第41話 桜の季節、ふたたび
下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。
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2年生の教室は2階。1階の窓から見ていた景色は変わらないが、1つ上の階に上がっただけで見え方が全く違った。
遠くに見える校門、立てかけられている入学式を知らせる立て札、そして校門を抜けて直ぐの場所にある桜の木。入学式に心に誓ったことを思いだしていた。
「まさか1年間でこんなに心境が変わるとはな……」
校門から入ってくる見知った女性。原田(はらだ)若葉(わかば)、和奏の妹だ。桜の木を見上げている。僕の時と同じことをしている若葉にクスッとしてしまった。
「何笑ってるのよ」
肩を叩いて窓際にいる僕の隣に立った女性。中村(なかむら)茜(あかね)、同じ美術部の仲間であり1年に続き同じクラスになった謙介(ともだち)の彼女。
「ほら、あの子」
桜を見上げている女の子を指さす。
「なになに、和奏ちゃんがいるのにもう新入生に目を付けてるの」
笑う茜。笑い声に合わせて長いポニーテールがふわふわ揺れる。
「和奏の妹なんだ、若葉ちゃん。藍彩高校に来るって言ってたけど本当に来たんだなぁってね」
僕の方を見る茜。
「じゃあ彼女も頭が良いの? 和奏ちゃんはえぐかったわー」
振り返った茜は、壁に寄りかかって中空を眺める。開いている窓から吹き抜ける風が長いポニーテールを激しく揺らす。
風の流れにのってきた桜の花びらが数枚僕の頬を叩いた。
「みんなー席につけー」
入口から新しい担任の先生が出席簿を抱えて教壇についた。見知った先生。
「今年、2Bを受け持つことになった涼島(りょうしま)啓介(けいすけ)だ。よろしくな。とりあえず花咲、号令をかけろ」
いきなり振られてビックリしてしまった。それもそのはず、この教師は僕が所属する美術部顧問。何かあると小間使いのようにこき使う先生でもある。
2年生になってクラス編成がされたおかげで、今のクラスに見知った者は数少ない。1年生で同じクラスだったのは5人程度、ほとんどが付き合いは無く、付き合いがあるのは茜さんだけだ。
「じゃあみんな、今日から1年生が部活の見学に来るからしっかり相手をするんだぞ。おい花咲、美術部は最低2人だからな。頼んだぞ」
さっきからフラれる僕にクラスメートは視線を向けるが、同じ美術部であることを知っているのか、僕に興味がないのか周りの反応は薄い。
2年生になったことで涼島先生(せんせい)によって事務関係の説明がなされる。途中で気づいたのか声をかけられた。
「花咲、職員室に行って俺のデスクに書類の束があるから持ってきてくれ」
クラスメートは視線をこちらにチラッと向けるが直ぐに教壇へと戻した。そこに颯爽と手を挙げる中村。
「先生! 私も手伝います!」
男子生徒の大半が茜の方を振り向いた。その後に浴びる視線。茜のポニーテールが揺れるように僕の心も不安に揺れていた。
* * *
美術部。新入部員を確保すべく競争のような日々が始まる。
「椎弥(しいやん)、ノルマはふたりだからね。イラスト部なんかに負けないよ!」
声にガッツポーズに高々と挙げる夏美。昨年は体育館に展示場を設けたが、今年は美術部に展示場を設営し体験コーナーを作った。それに海野夏美部長(なつみん)の提案で、作品を作れば原則自由であることをアピールする。
窓の外には新入生と思わしき面々が見学を始め、賑やかな声が盛り上がりを感じさせる。教室の並びにある科学部や読書部などにはパラパラと人が入り、イラスト部がある部屋には大勢の新入生が詰めかけていた。
「夏美先輩、新入生こないですねー」
椅子に座った茜が頭の後ろにあるポニーテールの隙間に指を入れて手を組んだ。
彩衣は相変わらずニコニコしながら窓の方を向いて絵を描いている。
「おにーちゃん来たよー」
元気な声と共に一人の女の子が美術室に入ってきた。美術部の視線を独占する……彩衣以外。
「おにーちゃん?」
茜が立ち上がって人差し指を頬に指した。
「若葉ちゃん!」
思わず入口に小走りになって近寄る。近づくと急に抱き着いてきた。
「おにーちゃん、友達連れてきたよ」
廊下側の陰から顔を覗かせる女の子。もじもじしながら教室に入ってきた。
「椎弥(しいやん)、抱き着いている女の子誰なのさー」
女の子を気に掛けることなく夏美が頬を膨らませている。
「ああ、和奏の妹だよ」
若葉の両肩を掴んで引き剥がす。
「よろしくお願いします。原田和奏の妹、原田若葉です。この子はクラスで知り合った春奈(はるな)彩恵(あえ)ちゃん。席が後ろだったから話しかけたら絵が好きなんだってさ。だから知り合いがいるよって連れてきてあげたの」
モジモジしながら教室に入ってくる春奈。その名前を聞いた時に僕の心はドキドキしていた。
彩恵……。彩衣の双子の妹と言う彩依(あえ)と同じ名前。それに小柄でどことなく雰囲気が似ている。しかし冷静に考えると、彩衣と双子であれば3年生のはず。でも、彩依のことが何も分からない僕にとって一つの手掛かりとしてこじつけたかった。
「あの……春奈彩恵です。去年のオープンキャンパスで飾ってあった美術部の絵を見て感動しました。是非入部させてください」
緊張しているのが分かるほど素早く深々とお辞儀する。展示されている1枚の絵を見つけると小走りに近寄って見上げた。
「この絵です……。この絵、私の心を掴んで離さないんです」
春奈が見上げた1枚の絵は彩衣の作品。1枚の絵に人々の想いが凝縮されたような絵。
「ふふふ、ありがとう。私が描いた絵よ。あなた、本当に絵が好きなのね」
描く手を止めて立ち上がり春奈の元に近寄る。
「じゃあ、入部届を書いてねー」
夏美は1枚の紙を彩恵に手渡す。紙を受け取ると直ぐに名前を書いて提出する。美術部に入るキッカケとなった絵を描いた彩衣の顔をチラチラみて頬を僅かに赤くしていた。
「なつみん、今年はふたりがノルマだからあとひとりだね」
僕が彩恵の方を振り返ると背中を強くたたかれた。
「おにいちゃん、私も入るわよ!」
驚いて若葉の目を見つめてしまう。
「だって、若葉ちゃんはずっとバレーでしょ。バレー部続けなくていいの?」
若葉は僕の右手を拾い上げると両手でがっちりつかむとブンブン振った。
「いいの! お姉ちゃんもお兄ちゃんに合わせて美術部入ったでしょ。わたしもそうするの。それにバレーは中学校仲間のサークルで続けるから大丈夫」
喜ぶなつみん、その後、新たな部員が入ることはなく最低人数での美術部が始まった。
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前作までの登場人物:
藍彩高校
2B:花咲椎弥(はなさきしいや):主人公。
2B:中村茜(なかむらあかね) ……美術部、謙介の彼女
(2B担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……美術部顧問。学園ドラマ好き
1A:原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う
1A:春奈彩恵(はるなあえ) ……若葉のクラスメート
美術部
3B:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が分かる。ニコニコしている。
3B:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。
彩光高校
原田和奏(はらだわかな) ……2年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。
海野美陽(うみのみはる) ……2年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。
篠原美鈴(しのはらみすず)……2年:和奏、美陽と共に特Sクラス
西田心夏(にしだここな) ……3年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉
西田謙介(にしだけんすけ) 2年:藍彩高校から転校した。茜の彼氏
その他
高野亜紀(たかのあき) ……3年:椎弥・和奏の幼馴染。彩衣の従妹
小鳥遊彩依(たかなしあえ)……3年:彩衣の双子の妹
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