第11話 エリン

 サキュ子さんがリタイアとすると、エル子さんはか弱いし、他に戦えそうなのは…

 


「サキュ美さん、戦えますか?」

 


「無理です」

 


 なるほどなるほど。

 


 姉のサキュ子さんがあの強さなので、戦えないというのはつまり力を制御するのが難しくて私達を巻き込んでしまう的なアレでしょう。

 


「大丈夫ですよ。わたし達はシキナキで退避しますから、思う存分コテンパンにしちゃってください」

 


「そういうことではないのです」

 


 なるほどなるほど。巻き込んでしまうわけではないのなら…ないのなら、なんだろう。

 


 サキュ美さんは続けて告げます。

 


「ワタシ、近所の犬といい勝負くらいの強さですよ…」

 


「えっ」

 


 唖然です。

 


 唖然としました。

 


 


 そういえばずっと戦わないなーとは思っていたけれど。

 


 サキュ美さんが戦えないはずないだろうと思っていたけれど。

 


 事実は小説よりも奇なり、とはまさにこの事なのでしょう。

 


「えいっ」

 


 そういうとサキュ美さんは、極小の礫をわたしにぶつけます。

 


「この可愛いもにょっとしたものはなんでしょうか」

 


「魔弾…おねえちゃんの使ってたのと同じやつ…」

 


 ははあ。なるほどね。

 


 


 


「お頭! 増援つれてきましたぜ!」

 


「よくやったよあんたたち! あのユニコーンを援護しな! 撃ち方始め!」

 


 わたしたちがわちゃわちゃしている隙に、山賊達は増援を連れて現れます。

 


「やや、あぶない…」

 


 目の前に矢が落ちます。

 


 これを見て命を危機を感じない者はいません。

 


 これは最終手段なのですが、わたしが戦う他ないでしょう。

 


「仕方ありません、ここはわたしが…」

 


「いえ、その必要はありませんわ」

 


 わたしが声に振り向くと同時に、わたしを横切ってエルフの彼女が続けます。

 


「はあ。本当は戦いからは遠ざかって生きたかったのですが。仕方ありませんね」

 


 すたすたと、開けた場所に彼女は歩いていくではありませんか。

 


 これではただの的です。

 


 


「ちょっとエル子さん!? そこはあぶないですよ」

 


「いいえ、わたくしは大丈夫ですから」

 


「大丈夫って、何を言って…」

 


 


 


「死に急ぎ野郎がいるみたいだねぇ! あいつからやっちまいな!」

 


「アイアイサァ!」

 


 やはりと言いますか、山賊たちはエル子さん目掛けて矢を放ちます。

 


「危ない!」

 


 大量の矢がエル子さんめがけて降り注ぎます。

 


 これではひとたまりもない、そう思った時です。

 


「───秘術・精霊憑依」

 


 なんと、雨の中の全ての水滴を避けるが如く、全ての矢を躱したのです。

 


 それをいとも簡単かのように。

 


「な」

 


 思わず口が開いてしまいます。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 精霊憑依。

 


 それは、エルフの種族固有の能力。

 


 エルフは生まれた時から大気中にいる波長の合う1〜2匹の精霊に耳を傾け、声を聴いて育つ。

 


 そして時にはその精霊に身体を貸し出し、行動させることができる。

 


 


 そのため、ほかの種族に比べて精霊の分賢い、手先が器用などと言われてきた。

 


 だが、何事にも例外は存在する。

 


 まず、生物は生まれもって自分以外にはなれはしない。

 


 だから、この生まれた時から聴こえる1億3000万の声を浴びせられても、それがエルフにとって当たり前なのだと、誰もが通る道なのだとわたくしはそう考えていた。

 


 わたくしの精霊の声が聞こえる範囲は約一キロ。

 


 耳を劈くような声音に耳をすまさない。

 


 そうすれば、気が狂ってしまうから。

 


 わたくしの波長が異常で、全ての精霊に耳を傾けなくても良いと知り、精霊の声を断とうと思ったのはつい最近のことだった。

 


 精霊は、この世の真理を読み解く。

 


 わたくしは生まれながらにして、1億3000万の精霊の狂気とも言える量の真理を解き明かし、この世界すら読み解いてしまったのだ。

 


 かつてのわたくしは狂気から逃れるために、影から森を守る暗部、暗月の徒に入り、ただ人を射た。

 


 暗月の徒は非力なエルフ族を守るため、この世界の裏側から悪を裁く暗殺集団。

 


 精霊は血の匂いを嫌う。

 


 なので戦いの間は声が逃げ、和らぐ。

 


 だからひたすらに的を射た。

 


 射続け、宵闇の弩と呼ばれ、畏れられ、蔑まれようと、射た。

 


 射って射って───

 


 ───射った先に、守るべきエルフの森はもう無かった。

 


 だけれど、清々しい気持ちになれた。

 


 暗躍は、わたくしの精神のためではなく、いつしか1億3000万の暴力を克服したわたくしは、エルフを守る使命感に突き動かされるようになっていたのだ。

 


 やっと肩の荷が降りた。

 


 精霊の声も戦いの中である程度ボリュームを制御する事ができるようになったし、もう引退時かもしれない。

 


 そう考えるようになった。

 


 こうして宵闇の弩は役目を終えたのだ。

 


 だからこうして弓を番えているのは、何のためだろうか、自分を問いたださなければならない。

 


 答えを出すのだ。

 


 意味を見出すのだ、この戦いに。

 


 


 


「あらあら、困りますわ…」

 


 矢に囲まれ、わたくしは立つ。

 


「ほう…ンつくしい人よ、貴方は何者ですか」

 


「わたくしはエルフ。ただのエルフにございますわ」

 


 1億3000万の囁きを聞き届け、最適解を精霊に行わせる技、精霊憑依・オリジナルエディション。

 


 精霊が告げる。

 


 このユニコーンを倒すなら今が好機と。

 


 


「な…あたいたちの矢を避けた!?」

 


「なに、怯むんじゃないよ! 次だ次!」

 


「あ、アイアイサァ!」

 


 盗賊共は弓を番えている。

 


「ああまったく、めんどうくさいですわね」

 


 仕方がない、左手の五本の指から伸びる五本の魔力糸に振動を与え、地面に刺さっている矢を操る。

 


「な、なんでえあれは! 矢が一人でに動いてらぁ!」

 


 流石に直線で飛ばしては威力が下がるため、糸から糸へ、反射させる。

 


 威力を重ねて───

 


「ぐはぁ」

 


「あべしっ」

 


 ───何十人か同時に穿つ。

 


「続けてもう一度…」

 


 わたくしは左手から糸を操作し、まずは盗賊に狙いを定める。

 


 


 


「そうはさせません!」

 


 ユニコーンの突進を、避けるまでもない。

 


「…はたして、届きますかね」

 


 左手は魔力の糸。

 


 そして右手は、物理の糸。

 


 わたくしは右手を全面に出し、物理糸で突進の勢いを相殺する。

 


「…くっ! 届きませんか」

 


「ええ、そしてチェックメイトですわ」

 


 わたくしは上着を脱ぎ捨て、全身を見せる。

 


 そして身体を見たユニコーンの目には、恐怖が映る。

 


「な、全身に小型クロスボウを仕込んでいたのですね…」

 


「精霊憑依───命中率、258%。では、幕引きとしましょうか」

 


 わたくしは隠し球である小型クロスボウの糸を引く。

 


 矢はユニコーンへと飛び、致命的な一撃を───

 


     ───与えなかった。

 


 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 エリン・ジャドヌォワ・ンベジ

 種族:エルフ

 ジョブ:|魔術斥候士(マギテックスカウト)

 LV.75

 HP:4700

 MP:590

 魔力:390

 力:640

 知力:1880

 防御力:535

 魅力:890

 素早さ:960

 運:1030

 


 特殊技能:連射、狙撃、魔力の糸、糸技、潜伏

 種族特性:精霊憑依(狂)”通常は生涯付き添う1匹の精霊から知恵、経験などを共有するエルフ固有特性。エリンは1億3000万の精霊の声を聴き、精霊に身体を貸すことができる”、精霊詠唱(精霊に魔法の詠唱を肩代わりさせる。魔力やMPは精霊を使役する術者に依存する)

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