第40話 拳で

 さて、行くか。今回は長い戦いになりそうだ。

 


「サキュ子とサキュ美はすぐには来れないのか」

 


「そうね。魔界へのゲートを開いたら都市からの増援が来るわ。そしたらあたしが面倒見なきゃならないから」

 


 


 サキュ子は答える。

 


 


 俺たちが集まりだした頃、兵からの伝令があった。

 


 俺たちが魔界を行き来できることを知っていたようで、その能力に便乗して兵を投入させてもらうとの事だった。

 


 どうやら領主もマジなようで、俺たちに拒否権はないようだ。

 


 だがまあ、使ったあとのゲートなど別に用はないし、好きに使われて問題ない。

 


 むしろあの天使の量を相手にしなければならないのだ、サキュ子を割く価値は充分にある。

 


 サキュ美も来ないのは寂しいな。

 


 


「わかった。よし、行くか」

 


 かつては綺麗に舗装されていた荒地の上に、空間が歪み転移門が開く。

 


 


「精霊も大丈夫だと告げていますわね」

 


 エル子が言うのなら、間違いない。

 


 


 


「ふむ、そうですか…」

 


 魔王パイセンはメガネをクイッと知的に上げる。

 


「ああ、腕がなるぜ」

 


 暗黒騎士山根は背中を向けながら呟く。

 


 ちょっとかっこいいな。

 


 


「ああ、入る前にちょっといいですか?」

 


 人間形態の変態触手スライム、もとい変態が話しかけてくる。

 


「ああ、どうした」

 


「私たちは最初別で動きます。仲間を救出してから合流に向かいます。ご理解を」

 


 そういえば魔王四天王の他のメンツは真魔王に囚われているんだったな。

 


「ああ、分かった。そこは好きにしてもらって構わないぞ」

 


 ここだけの話、彼らは戦力としてはなからカウントしていない。

 


 今まで連携も取ったことがないからな。

 


 彼らはジョーカーだ。

 


 強力なワイルドカードとして機能してくれれば万歳、そうでなくても問題ない。

 


 


 さあ、彼らの介入がどう戦況を動かすだろう。

 


 


 俺は転移門に足を踏み入れる。

 


 


「サキュ子、お前がこっちに来る頃には事は片付いてるかもな」

 


「そうかしら、英雄は遅れてやってくるのよ。案外あんたでも苦戦してたりして」

 


「さあ、どうだか」

 


 


 サキュ子のトゲトゲしい態度も今では心地が良い。

 


 さあ、行こう。

 


 俺たちは転移門へと踏み込んだ。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 さて、行ったわね。

 


「転移先は魔王城の前の荒野にしてあるわ。勝手に使って頂戴」

 


 あれからすぐに到着した騎士団の代表、つまりアリ子の兄姉に告げる。

 


 


「ああ、ありがとう」

 


「助かります」

 


 デバッグおにいさんには転移門の起動中はあたしがいなければ維持できないような説明をしたが、実際はそんなことはない。

 


 よって、あたしがここに残る必要はない。

 


 


 だが、果たさなければならないことはある。

 


「では参る。みな私に続け」

 


 


 アリ子姉の号令により、次々と転移門へと向かっていく。

 


 


 そしてついには誰もいなくなる。

 


 そろそろ頃合か。

 


「ジゼル、出てきなさい」

 


「はい、おねえちゃん」

 


 あたしの声に応え、妹のジゼルは現れる。

 


 


「おねえちゃん、本当によかったのですか…? きっとデバッグおにいさんなら、理解してくれたはずですよ」

 


「そう、きっとあいつなら理解してしまう。それが不愉快なのよ」

 


 これはあたしのわがままだ。

 


 わがままでなければならない。

 


 


 あたしの責任というのもあるが、そんなものは建前だ。

 


 あの|親友(バカ)を、1発ぶん殴ってやりたい。

 


 


 この戦いの結末などどうでもいい。

 


 ただ、最初にあいつをぶん殴るのは、あたしでなければ納得がいかないのだ。

 


 


 思い出しただけで腹が立つ。

 


 ヴィルヘルミナとあたしとジゼルは幼なじみだ。

 


 


 昔からヴィルヘルミナはどこか大人びているところはあったが、共に心底笑ったし、苦しんだし、泣いたこともある。

 


 そんな彼女がこのような状態になったのは、あたしにも責任があるだろう。

 


 


 幼い頃のあたしは目立った能力が無く、鍛錬ではいつもジゼルとヴィルヘルミナが一歩先に行っていた。

 


 本来魔王の血族の長女であるあたしが魔王として君臨していないのは、能力が及ばなかったからだ。

 


 


 だからヴィルヘルミナが本来の魔王として選ばれたのは、純粋にあたしが責任から逃れた結果という事もあるだろう。

 


 だが、そんなことは関係ない。

 


 


 あのバカは間違いなくこの状況を楽しんでいる。

 


 


 このままでは世界が壊れることは、誰が見ても分かる。

 


 思い出も、何もかもが壊れて、最後には何も残らないだろう。

 


 


 そんなもの、虚しいだろう。

 


 


 強大な力を以て世界を混沌に導くのは魔王の責務だ。

 


 だが、あのバカは混沌すら破壊しようとしている。

 


 


 ただ奪うだけでは、何も残らない。

 


 そんな悲しい思いは親友としてさせるわけにはいかない。

 


 


 だからぶん殴ってやる。

 


 


 ぶん殴って───

 


「───あたしたちはここにいるって、思い知らせてやるわ」

 


 これはわがままだ。

 


 


 理由だとか、理屈だとか、あいつの気持ちだとか。そんなものは度外視して、純度100%の理不尽な暴力で、屈服させてやる。

 


 


「…いくわよ、ジゼル」

 


「ええ、おねえちゃん」

 


 


 あたしは新たに魔王城直通の転移門を開く。

 


 さあ、文字通り殴り込みに行こう。

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