第30話 却下

「はぁ? てめぇの仕返しに俺の部下を使いたいだぁ?」


 朝方のトルカン、ロベルトの屋敷に、家主の声が響く。


 その声に若干身体をすくませるものの、マルクは震えそうな声を、気を張ってなんとか抑え、自らの所属する組織のボスへと提言した。


「はい。あの野郎が、俺の脚をこんなにしちまって……このままじゃ、ボスの威厳にも関わるっていうか……とにかく、やられっぱなしじゃ気が治まらないって話なんすよ!」


 包帯を何重にも巻いた、痛々しい右脚をさすりながら、ボスの前に膝をつくマルクであったが、列車内でグリードとの間に起こったいざこざを思い出し、顔を歪める。


 しかしながら、ロベルトは自らの定位置ともいえる、一人掛けのソファに腰掛けたまま、まるで興味などないといった顔でマルクの要望をばっさりと切り捨てる。


「その野郎って、巷で噂の宝石狂だろう? 宝石さえあれば、何でも仕事を請け負うとかいう……それがどうして俺の威厳に関わってくるんだよ。てめぇのケンカにてめぇで負けただけじゃねぇか。そんなことに俺の部下を使おうなんてよ、マルク……てめぇの方こそ、自分の立場がわかってねぇんじゃねぇのか?」


「いや、そんなつもりは――」


 慌てて否定しようとするマルクであったが、弁明の言葉を口にするよりも早く、ロベルトはソファから立ち上がり、まだ業界の慣習に染まり切っていない青年の前に、ちょうど正面から顔を突き合わせるよう、しゃがみ込む。


 そして、ためらいなく腕を伸ばし、マルクのあごをつかむと、先ほどより一層低い声で、威圧的に断言をする。


「いいか? ここは俺の組織だ。お前の組織じゃねぇ。俺のために動くことはあっても、お前のために動くことはねぇ。そこんところ、肝に銘じとけ。あとな、てめぇのケンカだったら、てめぇでやり返せや。俺に助けを求めるなんて、情けねぇと思わねぇのか」


 そこまで言って、ロベルトは不快そうな顔をして、立ち上がり、ソファの脇で一部始終様子をうかがっていた、側近へと声をかける。


「今日の予定は酒造の視察と譲渡の手続きだったよな?」


「はい、午前中に酒蔵の視察が、午後には先日入手した鉱山の譲渡手続きの予定が入ってます。その後、しばらく時間を置きまして、夕刻に取引先のタタリア夫妻との会食も入っておりますので、お忘れなりませんよう――」


「あぁ、わかった。俺はこれから散歩してくるから、馬車の手配の方、頼んだぞ。朝っぱらからつまらねぇ話聞かされて、気分が悪い」


「はい、いってらっしゃいませ」


 側近の返事に、ロベルトは軽くうなずくと、いまだに膝をついたままのマルクの脇を通って、部屋の外へと向かう。


 対してマルクは、反論も抗議もできず、ただ手をきつく握りしめ、怒りや憤り、羞恥といった感情を表に出さぬよう、必死に肩を震わせ、耐えていた。


 そして、部屋の主が完全にその気配を消した時、マルクは内心、決意をする。


 それは決して自らの非を認め、今後に向けて現在の行動を改めるなどといった殊勝なものではなく、正面から自分の思いを否定されたということに対する、怨恨ともいえる禍々しい感情から生じたものであった。


「どいつもこいつも……絶対に、後悔させてやる……絶対に」


 その場に居た、誰にも聞き取ることのできないような、小さなつぶやき。


 そこに自分が今抱ける最大限の負の感情を吹き込むと、マルクはよろよろと立ち上がり、誰に見守られるでもなく、ケガをした足を引きずりながら、たどたどしい足取りで部屋を後にしたのだった。

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