毎日一緒に遊んでたのよ」

 柵の向こうの小山が見えた。大きな窪地の真ん中にところどころアスレチックのような木の幹が伸び、十数匹の猿がごろごろとしている。

 宮町は手すりに身体を預けて目の前の猿たちをしばし眺めてため息をついた。

「あまり……動いてくれないね」

 寝そべったり、毛づくろいをしたり、猿は思っていたより全然動こうとしない。

「まぁ、昼過ぎだし、腹いっぱいで眠いのかもよ」

 宮町が唇をつまらなさそうに尖らす。

「とりあえず写真とっとこ」

 俺は懐からデジタルカメラを取り出して数枚、ごろごろとしている猿たちを撮影した。

 お気に召さなかったのか、宮町はすぐに猿山から離れて次の動物へ向けて歩き出す。やはり本命はキリンなのだろう。

 通りの途中に園内の売店が目に入った。自転車を漕ぎっぱなしだった俺の喉が水を求めるのがわかる。

「ちょっと喉渇いたな……」

「あ、私買ってくるよ。お茶でいいよね?」

 こちらのことを察してか、宮町は返事も聞かずに売店の中に入っていった。俺は日陰に逃げて、ぼんやりと少し遠くになった猿山を眺めた。

 よく考えれば、一緒についていけば、冷房のかかった部屋に入れたな。じりじりとした熱気に包まれ、外でうなだれる猿たちを思いながら、唾を飲み込んだ。

「おまたせ」

 宮町が缶に入ったお茶を二つ持って戻ってきた。

「私のおごりということで」

 にっこりと笑みを浮かべて、一つをこちらに渡した。

「さんきゅ」

 プシュっとよい音を立てて、缶をあける。雫の付いた缶が手に吸い付き、熱くなった身体をほんの少し冷やしてくれる。

 一口、口に含み、口内を潤し、そして一気に喉へと流し込む。

 宮町は立ったまま、腰に手を当てごくごくと一気に飲んでいる。どうも似合わない。

「さっ、次行こうか!」

 親指で唇の下を軽く拭って、宮町は言った。手に持った缶をくずかごに放り込んで俺を急かす。ゆっくりと立ち上がり、缶の底に残ったお茶を飲み込んで、俺も缶をくずかごに捨てた。

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