第37話 情熱をなくさないで

 何もかもか破壊されてしまった。

 


 俺の作り上げた一大都市、Dおにの街はもうない。

 


 だが、まだこのギルドハウスはここにある。

 


「俺たちの帰ってくる場所はまだある。真魔王を倒して、絶対に帰ってくるぞ」

 


 俺は大きな机に並べられたアリ子とサキュ子の料理を頬張る。

 


 


 アリ子、サキュ子、サキュ美、エル子は思い思いの言葉を並べながら、ここに戻ってくるのだ、と誓う。

 


 これを食べ終えたら、魔王城へと殴り込みだ。

 


 


 最後の大仕事と行こうじゃないか。

 


 


「そういえば魔王パイセンは一緒に食べないのね。せっかくあたしが作ったのに」

 


 サキュ子はやや不機嫌そうだった。

 


 


「あいつらにもあいつらの考えがあるんだろ。そっとしておいてやれ」

 


 魔王パイセンとその部下二人は別室にて休んでいる。

 


 


 きっと今さら俺たちと同じ屋根の下で暮らすのは抵抗があるのだ、これはその僅かな証だろう。

 


 


 しかしあの機械生命体が天使とはな。

 


 天使と呼ばれた機械は、魔王パイセン曰く隠しダンジョンの討伐非推奨モンスターらしい。

 


 


 耐久力と破壊力に優れ、増殖を繰り返すので隠しダンジョンはあの機械から逃げるようにして攻略するのが正攻法らしい。

 


 次にあった時は倒せるかどうか。

 


 


 みな肩に力が入ったまま、食事を摂る。

 


 くそ、これじゃ味が分からないな。

 


 


「うおっ」

 


 突如肩に柔らかい感触が広がる。

 


 


「張り詰めすぎですよ、リラックスリラックス」

 


 その感触の正体は、アリ子の指だった。

 


 アリ子の手は小さい。

 


 小さい。ただ小さかった。

 


 


 これほど小さくか細い腕で剣を振るってきたのか。

 


 この世界のNPCはNPCといえど、見て、聞いて、感じて、考える。

 


 ゲームの世界ではステータスが大きく反映されるとはいえ、体格も影響する。

 


 


 この華奢な体躯でも、アリ子は常に後ろを振り向かずに戦い続けてきた。

 


 ただ純粋に、冒険に、手に焦る戦いに楽しさを見出しているからだろうか。

 


 


 だからこのような状態でも、アリ子はどこか心の奥底では昂っているかのような目をしている。

 


 まったく、底なしにすごいやつだ。

 


 俺も負けてられないな。

 


 


 アリ子は俺の肩を揉む。

 


「お前はすごいやつだよ。すごすぎて凄いくらいだ。凄くて凄まじい。頑張ろうな」

 


 俺は首を後ろに倒してアリ子に語る。

 


「なんですかそれ。ま、わたしはわたしにできることをやるだけですよ」

 


 


 アリ子は肩を揉む力を強める。

 


 


 俺たちは他愛のない話をする。

 


 それにつられてみな肩の力が抜けていく。

 


 


 ああ、いい仲間を持ったな。

 


 


 さて、そろそろ支度をするか。

 


 そう思っていた時だった。

 


 


 突如物凄い爆音とともに突風がギルドハウスに吹き荒れる。

 


「な、なんだ!?」

 


 


 


 ガラス片が部屋へと飛び散る。

 


「イージス!」

 


 


 ガラス片は止めたが、この散らかりよう。

 


 一体何事かと俺たちはいっせいに外に飛び出す。

 


 


「そんな…」

 


 都市が燃えている。

 


 都市の上空には、機械仕掛けの天使が君臨している。

 


 


「あっちの方角はわたしの実家が…!」

 


 アリ子はただならぬ表情をして心配そうに見つめる。

 


「…乗り込むぞ!」

 


 俺たちは都市へと向かった。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


「心は穏やかに…」

 


「…心に情熱を」

 


 


 街につくと、ロングソードを抜刀した黒髪長身の男女二人が天使の放つ熱線を前に立ち尽くしていた。

 


 


「お前たち、危ないぞ!」

 


 俺は咄嗟に声をかける。

 


 


 だが、熱線は分散し威力を弱めて男女二人を倒すには至らなかった。

 


 


 見ると、なんとロングソードだけで熱線を凌いだようだった。

 


 さらに、熱線は裂けていき、ついには天使のコアを裂いた。

 


 


「兄さん、姉さん!」

 


 その二人を兄さん姉さんと呼び、シキナキから降りたアリ子は近寄っていく。

 


 まさかな。

 


 


 その二人はバンドやってそうだし、読モ系だし、俳優業営んでそうなオーラが出てる。

 


 ちんちくりんな印象しか与えないアリ子とは似ても似つかないのだ。

 


 


「ああ…アリス」

 


 黒髪ミディアムボブの女性は駆け寄るアリ子の腕を掴むと、アリ子の身体を半回転させて背後から抱きしめ、アリ子の頭部に頭を乗せる。

 


「俺の妹が無事でよかった…そちらの方は?」

 


 男の方は俺に視線を向ける。

 


 ここは自己紹介すべきだろう。

 


 


「俺は人呼んでデバッグおにいさん。アリ子と同じギルドに所属している。よろしくな」

 


「私は剣聖アレクシア、こっちが」

 


「剣聖アルブレヒトだ。よろしくな」

 


 


 都市が崩壊し始めた異常事態の中、俺たちは握手をする。

 


 ていうかアリ子の兄姉、剣聖なのかよ!

 


 だが、今はそこに突っ込んでいる場合ではない。

 


「あまり時間がない、状況を報告してくれ」

 


 そう言うと、彼らは答える。

 


「ああ。ここから先は区画が別れている、我々の部隊は───」

 


 


 話を聞いて分かったことは、アリ子の兄姉は剣聖であること。

 


 二人は現在騎士団を率いて街の防衛にあたっていること。

 


 宮殿区画での防衛任務にてこの場から離れられないこと。

 


 実家の村を守って欲しいとのこと。

 


 


 なるほど、よく分かった。

 


「丁度心配してたんだ。俺たちは村へと向かうか」

 


「ありがとうございます!」

 


 アリ子は嬉しそうにしている。

 


 


「では俺たちは。アリス、母さんを頼むぞ」

 


「はい!」

 


 そう答えるが、姉のアレクシアはエル子に視線を移す。

 


 


「宵闇の弩がいるならば、安心ね」

 


「いえいえ、買い被りすぎですわ…アレちゃん」

 


 エル子が今まで見たこともないような笑顔で笑っている。

 


 


 察するに、アリ子の姉とエル子は知り合いだったようだな。

 


 あだ名で呼ばれているし。

 


 


「そうでもないわ。エリがいなければあの時はきっと、都市は陥落していたのですから」

 


「その話はやめようと言ったはずですよ。ただ、妹さんのアリスはわたくしがお守りします」

 


 エル子とアリ子姉は一瞬ただならぬ雰囲気になっていたが、それも束の間、互いににこりと笑顔になる。

 


 


「そう、アリスは頼むわね」

 


「えっ…ちょっ、あっ!?」

 


 アリ子姉は大切そうに抱き抱えていた妹をエル子に投げ飛ばす。

 


 


 ただ頼むと言い残し、アリ子兄姉はその場をあとにするのだった。

 


 


 なんか、アリ子とは違って独特な雰囲気のある兄姉だったな。

 


 


 突如、またもどこからか爆音が響く。

 


「ぬわっ!?」

 


 崩れた姿勢を立て直すと、辺りを見渡す。

 


 


「どこから…」

 


 サキュ美たちも辺りを見渡している。

 


 


 時間をかけていては村が危ない。

 


「ここらへんはあの二人に任せて、とりあえず行くぞ!」

 


 俺たちも村を任されているのだ。

 


 


 行こう。

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