第44話 なつみんの本音

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。


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「彩衣に心を読まれない為……」


 なつみんに手を引いかれて森の奥へと入って行く。

椎弥しいやん、去年、彩衣あいりんと一緒に絵を描いた場所があったでしょ。そこに案内してもらっていいかな」

 いつもの子供っぽい話し方ではなく、あの夜のような大人っぽい話し方が続く。この時のなつみんは笑顔がなく表情からは感情が読めない。

「分かった。なんで僕のことを連れだしたのか教えてもらえるんだよね」

 前に出て滝までの道を歩いていく。後ろを黙ってついてくるなつみん。


ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ


 ドコネを通じてメッセージが入る。相手は和奏。


[和奏] 夕飯の準備してるけど大丈夫? 私もそうだけど彩衣も心配そうにしているわよ。


 ドコネのメッセージを確認して返信を打とうとするとなつみんにスマホを取り上げられた。途中までで返信してしまったようだ。


[椎弥] 大丈夫。いまあr


「ダメよ。今は私だけをみなさい」

 スマホを僕に返すなつみん。受け取ると、そのままポケットにしまった。ポケットの中でスマホのバイブレーションを何回か感じていた。


 しばらく歩くと、水が流れ落ち水しぶきが弾ける音が聞こえる。そのまま更に音に向かって歩き続ける。


 小さな滝、高い木々に囲まれた森の中、木々の隙間を縫って陽の光が滝を照らしているとても美しく神秘的な場所。

 絵を描くのにちょうどいい場所に置かれている大きな石。この石に肩を並べて座る。


 滝壺に落下した水が連続した水しぶきの音を何重にも奏で、周りの静かな空気に溶け込むように森の空気を再構築する。

 僕となつみんは無言で白いキャンバスに風景を写し込む。滝から放たれたマイナスイオンが体中を包み描かれた絵に深みを与える。


 最初に口を開いたのはなつみんだった。


「最初はね、なんでこのメンバーにしたのか話すわね」

 無表情のまま話すなつみん。

「うん、部長として最後の仕事だから真面目にやるって……」

 なつみんの横顔を見ると少し悲しそうな顔をしていた。

「そうだね。3年目となると愛着も沸くしやっぱり寂しいかな。だから美術部が続くように考えたの」

 僕はなつみんの言葉を黙って聴いていた。

「食事がかりに彩衣あいりん和奏わかなんをあてがったのは美味しい食事を作って欲しかったから。食事が美味しいと旅行の楽しさが倍増するでしょ。だから少しでもみんなが楽しんで帰ってもらえると嬉しいなぁってね。彩衣あいりんは3年生だし、和奏わかなんは藍彩の美術部じゃないからね」

「確かに……。去年の石原先輩となつみんの夕食は今でも記憶に残ってるよ」

 クスクス笑うなつみん。素の顔で初めてみた笑顔かもしれない。ギャップからなのか思わず見とれてしまった。


「新入生のふたりに石原先輩さっきーをあてがったのは、絵の楽しさを教えて欲しかったから。石原先輩さっきーは心から美術部と絵が好きなのよ。それにその想いを伝えることに長けている。だから、若葉ちゃんと春奈ちゃんのことを見て欲しかったのよ」

「そう言われてみるとなつみんの言う通りだね。なつみんの僕に対する言動がチーム分けの良さを消しちゃってる気がするけど」

 頬杖をつくなつみん。いつのまにかニコニコしている。彩衣のような魅力に思わずドキドキしてしまった。


「じゃあ、このなつみんとのチーム分けは何かあるの?」

 なつみんは僕の鼻を人差し指でつつく。

「目を瞑ったら教えてあげるわ」

 僕は思い出していた。夜に呼び出された美術準備室の事を……目を瞑った時にキスをされたことを……

「…………」

「あの夜を思い出しているのね。ふふふ、警戒しちゃってるわね。でもいいわ。目を瞑らないと話が先に進まないけどいいのかしら」


 僕は意を決して静かに眼をつぶった。目の周りに深いしわが刻まれるほどに強く。

 なつみんが立ち上がる音、僕の前に立っている感覚。そのまま僕の腿(もも)に跨って座ると、首に手を回して抱きしめキスをした。


 唇の柔らかい感触、鼻に抜けるなつみんの匂い、膨らむ柔らかい胸、そして太もも。体全体が女の子の感触に包まれる。遮断されている視界のせいで視力以外の感覚が研ぎ澄まされているのか頭に向かって赤血球が滝登りする。


 ほんの数秒が長く長く感じる。跳ねのけたい気持ちがあったが、地面に突き飛ばして怪我をさせてしまうんじゃないかという心が肩を掴んでなつみを引き剥がすにとどめた。


 目をあけると上衣がはだけ隙間からブラが顔を覗かせている。僕はそれを見て目を背ける事しか出来なかった。


椎弥しいやん、つづきをするなら私はいいわよ」


「ごめん、僕はやっぱり彩衣と和奏が好きだ。ふたりを裏切れない。なつみんだってきっと何かを抱えているんだと思う、こんなことをする位だから……出来る事なら助けてあげたいしやれることは協力する。だからこういうことは止めて欲しい」

 

 クスクス笑うなつみん。


「ありがとう、私ね、今まで椎弥しいやんに手を出してきたのはね、あなたを好きになりたかったからなの」


 あまりにも突拍子もない理由に変な声を出してしまった。

「え、どういうこと?」

 隣に座るなつみん。

「言葉の通りよ、好きな人がいるのに誘惑に乗るような男は好きになれないわ。美術準備室のこと、ここでのこととね」


「一体どういうこと?」

 僕はなつみんの行動や話が全く理解できなかった。

「それを教えてあげるのにもう一つやって欲しいことがあるの」

「……」



「キスして欲しいの、椎弥(しいやん)から私にね」


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前作までの登場人物:

藍彩高校

 2B:花咲椎弥(はなさきしいや):主人公。

 2B:中村茜(なかむらあかね) ……美術部、謙介の彼女

  (2B担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……美術部顧問。学園ドラマ好き

 1A:原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う

 1A:春奈彩恵(はるなあえ)  ……若葉のクラスメート



 美術部

  3B:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が分かる。ニコニコしている。

  3B:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……2年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……2年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……2年:和奏、美陽と共に特Sクラス

   西田心夏(にしだここな) ……3年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉

   西田謙介(にしだけんすけ)  2年:藍彩高校から転校した。茜の彼氏

その他

   高野亜紀(たかのあき)  ……3年:椎弥・和奏の幼馴染。彩衣の従妹

   小鳥遊彩依(たかなしあえ)……3年:彩衣の双子の妹


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