第31話 望まぬ再会
下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。
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いい匂いがする。鼻に感じる幸せの匂いが朝の目覚めを心地よくする。
パンの焼ける香ばしい匂い、ベーコンと卵の匂い、コーヒーのかぐわしい匂いが渦となって僕の意識を引き寄せた。
寝起きの混濁した意識の中、匂いにつられるままリビングにフラフラと向かった。
「おはようございます。椎弥さん」
フライパンを片手に笑顔になる彩衣。
「おはよう……。ごめん昨日は迷惑をかけちゃって」
頭を掻きながら軽くお辞儀をする。
「いいんですよ、テーブルの上にお弁当を作っておきましたから1つ持って行ってください。朝ごはんを食べたら学校に行きましょう」
テーブルの上にはお弁当箱が2つ並べられている。心から湧き上がるムズムズした何かが顔をニヤニヤさせる。
「ありがとう。お昼にお弁当を一緒に食べない?」
朝食を並べる彩衣の姿を目で追う。
「ごめんなさい。いつも通りいつものように食べてないとクラスメートがビックリしちゃいますからね。それに最近、夏美さんが私の教室に来て食べるんですよ」
「え、なつみんが? なんの話をするの?」
「他愛もない話ですよ。美術部のことが多いかしらね」
顎に手をかけて考える。なつみんが彩衣になんの用があって……。あの時のなつみんは一体。
「ふふふ、夏美さんは夏美さんなりに色々と考えているんですよ。わたしには夏美さんの心は深くまで分からないのですが、いつも元気な裏表のない人ですよ」
「やっぱりー」
和奏が玄関を入ってきた。
「和奏、どうしてここに」
「昨日の夜、椎弥の部屋に電気が点いてなかったもん。ここ以外に考えられないじゃない」
腕組みをして頬を膨らませる和奏。
「大丈夫よ和奏ちゃん。昨日は手を出されなかったわ。和奏に悪いって」
「え、あ、そんなこと言ったっけ……って、心を読んだのか」
「それじゃあ、怒るに怒れないわね。でもなんで椎弥がここにいるの? 一緒に帰ったじゃない」
無意識にこめかみを人差し指で掻いた。
「和奏を送った後に大銀杏に来たんだ。何かは分からないけど呼ばれているような気がして。って、早く行かないとと! 遅刻しちゃう」
慌てて3人で学校に向かった。僕は自転車を駅まで走らせバスを待つ。朝の時間帯なら車より自転車の方が早い。駐輪場に自転車を止るとバス停に向かって走った。
ふたりがバスから降りてきた所、一緒に歩く一人の男が目についた。見知った人間に思わず隠れてしまった。
──中学時代の同級生。バスと言う狭い空間の中で同級生に会いたくないからこその自転車通学。電車なら車両を変えるだけで事足りる。
和奏が声を掛けられている。僕の同級生という事は和奏の同級生という事でもある。いつもと違う時間帯のバスに乗った弊害だった。和奏たちから離れていく男を確認するとふたりの元に走った。
「おまたせ。学校に行こうか」
堂々とふたりの元に行けばよかったが、痛む心が僕を引き留めた。何を話しているのか気になるが勇気がなかった僕はそのことに触れられなかった。
「椎弥、あの人がトラウマを作った人なのね。和奏のことを口説いていたわよ。心の中に色々な気持ちが渦巻いている人ね」
「そうだよね、隠し事なんて出来ないよね。ごめん」
電車の時間を気にしつつ早足で電車に向かう。
「しょうがないわよね。苦手な人に会う気持ちって分かるもん。高林君から久しぶりに遊びに行かないかって誘われたの。断ったんだけど連絡先を渡されたわ」
ピラピラと紙を見せる和奏。心の中にモヤモヤしたものが生まれる。
「ふふふ、椎弥が嫉妬してるわよ。わたしでも嫉妬してくれるかしらね」
「もちろんだよ!」
つい大声を上げてしまう。電車を待つ人々の視線が痛い。その中で一際強い視線を放つ者がいた。高林(たかばやし)恭二(きょうじ)、僕を裏切った者の一人だ。
心がざわつくのが分かる。手が小刻みに震えるのが分かる。もう昔のことだと思って気にしないでいた。しかし僕の心がそれを拒否する。
「大丈夫よ椎弥。そんなに心を押さえつけないで」
彩衣の笑顔がザワザワした心を溶かしていく……。
あいつが小学校から和奏が好きだったのは知っていた。が、和奏が振り向く事はなかった。そんな気持ちを野球にぶつけるように練習に励み、中2でレギュラーを勝ち取った努力を素晴らしいと思っていた。
この頃からかもしれない。僕に対する対抗心が強くなったのは……。
ライバル的な意味合いかと思っていたが、嫉妬的な意味合いだったことを2年の夏休み(裏切り後)に知った。
野球・勉強共にトップを走って来た僕が、どんな言い方をしても、何をしても嫌味にとられてしまうということを知った。
「それは違うわ椎弥。和奏をみてごらん、あなたの学力に嫉妬してる? 和奏が学校で裏切られたことある? 石原先輩、彩光高校への転校を決めた謙介くんを嫉妬している人はいる? たまたま椎弥は運が悪かっただけなの、わたしはさっきの人を椎弥と出会うキッカケをくれた人だと思っているわ」
「彩衣、椎弥のどんな心を読んだのかは想像できるけど……もうちょっと声を抑えてね。周りに聞こえるわよ」
赤くなる彩衣。うつむいてしまった。
「ありがとう彩衣。ごめんね。ありがとう。それと、和奏。あの時、僕のことを気にかけてくれてありがとうな」
赤くなる和奏。うつむいてしまった。
「あ、ちょっとふたりとももう駅に着くわよ。それじゃあ明日、彩衣の家で会おうね」
電車を降りると彩衣と2人で藍彩高校に向かった。いつもの電車の発着音、人々の雑踏、少しだけ残る不安が心に引っかかり、いつもの道のりがいつもと違って見えていた。
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前作までの登場人物:
藍彩高校
1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。
中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。
西田謙介(にしだけんすけ) ……サッカー部、モテる。中村が好き。
(担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き
美術部
2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い
2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。
彩光高校
原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。
海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。
篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女
茂木源太(もぎげんた)……3年:野球部元キャプテン。椎弥と野球対決した。
その他
原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う
夏美が付けた仇名 椎弥ん(しいやん)、茜ん(あかねん)、彩衣(あいりん)、石原部長(さっきん)、和奏ん(わかなん)、美陽(みはりん)
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