第13話 急展開! 果たしてエル子は兄と弟を救えるのか!?

「どわぁぁぁあ何故だ〜!!!!」

 


 そう言い残し、鍵と瓶をドロップしながら今度こそ馬は消えた。

 


「なんだ〜? この鍵は」

 


「何か挟まってますよ…メモですね、どれどれ…」

 


 "これは魔王城の鍵です。金なら一つ、銀なら七つ集めると開けれるよ。 職場の人気者、魔王パイセンより"

 


「銀なら七つって、お菓子のキャンペーンかなんかですか…」

 


 アリ子の呆れたような表情も、何か見慣れたな。

 


「ふぅ。気持ち良い…じゃなかった。強力な相手だったわ。触手」

 


 その時、ふらふらとサキュ子が現れる。

 


「おねえちゃん、戻りましたか」

 


「ええ、大変な戦いだったわ…」

 


「まったく、お前たちは何やってたんだか」

 


 俺たちは何かおかしくなって、笑いあった。

 


「あ、そうです! この瓶! 中身空じゃないですか!」

 


 あ、と一同の声が揃う。

 


「国宝級のエリクサーをあのユニコーンは使ったのね…」

 


 サキュ子の表情は険しくなる。

 


「そんな…すみませんエル子さん。取り返せなくて…」

 


 辺りはずんと暗くなる。

 


「いえいえ、大丈夫ですわ。アレはフェイクですよ。商談に国宝級のものをぽんと見せるわけないじゃないですか」

 


 そういうと、背中の収納からエリクサーを取り出して見せた。

 


「ああ! それエリクサー! では、何故あれほどユニコーンはピンピンしてたのでしょう…」

 


 アリ子が問う。

 


「いえ、彼はずっとズタボロでしたよ。飲んだのもただのポーションですから、気休め程度でしょう」

 


 それにエル子が答える。

 


「うーん、分かりませんねえ。どうやってあんな元気に動き回っていたのか」

 


「きっと『ンつくしい』何かがあったのでしょうね」

 


 アリ子は釈然としない様子で、エル子を見つめる。

 


「そんなものなんですかね」

 


「そんなものですよ。確率だとか、計算だとか、そういうものは、いつだって可能性の前では驚くほど冗談みたいに覆されるものですから」

 


「うーん、腑に落ちたような落ちないような…可能性の|獣(ぼそっ)」

 


 完全に置いてきぼりだな、俺。

 


 会話が一段落したところで、エル子が俺を見る。

 


「それで、デバッグおにいさん。このエリクサーを増やしてはいただけませんか…」

 


 特に断る理由もないし、手伝ってやるか。

 


「はい、こうしてっと。受け取ってくれ」

 


 俺は馬を被り、口からエリクサーを取り出す。

 


「ありがとうございます。これでエリクサー割りの酒が窘める…」

 


 その一言に、サキュ美が反応する。

 


「エル子さん、エリクサー割りって…ご兄弟は大丈夫なのですか?」

 


「ああ…そういえばそんな設定が…あ、そういえばわたくしの肝臓のことを兄弟と呼んでいるのです。そろそろ肝臓が酒を欲していたので…」

 


 一同、エル子の方を向く。

 


「もしかしてあんた、エリクサー割りを1度飲んでみたいから適当言って近寄ってきた、なんてことないわよね」

 サキュ子が噛み付く。

 


「いえいえ、まさか」

 


「エル子、お前…」

 


「わたくしは嘘偽りなくお話したまでですが…」

 


 ペテン師だ。

 


 こいつはペテンの素質しかない。

 


「まさかそんな理由でわたしたち、あれほど命がけで戦ってたんですか…」

 


「わたくしは止めようとも思ったのですが、アリ子さん、貴方が飛び出して行ってしまうばかりに…」

 


「ははあ」

 アリ子、今日イチの呆れ顔を披露する。

 


「クズです。酒クズです。酒くさいです。近寄らないでください」

 


「あらあらまあまあ。お可愛いこと」

 


 サキュ美の割と本気な毒舌を、あらあらと受け流す。

 


 多分サキュ美のコメントは本心な気がするぞ。

 


 


「まあ何はともあれ、街に戻るか。衛兵にも話があるからな」

 


「それに関してはわたくしからもフォローを入れましょう。被害者はわたくしですが、エリクサーの恩義もありますので」

 


 おお、助かるな。

 


 こうして俺たちは、談話しながら街に戻った。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「そうですか。事情は聞きません。もうどこへでと行ってしまいなさい。もう貴方は四天王ではないのですから」

 


 ユニコーンである大久保から手渡された退職届を握り、彼の真摯な態度に応える。

 


「…ありがとうございます。魔王パイセン」

 


 深々と頭を下げる彼に、この世界で何を見てきたのかと思いを巡らせる。

 


 


「いやはや、頑固者と言いますか、貴方は自分の矜恃をそう曲げる人物ではありませんでしたね。教えていただけますか、貴方が何を見て、何を感じたのかを」

 


「ンつくしい、ものです」

 


「そうですか」

 


「この世界を見て、聞いて、感じて。ンつくしいと感じました。それは景観がンつくしいからとか、そんな単純な理由じゃない。みなそれぞれが、NPCであろうとンつくしくあろうと精一杯今を生きている。そんなこの世界の有り様が、ンつくしい。俺様からもひとつよろしいでしょう…。この世界は、どうですか」

 


 そんなもの、決まっている。

 


「ええ、ンつくしい。ですよ」

 


「ふふ。貴方もまたンつくしい。では俺様はこれで失礼します。ンつくしいものを見尽くしたら、いつかきっと戻ってきます。その時はまたよろしくお願いします」

 


「ええ、行ってらっしゃい。大久保」

 


 


 ユニコーン大久保は転移陣を起動する。

 


 さあ、行ってきなさい。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「あいつ、どこへ行っちまったんだい…」

 


 少女は涙を落としている。

 


 その涙は湖へと還り、ンつくしい波紋になる。

 


「ンつくしい人、顔を上げて。君に涙は似合わない」

 


 少女は振り向く。

 


 その無垢な様に、俺様は少し心を揺らがせる。

 


 そう、その笑顔だ。

 


 これほどまでにこのゲームの世界が俺様の心を動かすとは。

 


 


 ああ、今日も世界は───

 


 


 


 


 


          ───ンつくしい。

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