第32話 慎重に、大胆に
澄み切った青空の下、老若男女が往来するトルカンの街中を颯爽と抜けたグリードが足を止めたのは、かのロベルト邸を通りの反対側から見据えることができる、細い路地であった。
「まぁ、あれだけの人員を動かせる人間なんて、ここ以外にはいないだろうしな」
グリードはロベルト邸の対面に位置する一般の邸宅の外壁に寄り掛かり、万が一目を向けられたとしても簡単には気付かれてしまわないよう、わずかに身を乗り出すに留め、様子をうかがう。
門前にはシャツにズボン姿の、カジュアルな装いをした男たちが二名、通りをにらむように見張っていた。
門自体は開いていたが、敷地の広さやグリードの立っている場所の角度もあって、門から屋敷までの様子は十分に知ることはできない。
少なくとも見える範囲に見回りらしき人間は見ることはできなかったが、それだけの情報では、侵入はとてもではないが難しい。
グリードの目的は、組織の壊滅などではなく、コニールの荷物の奪還である。
それだけであるなら、不要な戦闘を避けた方が探索の時間も稼げる上、体力の消耗も少なくて済む。
わざわざ真正面から突っ込んで、危険を冒す必要はないのだ。
グリード自身もそれをよくわかっていたが故に、少し離れた位置から、侵入の経路とタイミングを模索していたのだった。
「とりあえず、今はそんなに警備は厳重ではないみたいだが……少し近くから見てみるか」
じっと機を待っているだけでは埒が明かないと判断したのか、グリードは周囲を軽く見回し、自身が誰にも監視されていないことを確信すると、さも今この場にやってきたふうを装い、邸宅前の通りを足早に渡った後、ロベルト邸の門前を横切ろうとする。
その瞬間であった。
「おい、止まれ」
見張りをしていた男の一人がグリードに声をかけ、その歩みを強引に止める。
「んっ、何か?」
あくまで一般人を装い、聞き返すグリード。
だが、その答えは見張りが口にするよりも早く、グリードたちの前へとその姿を現す。
それは、門の内側から騒々しい馬の足音と車輪の回る音を伴い、近づいてくる一台の馬車であった。
馬車の御者はグリードたちの姿を認め、一時速度を落とすものの、そのまま止まることなく通りへと出て、そのまま通りの向こうへと軽快に去っていった。
そして遠ざかっていく馬車の背に向けて、ずっと頭を下げ続ける見張りの男二人。
恐らく、彼らのボスが乗っているのであろうことは、その場景から想像に難くはない。
ただ、それは一人頭を上げ、意図せず状況を把握することができていたグリードにとって、この上ない好機でもあった。
途端、グリードは気配を消し、素早く、しかし決して走ることなく、ロベルト邸の敷地内へとその身を滑り込ませる。
その後、広々とした青い庭に見張りの姿がないことを確認すると、そのまま敷地を囲う壁沿いに、庭木の陰に身を紛れさせるようにしながら、少しずつ、着実に建物との距離を詰めていく。
他方、見張りもずっと頭を下げ続けるなどということはなく、馬車の音が聞こえなくなった頃には、自然と頭を上げる。
「……んっ? なぁ、さっきまでここに居た男、どこに行った?」
「俺は知らねぇけど、どこかに行ったんじゃねぇのか? だってここは、あのロベルト・バレスの家だぜ、前を通ることはあっても、近づこうなんてヤツがいるわけないだろ?」
「あぁ、それもそうか」
見張りの男たちも、深々と頭を下げ、ボスを見送っていた間に、堂々と敷地内へ部外者が忍び込むなどとは思ってもいないので、頭を上げた際、さっきまで近くに居た男の姿が消えていたとしても、来た道を戻ったか、通りを渡ったかなどして、どこかへ行ってしまったのだと、大して気に掛けることもなく、再び自らの仕事に戻るのだった。
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