第36話 過去の探索
下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。
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「椎弥と和奏のことを忘れてしまうのが怖いの」
リビングに座った彩衣が力なく気持ちを語った。
「それはまだ分からないよ。音のときもそうだったけど、何がキッカケで記憶が離れ、何が切っ掛けて戻って来るかもしれない」
「分かっているんです……分かっているんですが色々と考えちゃって」
立ち上がる彩衣。キッチンへと歩き電動ケトルに水を入れてスイッチを入れる。ティーポットに茶葉を入れてお茶の準備を始めた。
「「……」」
僕は返す言葉が見つからなかった。この不思議な能力に立ち向かう材料が圧倒的に足りない。
「椎弥、色々考えてくれてありがとうね。ごめんなさい、取り乱しちゃって。もう大丈夫よ」
沸いたお湯をティーポットに注ぐと紅茶のふんわりとした香りがリビングまで漂ってくる。
スマートフォンを取り出して時計を見ると既に22時過ぎ。
彩衣はコップに紅茶を注いでテーブルに持ってくる。クッキーが数枚乗ったお皿を中央に置いて、湯気が漂う白いカップをそれぞれにコトリと置いた。
さりげなく、スマートフォンでドコネの画面を開いて彩衣や和奏とのメッセージを開いた時にあることに気付いた。
「彩衣のドコネのアイコンって大銀杏だよね? これっていつとったものなの?」
クッキーと共に、手元に置かれた紅茶を口に運ぶ。クッキーの甘さと紅茶のほろ苦さがマッチした美味しさが顔に出てしまう。
「ふふふ、椎弥は美味しそうに食べますよね。大銀杏の写真は……何かの写真を撮ったような気がします」
「そうだ椎弥、このイチョウって葉が茂ってる。私たちが知る限り葉が茂ってるのって幼少期……」
人差し指を顎に当てて考える和奏。
「そうなんだ。それに玄関に飾られている写真もそうなんだけど、イチョウに葉が茂ってるんだ。もしかしたら彩衣はこの辺りにいたことがあるのかもしれないね」
テーブルに力強く手をついて立ち上がる和奏。
「彩衣、やっぱりアルバムを探そう! 何かしらのヒントが見つかるかもしれない」
すっかり落ち着いている彩衣。いつもの通りニコニコしている。
「ありがとう。すっかり迷惑をかけちゃったわね。迷惑をかけるまで一緒にいてってお願いしたのにね……離れても何を言えないわね」
2枚目のクッキーを口に運び、紅茶を飲みながら答える。
「それは、耳で迷惑をかけたらって言ってたでしょ。僕たちは耳で迷惑をかけられていないからね。それに彩衣はいつも僕たちに好きにしてっていうでしょ。だから好きにしてるんだ」
立ち上がった和奏は彩衣の右手を掴んで立ち上がらせる。
「アルバムはどこにあるの?」
「寝室の収納に引っ越しの荷物はあるけど……」
「椎弥はそこにいなさい。女の子の部屋にある収納は見せられないからね。もしかしたら元カレの写真が出てくるかもしれないからモヤモヤしてなさい」
ぺろりと舌を出す和奏。彩衣の手を引いて寝室へ消えていった。
こたつの温もりを下半身に感じながら一人でのんびりしていると魔法にかけられたように強い眠気に襲われる。伸びをしながらそのまま横になって天井を見つめて色々と考えると、今日の疲れを居心地の良さが、脳から無意識に出た命令によって体と頭の動きを止めさせた。
○。○。
「……さん。おかぁさん。私を置いていかないで」
追いかける女の子。女の子を抱いて走って行く女性。
「もう止めて、お願い、お願い」
叩く手を、頭に作ったお団子で受け止める女の子。
「もうダメだな。まだ小さいのに」
大きな枝が落下……誰かに落ちた。 横で寝ている女の子
○。○。
屋根や窓から響く雨の音によって目を覚ました。窓越しに見える空は灰色の厚い雲が浮かび、大粒の雨を降らせている。
「おはようございます。ずいぶんとゆっくり寝ていましたね」
テーブルからスマホを取り上げて時間を見ると既に9時を過ぎていた。ドコネに和奏からメッセージが入っている。
[和奏] 帰らないこと両親に言ってなかったでしょ。私から伝えておいたから心配しないで。
「あれ、和奏は?」
部屋の中を見回すが和奏の姿はない。
「昨日の夜に帰りましたよ。23時頃だったかしら……」
確か、昨日アルバムを探すとか言って彩衣の寝室の中を探していたんだよな。
「そうですね。和奏と一緒に探しましたけど結局何も見つかりませんでした」
「そうか……、また夢を見たんだ。少しづつ彩衣に近づいている気がする。真実が分かればきっと彩衣の記憶を取り戻す手段が分かると思うんだ」
キッチンに行く彩衣。調理台に置かれたお皿と共に淹れたてのコーヒーを持ってくる。
「お腹空いたでしょう。サンドイッチを作っておきました」
遠慮なくサンドイッチに手を伸ばす。考えてみれば好きな時に来て、好きなときに帰る。食事まで用意してもらって申し訳ない気持ちになってきた。
「いつもありがとう。なんか僕や和奏の方が彩衣に迷惑をかけている気がするよ」
90度の位置に座ってこたつに足を入れる彩衣。ニコニコしている。
「ふふふ、良いんですよ。いつも言っているでしょ、椎弥の好きにしていいって」
一瞬良くないことが頭に浮かんだ。どこまで許されるのか……、そして友達になったら誰にでも言っているんじゃないか。
人差し指を頬に当てて考える仕草をする彩衣。
「そうですね。どこまで許してあげましょうか」
クスリと笑う彩衣。話を続ける。
「それに、誰にでも言っている訳じゃありませんよ。やっぱり信用できる人じゃないとね。今考えていることも、たまにだったらいいですよ」
彩衣の頬が赤く染まる。
あっ……。考えていたことは男としての正常な思考であるが、やっぱり相手に伝わってしまうと恥ずかしい。
ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ
母親から連絡があった。帰れそうだったら帰ってきなさいと。
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前作までの登場人物:
藍彩高校
1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。
中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好きだったが諦めた。
西田謙介(にしだけんすけ) ……サッカー部、モテる。中村が好き。
(担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き
美術部
2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い
2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。
彩光高校
原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。
海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。
篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女
西田心夏(にしだここな) ……2年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉
茂木源太(もぎげんた)……3年:野球部元キャプテン。椎弥と野球対決した。
その他
原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う
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