第40話 3学期

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 3月。3学期も終わりに近づいていた。初詣で再会した亜紀や彩依からの連絡はなく、美術部の活動に勉強にいつも通りの生活を送っていた。


 彩衣の聴力、記憶ともに何の変化も見られていない。変わった事と言えば、彩衣が不思議な力をある程度制御できるようになっていた。相変わらず僕や和奏の心は筒抜けだが、つながりのない人の心は声は意識しなければ小さすぎて気にならなくなったようだ。

 どちらかというと制御が出来るようになったというより閾値(しきいち:分かる範囲)が上に動いたような印象。


 今日は美術室で石原先輩(もとぶちょう)の卒業のお祝いと、謙介の彩光高校転校祝いが行われていた。


「石原先輩(さっきー)、卒業おめでとー。大学に行っても頑張ってねー」

 夏美が音頭を取り場を盛り上げる。

「みんなありがとうな。茜、椎弥、美術部に入ってくれてありがとうな。おかげで3年間楽しく美術部が続けられたよ」

 お辞儀をする石原。

「石原先輩(せんぱい)、僕たちもおかげでこの1年間楽しかったです。彩衣に……最初は絵にあまり興味が無いことを見抜かれて……でも、ここに入って本当に良かったです」

 石原に向けてお辞儀をする。

「私もです! わたしも最初は小鳥遊先輩に心を見られて不安になったけど、入って良かったと思います。おかげで謙介とも付き合えましたし」

 謙介の方をチラリとみる。照れながら頭を掻く謙介。

「ははは、小鳥遊はひどい言われようだな」

 豪快に笑う石原。ニコニコしている彩衣。

「でも、そのおかげで今の僕たちがあるんです。本当に彩衣と出会えて良かった」

「ちょっとー、椎弥(しいやん)、私に会えても良かったでしょ!」

 頬を膨らませて可愛らしい殴るポーズをとる夏美。

「はい、なつみんにも随分と助けられ教えられました。みんなに出会えて本当に良かったです」

 クスクス笑っている彩衣。

「それにねー、まさか茜(あかねん)と謙介君が付き合うとは思わなかったよー。良かったねふたり共」

 頬を赤くする茜。謙介はお礼を述べた。

「はい!これも美術部のおかげっす。それに彩光高校に転校できるチャンスをくれた椎弥には感謝しかありません」

 深々とお辞儀をする謙介。


「でも謙介すごいわよねぇ。彩光高校に転校できるなんて。甲子園で活躍するんだろうなぁ……。勉強の方は不安だけど私がいるから大丈夫ね!」

 中空を見つめ力強く語る茜。

「茜(あかねん)、ラブラブだねー。謙介くんなら彩光高校でもモテるだろうから気を付けなよー」

 ニヤニヤしながら茜をツンツンする夏美。

 手に持った炭酸飲料を一気に飲み干すと片手でペットボトルを潰して立ち上る謙介。

「大丈夫っす。俺は茜さん一筋です!」謙介の言葉に赤くなる茜「それに転校したら野球漬けで女の子と遊びに行く余裕はないっす」

 茜は徐々に無表情になる、そのままぶっきらぼうに謙介に向かって言い放った。

「謙介、しれっと言ってるけど私と付き合ってるのを大々的に発表してくれるのは嬉しいけど、後半がどうも引っかかるのよね」

 ぴょこっと立ち上がって茜の肩を叩く夏美。

「まあまあ茜(あかねん)、謙介くんは女心ってものを分かってないのよ。不器用なほどに恋愛に真面目な彼を信用してあげなさい」

 そのまま僕に腕を絡める夏美。それに対して石原先輩(もとぶちょう)が呆れている。

「夏美、随分と椎弥に積極的になったな。小鳥遊や原田さんのことは知っているだろうに」

「石原先輩(さっきー)、恋は攻めて攻めて攻めまくるのよ! 美術部で椎弥(しいやん)と彩衣(あいりん)と仲良くしたいの。もちろん和奏(わかなん)ともね」

 『さぁ』のポーズをする石原。


「石原先輩、いいんです。わたしは椎弥がいろんな人と触れ合って椎弥がどう考えどう思うか自由だと思っています」

 彩衣の言葉を聞いた茜が感嘆の声をあげる。

「すごい……。なんかもう長年連れ添った夫婦みたいな境地に達しているのね。わたしもあんな風になれるのかな」


「彩衣 (あいりん)も大好きだよー」

 駆け寄って抱き着く夏美。


 みんなそれぞれの道を行くんだなぁ。窓越しに見える巨大な入道雲を見つめて感傷に浸っていた。そんな僕の隣に来る彩衣。

「大丈夫よ。方向は違っても充実したこの1年間は誰も忘れない。心の中にある道は繋がったままよ。今のところは私たちの道もね」

 彩衣はクスリと笑っていつもの席に座り、巨大な入道雲を見つめていた。



 * * *


 石原先輩の卒業式では涙を堪え、謙介は笑顔で見送る。謙介の場合は和奏や美陽と同級生になるのかと思うと不思議な感じがする。もしかしてクラスメートになったことを考えると笑いが込み上げてきた。

「なにニヤニヤしてるのよ。変なこと考えてたんでしょ」

 終業式が終わり帰りの電車に乗っていた。彩衣と帰っていたら和奏がたまたま同じ電車に乗っていたようで声をかけてきた。

「あら和奏。椎弥は美陽ちゃんや和奏と転校した謙介が同じクラスになったらおもしろいなって考えているみたい」

 僕の隣に腰を下ろす和奏。クッション性の高い座面の揺れを少し感じる。

「それはないわね。彩光高校はね、学力毎にABCDと別れているのよ。このクラスに学力が満たないスポーツ特待生は専用クラスに振り分けられるようになってるの」

「彩光高校はすごい実力主義だよね」

「そうなの、Aクラスや特Sにいれば免除も多いから両親にも楽させられるからね」

「ふふふ偉いのね和奏は」

「そういえば若葉ちゃんは藍彩高校に行くって言ってたけど彩光高校は視野に入れていないの?」


 腕組みをして頷きながら答える和奏。

「そうなの。お母さんから内緒で聞いたんだけど、学校で私と比べられるのが嫌なんだって」

「そっか。そういえば昔若葉ちゃんに聞いたことあったな。学校でお姉ちゃんと勉強を比べられて辛いって」

「まったく運動に関しては私なんかが逆立ちしたって敵わないのに」


 窓の外に流れる景色を眺めながらこの1年間にあった色々な事を思い出していた。流れる景色のように進む時間、長いようであっという間の1年間だった。僕と和奏は2年生へ、彩衣は3年生になる。


色々な事を心に誓う椎弥であった。

 


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※椎弥の1年生が終わりました。次回から2年生となります。


前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、謙介と付き合う

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……彩光高校へ転校する。茜と付き合う

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女

   西田心夏(にしだここな) ……2年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う

   高野亜紀(たかのあき)  ……2年:椎弥・和奏の幼馴染。彩衣の従妹

   小鳥遊彩依(たかなしあえ)……2年:彩衣の双子の妹


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