第46話 塞ぎたい心

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 ログハウスに戻ると食事の支度をしている和奏と彩衣がいた。色々な事を考えないようにひとつのフレーズを繰り返し頭の中に唱える。


『なつみんと話した内容、夏合宿後に必ず話すからそれまで秘密にして欲しい』


 ひとつのこと以外を考えないようにするのは本当に難しい。野球のセルフトレーニングとして取り入れているイメトレ、最初は雑念が入り込んで難しかった。いまはそれなりに集中できるようになったがそれでも色々な考えが頭をよぎってしまう。


 話しかけられても「夕飯が待ち遠しくて匂いを愉しんでいる」で逃げ、余計なことを頭に入れないようにする。そう考えるとなつみんの考え無しに行動をする演技はは物凄く効果的なのかもしれない。


 いやいや、いつのまにか違う事を考えてしまっている。


 色々な考えをかき消すように料理の良い香りがリビングの中に漂う。そんな時、彩衣が2階へ上った。ひとつのフレーズだけを伝えたくて後を追った。


「彩衣、ちょっと待ってくれ」

 扉の前で彩衣が立ち止まる。急いで駆け上がった僕が気になったのか若葉と茜が追いかけてきた。彩衣に軽く説明だけでもと思ったがそれは叶わなかった。

 振り向く彩衣。フレーズが届くように念じ続ける。僕の想いを受け取ってくれたのか彩衣はニコリと笑う。が、間をおいて顔色が悪くなると部屋の中に駆け込んだ。


「ちょっと椎弥くん、何を考えたのよ。彩衣先輩が部屋に逃げちゃたじゃない」

 ニヤニヤしながら肘で僕をつつく茜。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんは何を考えたのー、茜先輩は分かったのー」

 ワクワクしながら聞いている若葉。

「ごめん、ちょっと込み入ったことを考えてたんだ」

 茜と若葉の肩をポンポンと叩くと階段を下りて和奏の元に行った。


「和奏、彩衣の事を頼む。ちょっとなつみんと話したことを読んでもらったんだ。夏合宿が終わったら必ず話すから今日の所は彩衣のフォローをお願い」

 小声で和奏の耳元に囁いた。強いまなざしで見つめ返される。

「夕飯の配膳は頼んだわよ。椎弥のこと信じてるからね、ちゃんと説明してもらうからね」

 和奏はそう言い残すとエプロンを外して僕に預け、階段を駆け上がった。


「椎弥(しいやーん)、配膳手伝うよー」


 ぴょこぴょこと僕の近くまで来て配膳を手伝いながら僕の耳元で囁く。

「ごめんね、椎弥(しいやん)に話すのはあのタイミングがベストだったの。きっと大丈夫だからわたしを信じてね」

 そう言うと、お盆に料理を乗せてリビングテーブルに運んでいった。


 配膳が終わるころには彩衣と和奏がふたりでリビングに降りてきた。彩衣はニコニコしているが少し無理しているようにも感じる。しかし若葉や茜たちは微妙な変化に気付かない程度。


 食事中に夏美をチラチラ見る彩衣、夏美はいつもの調子で心を塞ぎ心を読まれないようにしている。今の僕は彩衣がどこまで心を読んで理解したのか不安だった。一番最悪なのが、僕となつみんの前半部分だけ読まれた場合。

 そんなことを考えていたら彩衣が僕の方を見てクスクス笑った。その笑顔で脱力するほどに安堵した。


 それにしても夕食がうまい。最初は不安から味が分からないかと思っていたら食べ始めたらどこ吹く風、次々に手を伸ばしてお皿を空にしていく。


「彩恵ちゃん、これが男の人の胃袋を掴むってことだよ。私たちも料理の勉強をしないとね」

「う……うん。若葉ちゃんは料理が上手なんでしょ。あれだけお姉さんがうまいんだもん」

「わたしはまだまだだよ。お兄ちゃんが好きな唐揚げは一生懸命勉強したけど」


 春奈彩恵と若葉の料理話が延々と続く。僕は彩恵という名が呼ばれるたびに、なつみんのことが頭をよぎり心がチクリと痛んでいた。


「おにいちゃんどうしたの、彩恵ちゃんの方をチラチラ見て……まっ、まさかおにいちゃん」

 若葉はビックリする仕草をとると僅かに彩恵が赤くなっているのが分かった。

「違うよ若葉。旧友の亜紀を思い出してね、彩衣に亜紀に彩恵って語呂がいいなぁ……なんて思っちゃって」

 頭を掻いて誤魔化す。

「いーい、おにいちゃん、おねえちゃんと別れたら先ずは私と付き合うんだからね。もし他の女性のほうにフラフラいったら私が絶対に奪うからね」

 拳を振り上げて気合を入れる若葉。

「ちょっと若葉は何を言っているのよ。大丈夫よわたしたちは、それよりも若葉はどうするのよ。わたしと椎弥が別れなかったら」


「そうね。その時はまた考えるわよ。まー、お兄ちゃんとの子供だけでも欲しいな~」

 遠い眼をする若葉。思わず吹き出してしまう。「まあまあ」「無邪気だから」「好きな人が出来たら考えが変わるって」と返すのが精いっぱいだった。

 


 * * *


 賑やかな食事が終わるとリビングで絵の発表会がおこなわれた。仲間たちの声がザワザワする心を落ち着かせる。そんな時間は恐ろしく早く過ぎ去る。残りは各部屋でおこなわれる雑談タイムに向けてそれぞれの部屋に散っていった。


 リビングにひとり残された僕の心に寂しさが生まれる。各部屋から聞こえる微かな黄色い声が小さくにつれ……広い部屋の空気が静かになる……寂しさばかりが募っていった。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 2B:花咲椎弥(はなさきしいや):主人公。

 2B:中村茜(なかむらあかね) ……美術部、謙介の彼女

  (2B担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……美術部顧問。学園ドラマ好き

 1A:原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う

 1A:春奈彩恵(はるなあえ)  ……若葉のクラスメート



 美術部

  3B:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が分かる。ニコニコしている。

  3B:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……2年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……2年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……2年:和奏、美陽と共に特Sクラス

   西田心夏(にしだここな) ……3年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉

   西田謙介(にしだけんすけ)  2年:藍彩高校から転校した。茜の彼氏

その他

   高野亜紀(たかのあき)  ……3年:椎弥・和奏の幼馴染。彩衣の従妹

   小鳥遊彩依(たかなしあえ)……3年:彩衣の双子の妹


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