第12話 俺の名は〜それが見えたら終わり〜

 わたくしは隠し球である小型クロスボウの糸を引く。

 


 矢はユニコーンへと飛び、致命的な一撃を───

 


     ───与えなかった。

 


「はぁ…はぁ…間一髪でした…」

 


「なるほど、ここの周囲の精霊は幻獣を見たことが無かったようですね…精霊憑依に頼りすぎるのも考えものですわね」

 


 幻獣の種族特性、縮地。

 


 存在自体があやふやな幻獣は、ごく短距離であれば主に自分の存在の位置をずらすことができる。

 


 幻想の域に近づけば近づくほど縮地の精度はあがるというが、この咄嗟で出せるとは。

 


「ではわたくしから続けていきますわ」

 


 周囲の矢を操作する。

 


 それらを森に隠し、攻撃をいつでも放てる状態でスタンバイする。

 


「く、これでは身動きが…ンつくしい砦の住民たちよ! ここは俺様に任せてお逃げなさい!」

 


 ユニコーンが声をかける。

 


「でも! あんたは!」

 


 1人の盗賊が、叫びます。

 


「再び生きて会うために、お願いします」

 


 ユニコーンの深々としたお辞儀のような動作に、盗賊たちはしばらく立ち尽くした後、撤退する。

 


「あんた、死ぬんじゃないよ!」

 


「無論その気はありませんので…」

 


 ユニコーンの自由を奪ったところで、わたくしは空気中に張り巡らせた魔力糸を左手に収束。

 


 そのまま前に突き出し、物理糸も合わせて動かす。

 


「精霊憑依」

 


 ユニコーンは動けないのだ。

 


 ただ一撃あればいい。

 


 拘束以外の糸全てを操作し、精度度外視の威力が最大になる糸の位置を算出する。

 


 左に2.5、右に0.014。

 


 準備が終わると、眼前には魔力糸で編み込まれた巨大な魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 


「これなるはただの弓。では、矢を番えて見せましょう」

 


「もはやこれまでか…」

 


 それでは放とう。

 


 極大火力の奥義を。

 


 


 右手の糸を絞り、背後へと引く。

 


 力を込める度、きりきりと糸が悲鳴をあげる。

 


 糸の限界まで0.003。

 


 0.002。

 


 


 0.001…

 


 今、ここに放たん。

 


「縮地!」

 


 そうユニコーンが叫ぶ。

 


 大丈夫だ、それも折り込み済みである。

 


 先程の移動量から予測し、どこに縮地しようが100%命中する算段なのだ。

 


 この勝負、わたくしの勝ちだ。

 


「きゃあっ!?」

 


 しかし、縮地は予想外の効果を発動する。

 


 なんと、幻獣は一切動かず、目の前に突然アリ子が現れたのだ。

 


「───!」

 


 手が滑り、思わず糸を切ってしまう。

 


 彼女だけはダメなのだ。

 


 


 彼女はわたくしの───に…

 


「今だ! この瞬間に俺様の全てを!」

 


 縮地の連続使用により、一瞬にして距離を詰めてくる。

 


 しかし、縮地の使い過ぎにより存在が揺らぐ。

 


 


 


「しまっ…!」

 


 わたくしは咄嗟に右手の物理糸を手繰り寄せ、防御幕を展開する。

 


「うおおおおおお!」

 


「くっ!…はああああ!」

 


 右手に凄まじい衝撃が響く。

 


 重い、とにかく重い。

 


 


 耐えれるのか、この一撃を。

 


 精霊憑依起動、この結末を予測せよ。

 


 導き出された結論、それは───

 


 


「わたくしの、完全敗北…!」

 


 


 完膚無きまでに叩きのめされ、腹を貫かれたわたくしの未来の姿だった。

 


 直撃まであと

 


 3

 


 


 


 2

 


 


 


 1

 


 


 


 


 


「火パンチ!」

 


 それは、理不尽だった。

 


 全てを覆す、理不尽なまでの力。

 


 一撃で全てを消しさらんとする、無慈悲で、慈悲のこもった一撃。

 


「ぐおおおおおおおおお!」

 


 突如現れた男の炎を纏った拳の一撃に、ユニコーンは顔を歪める。

 


 


「おりゃああああい!」

 


 


 瞬間、ユニコーンが消し飛ぶ。

 


 その破壊力は留まることを知らず、砦を壊し、大地を裂き、曇り空すらかき消した。

 


 ああ、戦う意味は…ここにあった。

 


 


「にんじんみたいな角だったな、あいつ」

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 一角獣の角か。

 


 にんじんみたいな見た目してたし、煮たら食べれるんだろうか。

 


「で、デバッグおにいさぁん!」

 


 アリ子が俺の胸板に抱きつく。

 


 ふ、相変わらず柔らかくて作り込みの素晴らしいボディだな。

 


 


「何してたんだお前たち。探してみればこんな辺境で」

 


「それはですね…まあ積もる話は街に戻ってからしましょう。それよりもサキュ子さんが!」

 


「あーあいつはいいよほっといて。どうせ自分から罠にかかったりしてるんだろ?」

 


「ご、ご明察です…」

 


「その通り。おねえちゃんは地下で触手に陵辱の限りを尽くされてますので…」

 


 まあ、アリ子やサキュ美の反応を見るまでもなく、大体予想はつくよな。

 


「それよりデバッグおにいさん、どうやってここに来れたんですか? 今は服役中では?」

 


「そんなのは知らん!」

 


「へ?」

 


「壁を抜けてきた!」

 


「はい?」

 


「助けてやったんだからいいだろ別に!」

 


「きっと街では騒ぎになってますよ! 急いで戻りましょう!」

 


「嫌だ!」

 


「なんで…」

 


「捕まりたくないから!」

 


「はぁ…」

 


 なんだその表情は。

 


 まるで俺が悪いみたいな顔しやがって…

 


 


「あのぅ…それよりも、デバッグおにいさん、と言いましたか…あれを」

 


 エルフの女、エル子が指を指す。

 


 そこには、バグにより燃え盛るように目を赤くし、黒々とした身体に変化したユニコーンがいた。

 


「黒いユニコーンか!」

 


「変形しそうな呼び方ですね!」

 


「角割れたりしそう…」

 


 眼前のユニコーンのオーラは先程のものとは違う。

 


「わたくしの計算によりますと、あれは言わば暴走状態。存在があやふやな状態で殴られたことにより通常の3倍の速さと強さになって…」

 


「オッケー、何となく分かったぜ」

 


 エル子、説明助かる。

 


「デバッグおにいさん、そゥですか。貴方ガ。ここで貴方を殺しテみせましょウ」

 


 なにやら地面をドコッドコッと蹴りつけ、クレーターを作って強さをアピールしているらしい。

 見てるこっちが恥ずかしいわ。

 


「話の邪魔するな馬鹿! あ、馬鹿じゃなくて馬か」

 俺は火パンチ、アッパーエディションを繰り出す。

 


「どわぁぁぁあ何故だ〜!!!!」

 


 そう言い残し、鍵と瓶をドロップしながら今度こそ馬は消えた。

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