第35話 天使

 きんと除夜の鐘を甲高くしたような長い音が辺り一面に鳴り響く。

 


「なんだ…この音は」

 


 音が鳴り止み始めた時になって、その音がどこから発せられていたのか気がつく。

 


 空だ。

 


 空にそれはいる。

 


「生体反応ヲ感知。───排除ヲ開始シマス」

 


 体長約20メートル。

 


 無数の白金の針で垂直に何度も打ち込んだような、不気味なそれは異音を放ちながら空に浮かんでいた。

 


 


「精霊がざわめきだしている…独断ではありますが、射落とします」

 


 エル子はどこからともなく取り出した無数の矢をそれに向かって放つ。

 


 そして間髪入れずに魔法陣を魔法糸で編み込んでいく。

 


「出力最大───これなるはただの弓。では、番えてみせましょう。恩讐の矢は暗月に輝く(マギテック・フル・バースト)!」

 


 見ただけで分かる。

 


 エル子の攻撃は、凄まじい破壊力を誇っている。

 


 光り輝く蒼穹の放物線は、それに直撃する。

 


 


「やったわね!」

 


 サキュ子は盛大に歓喜の声をあげるが、それは俗に言うフラグだ。

 


 青い光に包まれ、破壊されたかに見えたそれは中心部分が赤く光る。

 


 分かるぞ、これなんとなく察しつくやつだ。

 


 


「イージス展開!」

 


 前回のダンジョン攻略では、レベルが一からとなり、出ればステータスはリセットとなった。

 


 だが、ジョブは引き継がれるらしく、今の俺は魔王だ。

 


 


 大迷宮で手に入れた魔王の能力、イージスを持ってすれば防ぎきれるか。

 


 


 瞬間、それは熱線を放つ。

 


 


「な、なんですかあれは…」

 


 熱線は不規則な挙動を描き、触れた部分を爆発させていく。

 


 ついにそのビームは俺たちに降りかかる。

 


 俺はさらに黒い魔王の物質、イージスを広げてみんなをカバーする。

 


 


 さあ、防ぎきれるか。

 


「うおおお!」

 


 物凄い揺れだ。

 


 


 しばらくして揺れが治まったので、イージスを徐々に解除していく。

 


「な…」

 


 だが、衝撃の光景が眼前に広がる。

 


 ───辺り一面が、焦土と化しているのだ。

 


『でぃーおにーみん』も、『ネオ箱根』も、『ゲームセンター』も、何もかも。

 


 幸い、背後のギルドハウスだけは無事だったようだが。

 


 


 こいつだけは、何としても倒さなければならない。

 


 ジョブは魔王だが、付呪士時代の付呪は経験値がある程度溜まったおかげで初級程度ならまだ使える。

 


 


 


「エンチャントファイア、オーバーロード!」

 


 俺の体をイージスのスーツが包み、その隙間のラインがエンチャントによって赤く発行する。

 


 なんかゲーミングPCみたいだな。

 


 名付けるなら、ゲーミングデバッグ形態といったところか。

 


 


 さあ、反撃開始だ。

 


「くらえ! 闇火パンチ!」

 


 俺は地面を蹴りあげ、その勢いのまま殴りつける。

 


 ぬお、思ったより硬いなこいつ。

 


 


 今までの敵から鑑みてエンチャントの量をケチり過ぎたか。

 


 


 俺は地面へと垂直落下していくが、地面に激突する必要はないし、その予定もない。

 


 炎の逆噴射により浮力、推進力を手に入れ、イージスを広げ揚力を手にする。

 


 


「デバッグおにいさん、がんばれー」

 


 その際にたまたま近くにいたサキュ美の声援を貰う。

 


 ありがとうな。

 


 それにしても、ダンジョンから出た途端以前の弱いサキュ美に戻ってしまうとはな…。

 


 


 俺の身体は再び空へと舞い上がる。

 


 


 


 


「もう一度だ! おりゃあああい!」

 


 もう一度拳をお見舞いしてやる。

 


 今度はさらにエンチャントを積んだ。

 


 この出力ならば、きっと届くはずだ。

 


 


「くっ、邪魔だ!」

 


 それは鉄骨を切り離し、俺に落としてくる。

 


 かなり大きいし、当たってはひとたまりもないので、一度距離を取る。

 


 


 鉄骨は地面に接触すると、地面に溶けて消えていく。

 


 


「あれをなんとかしなければな…」

 


 エル子の攻撃では効かないようだったので、近接攻撃でなければならない。

 


 しかし、宙に浮いているため、空を駆ける必要がある。

 


 だが、俺の炎の噴射力ではまだ練習が足りず、サキュ子でも羽の面積を考えると被弾は避けられないだろう。

 


 どうしたものか…。

 


 


「デバッグおにいさん、わたしにいい考えがあります」

 


「どうしたアリ子よ」

 


 アリ子は何かを閃いたようだ。

 


 


「わたしのシキナキならきっと…!」

 


 いやいや、それは無茶だ。

 


 シキナキは竜は竜でも脚竜なのだ。

 


 空は飛べない。

 


「シキナキか。どうやって飛ぶんだ?」

 


「そりゃ鉄骨を飛び移ってこうやって…ね?」

 


 なるほど、映画とかでよく見るやつだ。

 


 無茶だが、やってみる価値はあるだろう。

 


 


「面白そうだな。やってみるか!」

 


「はい! デバッグおにいさんも乗ってください!」

 


 アリ子はシキナキに跨りながら尻をぺんぺんと叩く。

 


「グ、グワワワ〜!?」

 


「だいじょうぶ! わたしが信じられないんですか?」

 


 アリ子の案を全力で拒否するシキナキ。

 


 


 だがもう鉄骨は降り出した。

 


「頼むぞ、相棒!」

 


 俺は便乗してシキナキに乗る。

 


「グワワ〜!?!?」

 


 シキナキはやけくそになり、空を駆ける。

 


 


 鉄骨、鉄骨から鉄骨へと飛び移っていく。

 


 やればできるじゃないか!

 


 


 だが、鉄骨の量が多すぎる。

 


 足場が多いのは嬉しいことだが、直撃するぞ。

 


「シキナキ、そっちはダメ!」

 


 アリ子は急ブレーキをかける。

 


 だが、シキナキは道を誤ってしまった。

 


 


「精霊憑依。サキュ子さん、そこ!」

 


「言われなくても!」

 


 エル子の指示でサキュ子が飛ばす魔弾が鉄骨を弾く。

 


「ナイスフォローだ二人とも!」

 


「助かりました〜!」

 


 俺とアリ子は手を振る。

 


 


 さあ、倒すぞ!

 


 目標に接近。

 


 接触する。

 


 


「やー!」

 


「闇火パンチ!」

 


 


 アリ子の斬撃のタイミングに合わせ、最強の一撃を入れる。

 


 決まった。

 


 


 金属は制止すると、次々に金属片を地面へと落とし、最終的に赤いコアのようなものも白くなり地面へと埋まっていった。

 


 


「いぇい!」

 


 俺とアリ子はハイタッチを決め、倒した余韻に浸る。

 


「ふぅ…間一髪でございますね。今のは一体」

 


「さあ。あたしはなんとも」

 


「アタシもおねえちゃんに同じ」

 


 エル子、サキュ姉妹も分からないようだ。

 


 


 情報なし、正体不明。

 


 一体何だったのだろう。

 


 魔王パイセンによる別れの会のセレモニーにしては不気味過ぎるし、趣味が悪すぎるぞ。

 


 早くあの男は来ないのか。

 


 


 突如、またもかーんと鐘のような音が響く。

 


 またか。

 


 またあいつがくるのか。

 


 


 俺は空を見上げる。

 


 だが、それは空から来なかった。

 


 


 地面から生えてきたのだ。

 


 それも一体ではない。

 


 


 先ほど降ってきた鉄骨の数だけ次々に地面から金属は生えてくる。

 


 そうか、あの鉄骨はただの攻撃ではなく、『種』だったのか。

 


 金属は徐々に宙へと浮かんでいく。

 


 


 少しもせず、無数の金属は空を多い尽くさんとしていた。

 


 


 このままでは先ほどの高度まで逃げられ、倒すのにひと苦労するぞ。

 


 ここで俺のとるべき行動はなんだ。

 


 


 最適解を導き出すのだ。

 


 だが、こいつは一人であの強さだったのだ。

 


 


 流石にこの数は…

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