第35話 プレゼント

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 ブッゥ、ブッゥ、ブッゥ


 スマートフォンのメッセージが入った。

 [謙介] 俺たち付き合うことになったよ。こっちは適当にやるからそっちは好きにやってくれ。


 届いたメッセージを皆に見せる。夏美を中心に歓声が上がった。一番喜んでいたのは心夏(こな)だった。

「謙介にとうとう彼女が出来たか。美人の姉に囲まれてどうなるかと思ったけど良かったよ」

「心夏先輩、自分のことを美人って言うんですね……」

 美陽(みはる)がニヤリとしてつつく真似をする。

「美陽ちゃん。今言ったことを覚えておきなさい。陸上部の練習で自己ベストを出すまで帰れないと思いなさい」

 慌てる美陽。助けてくだせぇのポーズをして訴えかけた。


 謙介の家でクリスマス会が再開。会が謙介の転校祝賀会、そして新たに謙介&茜カップル誕生会へと広がっていく。冬の寒さを体現したような出来事によって冷えた空気を払拭するように盛り上がった。


 ケーキを食べ、料理を食べ、プレゼント交換する。僕が当たったプレゼントは、お洒落なクッキー。自分の物を引き当ててしまった。

 クッキーをみんなで分け合って食べた。彩衣のクッキーほどではないがとても美味しく感じた。それと、分け合う行為がより一層の仲間意識を強めた。

 

 

 * * *


 クリスマスパーティーも終わり、余韻を楽しむように大銀杏の前にあるベンチで雑談していた。すぐ近くに彩衣の家。わざわざ夜の寒空の下で雑談すことも無いが、家に入るとクリスマスパーティーが終わってしまうという気持ちが踏みとどまらせていた。それほど充実した時間だったのだ。


「ふたりに渡したいものがあるんだ」

 ポケットの中に押し込んだ小さな包みを開けて中から1つの箱を取り出した。15センチ四方の立方体のネックレスケース。ゆっくりと蓋を開けると、ふたりが箱の中をのぞき込んだ。


 イチョウの葉を模した4本の小さなハート型のネックレスが四葉のクローバーのレイアウトでおさめられている。1本を和奏の首に、1本を彩衣の首に、1本を自分の首にかける。そして最後の1本を彩衣に渡した。


「椎弥、なんで彩衣だけ2本なの?」

 お店でこのネックレスを見た時、刹那の時間に色々なことが頭を巡った。あまりにも多くの情報が入り込み、覚えているのはこうした方が良いという想い。

「分からないんだ。なんかこうした方が良い気がして」

 涙を流す彩衣。受け取ったもう1本のネックレスを握りしめた。

「ありがとう。このもう1本のネックレスが何故か嬉しいの。なんでだろう……なぜか私のことを分かってくれるような気がして……」

 想いを込めるように握り続ける彩衣。


「そうだ。和奏、彩衣、夢を見たんだ。女の子の夢。彩衣はその夢をわたしだって言ってたよね」

「そうですね。椎弥から分かる夢のこと、わたしの記憶を晴らすように思い出すんです。でも……」

「でも……?」

「わたしだと思うのですが、わたしじゃないような気もするんです。記憶がぼやけていて……」

「この間、彩衣の家で見た夢。お母さんに置いて行かれる女の子。ふたり居たんだ……。ずっとひとりだとおもってた。もう1人がお母さんに抱えられてた」

「それって彩衣ともう一人の女の子がいるってこと? 彩衣は姉妹とかいるの?」

 不思議そうに彩衣に尋ねる和奏。遠い記憶を呼び戻そうと考える彩衣。

「分かりません。父は死にました。母のことは記憶に無いんです。覚えているのは父から受けた虐待の記憶と父の死。そして小学生からの記憶だけなんです」

 椅子に座る彩衣。冬の星空の先、遠くを見つめている。まるで記憶の底を探っているように。

「小学生の前、幼少期の記憶が全く無いんだね」

 彩衣の隣に座って肩に手を乗せる。立ち上がって僕の方を向いて答えた。

「でも……。勉強会の時に飲んだ『つぶつぶオレンジジュース』。どこかで飲んだ記憶だけは思い出したの。味というより心……温かな心を」

「椎弥、ジュースなんてどこにでも売っているものね。手掛かりにして探すのは難しいと思うわ」

 手を銃の形にして顎に当てる和奏。右上の中空を見つめている。考えている時の和奏の癖。


 過去を探る物……目を瞑って考えてみる。思いつくと同時に左手の平に右拳をポンと叩く。

「もしかしたら彩衣の家にアルバムなんかが残ってたりしないのかな?」

「分かりません。あまり収納の中とか見たことはないので……。引っ越してきたときに親戚の……あれ? 誰かに手伝ってもらった気がするけど思い出せません」

 彩衣は右手人差し指先と親指先を絡めて額に当てて考えている。僕はあることを思い立って彩衣に聞いた。

「小学校はどこで過ごしたのか覚えてる? それと担任の先生の名前と」


 目を瞑ってうつむき考える彩衣。

「あれ……思い出せません。小学校時代、中学校時代の思い出はあります。運動会や音楽祭。でも……人と場所が全く思い出せないんです。覚えているのは人の心だけ……。完全に覚えているのはここに来てからのことだけです」

 昔のことを考えたことが無かったのだろう。今までの記憶がない”事実”が彩衣を襲う。がっくりと項垂れる彩衣。力なく椅子に座る。


「記憶……彩衣の心を見る力の代償」

 ふとそんなことを思った。でもこれはあくまで推測だ。耳から音が離れたが戻ってきた。何かの切っ掛けが音を離し音を戻す。記憶だって戻せる可能性が十分にあるはずだ。


 気落ちする彩衣を和奏と共に抱えて家に送り届けた。

 砂利が敷かれた家までの道のりを歩いていると静かな空気にじゃりじゃりと石のこすれる音が響き渡る。彩衣の心にどんな重しが落ちたのか……


 この時はまだ彩衣の気持ちを理解していなかった。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好きだったが諦めた。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女

   西田心夏(にしだここな) ……2年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉

   茂木源太(もぎげんた)……3年:野球部元キャプテン。椎弥と野球対決した。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う


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