第47話 夏合宿の夜

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 リビングから窓越しに煌く星空を眺める。ザワザワした心が暴れだし落ち着かなくなる。去年、外のデッキで彩衣とのやりとりを思い出した。


 ログハウスを出てデッキに腰を下ろすと、昨年の軌跡をなぞるようにポケットからスマホを取り出してラジオアプリを起動する。いつもの放送局にチャンネルを合わせてデッキに無造作に置く。腰を下ろしたまま上体だけ横になって、夜の大自然のBGMを背景にラジオを聴きながら無数の星空を眺めた。


 今日の出来事を整理していると心地よい風が流れ、葉のこすれる音やいつものラジオの音が心を安堵させる。ウトウトしかけたところで玄関の扉が開き1人の女性が出てきた。


「彩衣──」


 ゆっくりと僕の隣に腰を下ろす彩衣。上体を起こして彩衣を見つめる。ニコニコしている。

「ふふふ、またふとももをまさぐられないように早めに抜けてきたわ」

 クスクス笑う彩衣。昨年のことを思い出して頭を掻いて照れを隠す。


「今日はいろいろあったよ。不安も大きいけど彩衣や和奏がいる。僕たちは共に歩んでいきたい。そのために一つ一つ解決していかないとね」

 クスリと笑う彩衣。

「ひとつだけ言いに来たの。彩依のことありがとう。そして好きになってくれてありがとう」

 彩衣はログハウスの中へ消えて行った。


 彩依が好き? 自分でも良く分からない。「胸を張って好きと言えるのは彩衣と和奏だもんな」


「こんなところで何言ってるのよ。恥ずかしいじゃない」

 いつのまにか和奏が隣に座っていた。

「な……なんで僕の心の声が分かったんだよ、いつのまにか心を読むことをマスターしたのか」

 和奏に軽く肩を叩かれる。

「なにいってるのよ。途中から声に出てたわよ、彩衣と和奏が好きだって」

 恥ずかしくなって思わず立ち上ってしまう。……頭を掻くが特に立って何をするわけでもなくふたたびデッキに座った。

「彩衣のこと任せちゃってごめんな。僕もまだ戸惑っていてな」

 前腕を腿(もも)に置いて前屈みになる和奏。

「いいのよ。きっと良い方向に進んでるのは見てわかるから。彩衣の顔が物語っているわ。……でも、わたしだけ何も分からないのは少し癪だけど帰るまで我慢するわ」

 立ち上ってログハウスに戻る和奏。

「ありがとうな、和奏のおかげでここまでこれたと思うよ」

 和奏の方を向くと口から思わず言葉が出てきた。その言葉にゆっくりと首を振る和奏。


「なに言ってるの、椎弥が責任を感じることはないのよ。わたしたちは3人……いや、4人の運命共同体でしょ」

 そのまま中に入って行った。


 空を見上げる。言葉にしなくても和奏はうすうす感づいているんじゃないかという気持ちがあった。僕は大きく伸びをするとログハウスへ戻り夢の中へと旅立った。


 ○。○。

 ………………………………

「「ありがとう」」

 ○。○。


 いろいろな夢を見た。最後の言葉だけ印象深かったが目覚めと共に忘れてしまう。心の中には温かさだけが残っていた。



 * * *



 夏合宿2日目。

 

 良い匂いがする。料理の匂い、バタバタと響く足音、そして女の子の匂い……心の中を思い切り撞木しゅもく:鐘つき棒で叩かれたような焦燥感が駆け抜ける。


 目を空けるとうっすらと見えてくる夏美の姿。

「おはよう椎弥しいやん。起きるの遅いよー、朝ごはんも椎弥しいやん待ちだよ」

 飛び起きて座ったまま後ずさると人にぶつかった。振り向くと若葉がそこにいた。

「おにいちゃん、おはよう」

 上目遣いで目をウルウルさせる若葉。


 ビックリしてその場に固まってしまった。

「ビックリした?」

 和奏が近くによって上体を90度に傾け顔を突き出してニヤニヤしている。

 くやしかった僕はビックリさせようと和奏にキスしよう目論んだが、こんな状況でやる勇気は無かった。そんな思考を巡らせると頭が冴え、チラリと彩衣を見るとクスクスしていた。


「一体なにをしてるんだ」

「いつまでもおにいちゃんが寝てるからビックリさせようって夏美先輩が……こうするといいよって教えてくれたの」

 両手を組んで上目づかいにウルウルさせる若葉。

「若葉ちゃん、その……上目遣いはやめなさい」

 更に目頭を下げてウルウル感をアピールする若葉。突然笑い出した。

「プププ、ククク……」

 若葉につられるように一斉に笑いだす面々。彩衣となつみんはニコニコしている。


「はい、鏡を見なさい」

 和奏から鏡を受け取って自分の顔を見る……。自由奔放に書かれた落書きの数々。


 さらに笑いが大きくなる。クスクス笑う彩衣。

「大丈夫よ、水性だから」

 和奏に渡されたタオルを受け取ると洗面所に走った。



 そんななごやかな朝から始まった1日。思い返してみればなつみんが少しでも僕たちの気を紛らわせようと仕掛けた悪戯だったのかもしれない。


 2日目は昨年のリベンジでアスレチックに向かった。予想以上に運動神経が良かったのが彩恵。若葉やなつみんと一緒にぴょこぴょこ消化していく。逆に運動が苦手なのが和奏、僕が助けながら進んでいく。彩衣は涼島先生せんせいと共に留守番。


 後で聞いた話だが、彩恵は人見知りを治そうと始めた合気道で段位をとっているようだ。しかし一向に人見知りは治っていないらしい。


 楽しかった夏合宿も無事に終わり岐路についた。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 2B:花咲椎弥(はなさきしいや):主人公。

 2B:中村茜(なかむらあかね) ……美術部、謙介の彼女

  (2B担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……美術部顧問。学園ドラマ好き

 1A:原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う

 1A:春奈彩恵(はるなあえ)  ……若葉のクラスメート



 美術部

  3B:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が分かる。ニコニコしている。

  3B:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。

    =小鳥遊彩依(たかなしあえ)……彩衣の双子の妹


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……2年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……2年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……2年:和奏、美陽と共に特Sクラス

   西田心夏(にしだここな) ……3年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉

   西田謙介(にしだけんすけ)  2年:藍彩高校から転校した。茜の彼氏

その他

   高野亜紀(たかのあき)  ……3年:椎弥・和奏の幼馴染。彩衣の従妹

  


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