第14話 おいでよ! Dおにの街

「ハウジングをするよ!」

 


 俺は高らかに叫ぶ。

 


「う、うるさい…」

 


 うるさいとはなんだ、アリ子よ。

 


 


「そろそろ宿暮らしを卒業したいと思っていたんだよ。アリ子もそう思うだろ?」

 


「そりゃまあそうですけど、声が大きいんですよ。カフェの皆さんわたし達を見てるじゃないですか」

 


 どうやらアリ子は視線を気にしているらしい。

 


 


「いいわね、ハウジング。中にプールもつけたいわね」

 


「流石です、おねえちゃん」

 


 サキュバス姉妹の言う通りに部屋を作っていくと、とんでもなくカラフルな物件になってしまうのでほどほどに制御しなければ。

 


 


「あらあら、お金周りならわたくしにおまかせを。仲介料一割いただければ、三割は最低でも安くできるかと…」

 


「エル子お前…」

 


 お金にがめついエルフだな、ホント。

 


 まあ実際、精霊憑依とかいう能力で本当に最適解を導き出して安くしてしまったり、無料で物を手に入れたりしてしまうやつなので、頼りにはできるんだが…できるんだがなぁ。

 


 こいつが行商人とかやってたら、今頃街の経済はとんでもないことになってただろう。

 


 


「とりあえずそれなりに金はあるし、役所に行ってギルド申請。ギルドハウス扱いでハウジングをしようと思う」

 


 まあ、これが妥当だろう。

 


「あの、ハウジングは分かるんですけど、なぜギルドハウスなんですか? 普通に一軒家とかじゃだめなんですか?」

 


「いい質問ですね〜」

 


 いいぞ、その質問を待っていた。

 


「なぜ某経済ジャーナリスト風なんですか…」

 


「その質問に答えよう。グリッチはいつか対策されるからだ。だからグリッチでまとまった金が出来たらビジネスを始めて安定した収入を得る。もっとも、今回はビジネスってより家が本来の目的だけどな」

 


「な、なるほど…」

 


 なるほどよくわからんって顔してるね君。

 


「とりあえずジャンプしますか?」

 


 ああ、とりあえずジャンプだ。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「というわけでンつくしくやって来ました、役所です!」

「はあ…」

 


 変な口癖移ってるぞアリ子よ。

 


 それはそれ、初めての役人との顔合わせだ、礼儀正しく行こう。

 


「いい感じの土地ありますか!?」

 


 俺はジャラジャラと金貨袋から金貨を取り出す。

 


「えぇ!? あ、ちょ、ちょっと待ってください。その額ですと、一等地買えますよ」

 


 そういうと、役人さんは最高額の土地を指差す。

 


「どう思う、エル子」

 


「そうですわね…わたくしの計算では、この一等地は少し面積が少ないかと。デバッグおにいさんの算段であるビジネス拠点を視野に入れ、客層を考えるならば、この土地が最もパフォーマンスがよろしいかと」

 


 そう言ってエル子は街道の整備されていない領地の外れの広大な土地を指す。

 


「そこは売れ残ってますがしかし…」

 


 役人さんはもごもごと口篭る。

 


「何かあるのか」

 


「はい、ここら一体は街道が整備されてませんので…確かに手頃な土地ではありますが、まず整備しなくてはならず、それに何か…異臭がすると。政府もこの手付かずの巨大区画まで手を回せるようになるのはいつ頃になるか…」

 


「なるほど、じゃあここにするか」

 


 俺はうんうんと頷く。

 


 


「しかしですね、一等地を…」

 


 くどいわ役人よ。

 


「俺はこの安い土地にする!」

 


 俺は金貨を役人に握らせる。

 


 信じてみようじゃないか、エル子とその精霊をな。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「あ、辺り一面の…」

 


「草、ですね…」

 


 サキュ子姉妹の言う通りの荒野ぶりだな。

 


 俺は買った土地を見渡す。

 


 


 草木は枯れ果て、閑散とし、どこまでも見渡せる開けた何も無い土地。

 


 だが、希望はある。

 


「エル子、この土地を買わせたんだ、秘策があるんだろ?」

 


「そうですわね、もっとここほれワンと精霊がわたくしに囁いてますわ…」

 


 そう言うとエル子は前方の地面を指差す。

 


 


 ほう、ここか。

 


「サキュ子、頼めるか」

 


「了解」

 


 サキュ子は指定された場所に魔弾を撃ち込む。

 


「何も起きませんね」

 


「特に変化なし…?」

 


 しばらくしても何も無かったので、アリ子とサキュ美は面白くなさそうにしている。

 


「いいえ、来ます」

 


 それが来たのは、エル子の発言と僅差だった。

 


 


「み、水です!」

 


 アリ子はそういうが、これは水ではない。

 


「あ、あついですおねえちゃん…!」

 


 着弾地点に近づいていたサキュ美は慌てて水源から離れる。

 


 それもそのはず。地面から吹き出すは、大量の『湯』なのだから。

 


 金の匂いがぷんぷんするぜ。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「木材を持ってこう! ふんす!」

 


 俺は建築資材を次々と積み上げていく。

 


 土台を作り、骨組みを組み上げ、壁、天井の順でプレハブを生成していく。

 


 


「すごいですデバッグおにいさん! その技はどんなグリッチなんですか?」

 


 アリ子が目を輝かせて聞いてくる。

 


「残念ながらグリッチではない。これは人力だ」

 


「そんなこと言わずにタネ明かしてくださいよ〜」

 


 残念ながら、本当にグリッチではないんだよな。

 


「俺は昔から建築ゲームが好きでな。得意分野とも言える。そういうことだよ」

 


 それにゲーム世界ならスキルがある程度補正を行ってくれるので、これといった労力も必要なく、壁を配置しようと思えば壁が出てくるのだ。

 


 もっとも、クラフト可能なエリアのみだが。

 


 


「これはまた、とんでもない特技ですね…」

 


「VRの建築には慣れてないから、これでも遅い方なんだがな」

 


「またまたご冗談を…」

 


 健康ランドを一件建てたくらいでそんなに驚くことなのだろうか。

 


 さあ、金儲けの準備は出来た。

 


 あとは住む家だな。

 


 いっそのこと街でも作ってしまうか、なんてな。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 やばい、張り切りすぎてしまった。

 


 気がついたら、何も無かったはずのどこまでも広大な土地が、巨大なゴーストタウンとなり、夕暮れに照らされていた。

 


「これはもうハウジングというより、街づくりですわね…」

 


 エル子はそう呟いている。

 


 が、握りこぶしに力が込められている。

 


 わかる、わかるぞエル子よ。

 


 この先どうなるか分からない、規模が大きくなるばかりのビジネスに対する不安と、それに比例する胸の高鳴り。

 


 


 この事業、成功させてみせる。

 


 偉大なる───ランド計画をな。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「───報告は以上です」

 


「情報提供ありがとうございます。それにしてもアジトとは…やはりデバッグおにいさん、侮れない」

 


 目が覚めて、魔王の椅子についてすぐにその報告はやってきた。

 


「そうですね…では私はこれで」

 


 そう言ってピンク色のスライムはその場を後にする。

 


 さて、魔王特権、もといコンソールコマンドにてデバッグおにいさんでも監視をしてみるとするか。

 


「コンソールコマンド、セットカメラアクティブ」

 


 目の前に映像が現れる。

 


「ほうほう…これは!」

 


 その光景は、驚きの一言に尽きた。

 


 舗装された路面、来るものを拒むような鋭い峠道、そして麓から立ち込める圧倒的な熱量。

 


 私には分かる。

 


 


 


 間違いない、ここは───

 


「峠が、私を呼んでいるようですね」

 


 私は仕事人間だ。

 


 それは魔王になっても変わらない。

 


 だが、それでも趣味はあった。

 


 


 釣り、キャンプ、温泉巡り、そして…

 


「…ツーリング。コンソールコマンド! バイク!」

 


 


 私はグリップを握る。

 


 ギアを一速、エンジンが唸りをあげる。

 


 


 程よく回転数が高まったら、今度はクラッチを繋ぐ。

 


 手から、足から心地の良い爆発の感触が伝わる。

 


 


「ここまでの再現度とは。かつて淘汰されたハーフリングの遺物、モンスターバイク『スフィアナイト』。乗りこなしてみせますとも」

 


 最高時速400。

 


 こんな代物、現実では乗りこなせはしないだろう。

 


 だがここでは違う。

 


 魔王となったこの肉体でどこまで行けるのか。

 


 バイカー魂が、燃える。

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