第41話 俺にはパンチしかない

 転移門をくぐると、俺はすぐに魔界につく。

 


 それにしても、なんとなくだがこの転移門、バグ秘めてそうだな…。

 


 


 移動系はバグの温床になりやすいのでデバッグしたいが、気持ちをぐっと堪えて今は魔王城を見据える。

 


 


 空にはやはりというか、埋め尽くすように天使が舞っているな。

 


 しかも明らかに目に見えてさっきよりも数が多い。

 


 


 これはもう倒しきるという発想は捨てた方がいいだろう。

 


 無限増殖する以上、戦いになったら最後、俺かヴィルヘルミナ、どちらかが倒れるまで戦火は加速していくことは想像に難しくない。

 


 


 結局、最終決戦のメンバーは俺、アリ子、エル子になってしまったな。

 


 後に増援として期待できるのはアリ子兄姉率いる騎士団くらいか。

 


 正直、イージスを使ってもこの戦力差はかなり厳しいだろう。

 


 


 この盤面、イージスを持つ魔王パイセンがどう動くのかに注目だな。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 ふん、他愛ない。

 


 地下監獄には、人のような獣のような不気味な形をした天使が徘徊している。

 


 人の形をしているので、背後がどちらか分かりやすく、不意をつくのが容易い。

 


 


 私はイージスを槍のように尖らせ、ジャベリンとして投擲、コアを砕いて進んでいく。

 


 


「流石は『魔王パイセン』ってところだな。魔王を名乗るにふさわしい能力だ」

 


 もはやこの馴れ馴れしい山根クンの口調が恋しくなる時があるほど板についてきている。

 


 


「世辞は結構。さあ、この先ですよ」

 


 突如現れた元盗賊を名乗る変わり者の少女の報告によれば、大久保クンたちはこの先の牢に閉じ込められているはずですが…。

 


「ん、ンつくしい。随分遅い到着ですね、魔王パイセン…」

 


 見ると、そこには私の部活全員が閉じ込められていた。

 


 


 拘束などはされていないようなので、この牢自体がシステム的に出れないようになっているのだろう。

 


「出ていいですよ、みなさん」

 


 吸血鬼は許可がないと出入りできないのと同じように、この牢はその類だ。

 


 だから私が許可を出せば、みな自由となる。

 


 加藤クン、大久保クン、安田クン、斉藤クン、ありがとう、そしてお疲れ様でしたと彼らを労う。

 


 


 だが、むしろここからが本番だ。

 


「反撃開始といきましょうか」

 


 


 ただ一人の最強の暗黒破壊神龍を除き、魔王四天王は全て揃った。

 


 あの真魔王が力を取り戻したのだ。

 


 おそらくこの先には本来の魔王四天王、『暴虐のサタナキア』、『叡智のイービルアイ』、『目覚めるベルゼブブ』…。そしてありえないだろうが、本来の『暗黒破壊神龍ガイア』のいずれか、もしくは全てが立ち塞がるかもしれない。

 


 この事態を収束させるには、そのような強力な敵に全力で立ち向かう必要がある。

 


 


 私は暗黒物質イージスで天井に巨大な穴を空ける。

 


 


 そこから出て、下を見下ろす。

 


 どうやら天使と兵士の戦闘は始まったようだ。

 


 


「灰燼と化せ!」

 


 大量の天使を巨大なイージスによる爆弾で、一気に破壊する。

 


 


「我々魔王軍が相手になりましょう。さあ、かかってきなさい」

 


 私は空に君臨し、地では四天王が縦横無尽に天使を狩っていく。

 


 


 その時だった。

 


 突如敵が動きを変え、いくつかの天使は魔王城へと戻ろうとする。

 


 


「おやおや、何か戻りたい理由でもあるのですか」

 


 誰でも出来る初歩的な推理だ。

 


 なら、一度は言ってみたかったあのセリフを言うべきだろう。

 


「ここを通りたければ、私を倒してからにしなさい」

 


 


 あえて天使の前に立ち塞がる。

 


 さあ、いくらでも来い。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 巨大な爆煙が遠方で次々に上がっている。

 


 あれはおそらく陽動部隊の魔王パイセンだろう。

 


 


 アリ子兄姉率いる増援も到着した。

 


 さて、そろそろサキュ子が来てもおかしくないのだが…。

 


 


 俺たちの事情とは別に、騎士団たちは狼煙をあげる。

 


 


「私たちの領地はすでに崩壊状態にある。だが、真魔王を討てば天使と呼ばれる生命体は機能を停止するそうだ。みな、聞いて欲しい。故郷とはなんだ」

 


 モデルっぽいオーラを放つアリ子姉の雰囲気とはうって変わり、いかにも騎士団隊長といった声音で騎士に問う。

 


 


「故郷…私にとっては工業地区のことでありましょうか」

 


「そうだ…ワシの故郷は…」

 


 


 みな思い思いに耽る。

 


「違うな。断じて違う。ここだ」

 


 


 アリ子姉は自らの胸を握りしめ、高らかに謳う。

 


 


「私たちはここだ、ここにいる。己の魂こそ、自らを育んだ誇り高き土壌である。この戦いで失ったものは多かったろう。だが、みなここにいる。みながこうしてここに立っているのは、ひとえに己を育んだ土壌に感謝を忘れない気高さによるものだ」

 


 剣を抜く。

 


 高らかに空へと掲げ、宣言する。

 


 


「よってこの場の気高き貴公らに、この国王近衛隊隊長、アレクシアが命ずる。『ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの務め)』を果たせ」

 


 騎士団は高らかに声を上げる。

 


 


 もはやこの士気を止めるには、一体何百年かければよいのか分からないほどに猛っている。

 


 


 今更だが、ここはゲームだ。

 


 だが、この世界では誰もが生きている。

 


 


 俺もこの世界の命運をかけた戦いに、全力を出そう。

 


 そして帰るのだ、帰るべき場所に。

 


 


 天使たちは騎士団を視界に捉え、接近を始める。

 


 目指すは魔王城

 


 


「俺たちもひと暴れするか!」

 


「はい!」

 


「了解ですわ。もう前回のようにはいきませんから」

 


 アリ子、エル子も得物を手に取る。

 


 


 エル子は今回のために武器に再調整を施したようで、範囲殲滅力を犠牲にして単体の撃破性能を高めたとかなんとか言っていたな。

 


 


 頼りにしているぞ。

 


「…くるぞ!」

 


 


 正面から天使がやってくる。

 


「ここはわたくしに」

 


 エル子はそういうと、 糸を束ね、弓形にして固形にした糸を放つ。

 


 


 矢は天使に近づくと、空中で拡散して天使をがんじがらめにする。

 


 


 だが、天使は動きを止めない。

 


 


「エル子、一旦下がっても大丈夫だぞ」

 


 


 俺は一度体制を整えようと、前に出て戦線を維持しようとしたその時だった。

 


「いえ、その必要はありませんわ」

 


 糸が張り付いた天使は爆発する。

 


 何度も何度も爆発し、次第に小さい爆発から大きな爆発になっていき、ついには赤いコアが爆ぜる。

 


 


「成功確率100%。精霊による連鎖爆発反応を応用した爆破糸、うまくいってなによりです」

 


 かっこいい。

 


 ずるい、かっこいいぞその技!

 


 


 ちょっと遅れて爆発するやつとか、色んな演出にも使えるしめちゃくちゃかっこいい。

 


 


「くっ、俺も新技バリエーションの練習しとかないと…!」

 


 


 これはね、由々しき自体よ。

 


 よく考えると、いやよく考えなくても俺にはパンチしかないもんな。

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