第31話 仕事支度
「取り戻してくるのは、あのトランクケースでいいわけだよな?」
朝方、窓から差し込む穏やかな日差しの中、グリードは褐色のジャケットを羽織り、同色の帽子を頭へと被せながら、背後にあるソファで、朝食代わりのジュースの瓶に口付けるコニールへと確認する。
「うん……お願い」
コニールは瓶から口を離すと、いまだに背中を向けているグリードに対し、不安半分、戸惑い半分といった声色で、返事をした。
「よし、わかった。じゃあ、行ってくる。もし腹が減ったら、近くに飯屋があるから、そこで何か適当に食べるといい。金は……テーブルの上に置いといた。それだけあれば足りるだろ」
グリードの言葉を確認するようにコニールの視線もテーブルの上へと向かう。
そこには、くしゃくしゃの紙幣が数枚と、大小様々な額の小銭が十数枚、手に収まるだけの分をそこに置いたといったように、乱雑に置かれていた。
「でも、このお金……」
「金の心配はいらねぇよ。なければ取ってくるだけだ。それに、俺の仕事の対価はもう貰ってある。まぁ、どうしても嫌だっていうなら、俺は構わねぇが」
グリードは、再度ジャケットに乱れがないか、ひげが伸びてきてはいないかなど、身だしなみを確認した後、ようやく玄関へと向かい、歩き始める。
口調こそ何ら変化のない、飄々としたものであったが、その顔つきは、心なしか険しく、大一番に直面しているのだということが、コニールの素人目にもすぐに理解できた。
理解できたが故に、グリードの身を案じ、コニールの胸は高鳴っていた。
――もしかしたら、今出ていったのを最後に、もうグリードとは再会できないかもしれない。
無論、それはただの悲観的な可能性の一つに過ぎないのは事実であり、そうでない未来も十分に存在しうるものだ。
それでも、コニールはどうしても、楽観した未来を頭に描くことができず、気付けはジュースの瓶をテーブルに置き、口を開いていた。
「――あのっ!」
「んっ?」
いざ扉に手を掛けようかというグリードであったが、突然コニールに呼び止められ、その動きを一度止め、首だけで振り返る。
その視界に入ったのは、自身も声を発したことに驚き、若干動揺している様子のコニールの姿であった。
しかし、コニールも黙っているわけにはいかないと思ったのか、少々目を泳がせた後、意を決したように、気になってはいたものの、ずっと聞けずにいたことを尋ねた。
「グリードは、あの時、どうして私に声をかけてくれたの?」
コニールからの突然の質問に、グリードは表情一つ変えず、かといって即答もせずに少しの間を置く。
そして、数秒程だろうか、まるで時でも止まったかのような、偶然に生じた、外から聞こえる環境音すらも途切れた無音の時間を経た後、グリードは深く息を吐き、わずかに目線を上向けて、答えた。
「そうだな……強いて、理由を挙げるなら、どことなく、妹に似ていたから……かもしれないな」
「えっ?」
予想しなかった回答が返ってきたことで、コニールは思わず声を上げていた。
一方、グリードは自分が回答したことで生じた、淡い空気感を断ち切るように、すぐさま言葉を続ける。
「それはそうと、そっちはどうなんだ? 俺が言うのも変な話だが、あんな胡散臭い契約に首を縦に振るなんて、状況的に茫然自失になっていたとしても、普通じゃありえないだろ」
グリードから返ってきた問いかけに、コニールは少しはにかんだ様子を見せ、思い出を紡いでいくかのように、穏やかに語った。
「私も、実はわからないの。でも、あの時のグリードの掛けてくれた声が、それまで口にしていたどの言葉よりも、優しくて温かく感じられたから……なのかもしれないわ」
「……そうか。じゃあ、行ってくる」
「……うん、行ってらっしゃい」
挨拶を交わしたのを最後に、二人はそれぞれ前を向く。
そして、ドアの開閉音を合図に、コニールの手荷物を奪還するというグリードの仕事は、スタートするのだった。
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