第36話 旗揚げするマン

 無数の金属は空を多い尽くさんとしていた。

 


 


 このままでは先ほどの高度まで逃げられ、倒すのにひと苦労するぞ。

 


 ここで俺のとるべき行動はなんだ。

 


 


 最適解を導き出すのだ。

 


 だが、こいつは一人であの強さだったのだ。

 


 


 流石にこの数は…

 


 諦めかけていたその時だった。

 


 


「黒き|爪(ネガ・ビースト)!」

 


 尊厳に満ちた男の声が響くと、大量の金属は黒い大きな獣の手により墜落する。

 


「|終焉(ビッグバン・インパクト)ォ! …今です、山根クン」

 


 


 無数の金属たちは超爆発により金属を剥がされ、赤いコアだけの姿となる。

 


「分かってるさ。なあ、天使さんよ。ゲームを始めようか。お前の再生と俺の破壊、どっちが速いか比べあいと行こうぜ!」

 


 山根と呼ばれる彼の姿は見たことがある。

 


 魔王四天王の一人、ダークナイト山根。

 


 


 漆黒の鎧に身を包み、両手には長い剣を装備した目立ちたがりの俊敏系剣士だ。

 


「加速しろ! 俺の剣!」

 


 山根は次々にコアを切り裂いていく。

 


 コアは再生の暇もなく、ひとつを残して壊滅する。

 


 


「ち、俺の負けか」

 


 山根は舌打ちする。

 


 


 金属は宙へと舞い上がり、コアが赤く光り出す。

 


 やばい、これはさっきのビームの前兆だ。

 


 


「ぴーっ(そうはさせません)!」

 


 どこかで見た事のある桃色触手スライムがどこからともなく現れ、コアに張り付く。

 


 


 スライムは勢いよくビーム状にびよーんと伸びたと思ったら、地面スレスレで金属へと身体が戻っていく。

 


 完全に戻りきると同時に、金属が四散爆散する。

 


 ビームをはね返したみたいだな。

 


 


「ふむ、別れの挨拶はすませましたか」

 


 どこかで見たシチサン分けにメガネ姿のスーツ男が現れる。

 


 お前は…

 


「魔王パイセン!」

 


 


 


 


 


 


 


 *

 


 


 


 


 


「ふむ、別れの挨拶はすませましたか」

 


 魔王パイセンはいつもの魔王装束ではなく、今日はシチサン分けにメガネにスーツと、随分フォーマルな格好だな。

 


 横には見慣れた変態触手スライムと…あと大迷宮で見たような二刀流剣士の男がいる。

 


 


「ああ、ちゃっちゃとすませてくれ」

 


「別れの挨拶すませちゃったところ悪いのですが、今回保留でお願いできますか?」

 


「いや、え?」

 


 


 いやいやいや、今日のために色々準備してきちゃったが。

 


 本当に別れの挨拶とかすませちゃったが!?

 


「念の為聞いておこう。…なぜ?」

 


「それを聞いちゃいますか…いいでしょう。それを語る責任は、私にありますから…」

 


 


 そういうと、魔王パイセンは膝を折り、地面を頭につけて続けた。

 


「誠に申し訳ございません…! 帰還するための管理者権限をNPCに奪われ、私たちは元の世界に戻れなくなってしまったのです…!」

 


 


 今までにも見たことのないような、完璧な土下座だった。

 


 …そうか、戻れないのか。

 


 


「でもまあ、本当に無期限に戻れないってわけじゃないんだろ?」

 


 俺はふと思ったことを聞いてみることにした。

 


 


「方法はあるにはありますが…」

 


 魔王パイセンはばつの悪そうに口ごもる。

 


「言ってみろ」

 


「…いいでしょう。現在この世界では、管理者権限は所有者を倒すことで譲渡されるシステムになっています。本来はそれで貴方がゲームクリアしたあかつきに帰還してもらい、我々魔王軍も連携したシステムで退去する予定だったのですが…」

 


 なるほどな。

 


 回りくどいが、何をすればいいかは明白だ。

 


「つまり、お前から管理者権限を奪った何者かを倒して、奪い返せばいいんだな?」

 


「…そういうことです」

 


 


 なるほどなるほど。

 


 プライドの塊のようなこの男が俺に土下座をしてまで頼みたいことも見えてきた。

 


 魔王パイセンは続ける。

 


「ですから、ここは一時共闘といこうではありませんか」

 


 


 まあ、それしかありえないだろう。

 


 帰れないというのは我々の本来の活動に大きく支障をきたす。

 


 だから、生身の人間同士いがみ合っている場合ではない。

 


 


「ああ、いいだろう」

 


 


 こうして、ここにデバッグおにいさん、魔王パイセンの条約が締結されたのだった。

 


 


 


「で、その管理者権限を奪ったやつは誰なんだ?」

 


 俺の疑問に対し、時折見かけるピンク色の変態触手スライムが前に出て答える。

 


「それは私が。敵の名はヴィルヘルミナ。ヴィルヘルミナ真魔王です」

 


「ちょっ…なによ、それ」

 


「…っ」

 


 サキュ子とサキュ美はそのヴィルヘルミナの名に反応する。

 


 


「そうでしょう。あなた方はね。少し繊細な話題ですから、ここから先は彼女の存在を『真魔王』と呼称しましょうか」

 


 スライムの口から放たれた『真魔王』の言葉に、どことなく隠しボスって雰囲気を感じるな。

 


 だが、俺の中で一つの疑問が浮かぶ。

 


「で、その真魔王ってのは何なんだ。あまりにもぽっと出過ぎないか? 突然過ぎて後付けのキャラクターになってるぞ、そいつ」

 


 そう、あまりにも突然なのだ。

 


 まるで後付けで作られた要素のような違和感を感じる。

 


 


 既にこの世界には魔王パイセンという魔王が存在する。

 


 だが、それを差し置いた強さで、突然現れる存在など、あまりにもぽっと出過ぎるのだ。

 


 


「真魔王、それは私が産んだ最後にして最大のバグとも言える存在なのです。彼女は本来のこの世界の魔王でした。今回のために一時的にその座を書き換え、真魔王は力も称号も持たない人畜無害になったはずなのですが…」

 


 理解する。

 


「何かしらのバグが生じ、再び力をつけて座を取り戻しにきたってわけか」

 


「…そうなりますね。違和感はそれが原因でしょう。そして今回このような状態になってしまった以上、貴方の腕を見込んで、最後の仕事を依頼したい───」

 


 ああ、知っている。

 


 分かっている。

 


 


 バグを完全に吊るされたスーパーデバッガーである俺への仕事は一つしかない。

 


「───私の生み出した災厄、最大にして最悪のバグ、真魔王ヴィルヘルミナのデバッグを、お願いできますか」

 


 


 もちろん答えは、イエスだ。

 


 


「任されたよ。まあ見ておけ、俺にデバッグできないバグはない。なぜなら俺は───デバッグおにいさんだからな」

 


 明けない夜はないように、デバッグできないバグもない。

 


 


 さあ、待っていろ。

 


 


 最大にして最悪のバグ、真魔王ヴィルヘルミナ───!

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