第30話 夢の中の女の子

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 神社の駐車場にある自販機であたたかい『無糖紅茶』を買って大銀杏(おおいちょう)の脇にあるベンチで空を見上げて考えていた。


 思い返されるのは夏美の言葉。


 『きっと人の心を読むという通常では考えられない能力が原因よ。それにそんな能力が聴力だけで維持できると思ってる?』


 これは一体何を意味しているのだろうか。夏美は一体なぜ彩衣のことを知っているのか。それに教えてもらえるとも言っていた。頭の中がグルグル回り混乱する。ペットボトルの口を開けて紅茶を一口喉に流し込む。温かいお茶が喉を通り食道を通って胃に到達する。身体の中からほのかな温かみが感じられる。

 寒さを緩和しようと、両手でペットボトルを強く握りしめる。うなだれるように目を瞑って額をペットボトルの口に落とした。


「まったく、なにやってるんだろう」


 どうして良いのか分からない。すがるように空を見上げると、沢山の星空がきらめきこの世を飲み込むような広さに巨大な大銀杏でさえちっぽけに感じる。


 大銀杏に寄りかかると紅茶を一気に喉に流しこんだ。紅茶の温もりが体を一時的に温めてくれるが、直ぐに寒さが上回り寒さに震えた。


「なんとか、なんとか彩衣を助ける方法はないのか。一体彩衣の体には何が起こっているんだ」


 頭の上に何かの感触があった。指で摘まむと、緑(あお)いイチョウの葉。すこし黄色味がかかっている。大銀杏の木を見上げると葉っぱは一枚も茂っていない。

 思わずイチョウの葉を強く握りしめる。木の周りをグルグル回って異変を探すが、いくら探してもいつもと変わらぬ大銀杏がそびえているだけだった。

 ベンチに座って握りしめた手を開くとそこには何もない……。頭が混乱して大声を出してしまった。


 力なくベンチにうなだれるように座り込んで頭を抱える。



「椎弥……?」

「彩衣……どうしてここに」

「椎弥の声に似た叫び声が聞こえたなーと思って見に来たの」

 彩衣は首のマフラーを僕にかけてくれた。手を引かれるまま近道の畑を突っ切って家に連れられる。

 玄関からあがるや否やお風呂場に押し込まれた。

「寒かったでしょ。風邪ひいちゃうから温まりなさい」

 キレイに畳まれたタオルとジャージを手渡される。

「私の服じゃあ小さいから和奏のお泊りセットから借りたジャージよ」



 お風呂に浸かって考える。お湯が冷え切った身体を温めてくれる。

 彩衣の不思議な力の源。力を得た原因……現代社会では考えられない能力。通常の思考では考えられない。それを知った素振りを見せていたなつみん。誰に教えてもらっているんだ……。それに舞い落ちたイチョウの葉。もしかしたら幻覚……自信が……な……い。

  


 ○。○。

「……さん。おかぁさん。私を置いていかないで」 

 ふたり……!?  女の子の影にもう一人……


「もう止めて、お願い、お願い」

 女の子が叩かれている。お団子? 叩く手が頭を守っている……


「もうダメだな。まだ小さいのに」

 大きな枝が落下……あぶないっ

 ○。○。



「椎弥、椎弥。しっかりして……」

 ゆっくりと目を開く。頭がボーとしている。肩にじんわりとした痛みが広がる。

「良かった。椎弥、椎弥。死んじゃうかと思ったわよ」

 目に涙が溜まっている彩衣。僕はやっと現状の把握が出来た。どうやらお風呂に入ったまま眠ってしまったようだ。

 僕の意識を取り戻させようと一生懸命に彩衣が肩を叩いてくれていた。裸である事実が急に恥ずかしくなってしまった。

「ごめん。……でも夢を見たんだ」

「椎弥、いいから早くお風呂から出なさい。あとでゆっくりと聞いてあげるから」

 初めて聞いた彩衣の怒った声、怒った顔。思わず笑顔になる。

「なに笑ってるんですか。死ぬかと思ったんですよ。心配したんですよ」

 彩衣の両肩をつかんだまま浴槽から出る。

「ごめん。なんか彩衣の怒った顔を初めて見たから嬉しくなっちゃって……」

「いいから早く着替えてちょうだい」

 彩衣はプイッと振返ってお風呂場を出て行った。僕は見逃さなかった、照れた表情を。



「ゴメン。いきなり来て迷惑をかけちゃって。どうしても大銀杏を見たくなっちゃって」

 こたつに入って彩衣と話していた。

「いいんですよ。椎弥の好きなようにして下さい。わたしは椎弥や和奏が望む通りにして欲しいと思ってます」

「夢を見たんだ……。いや、これは和奏がいる時に話そう。内緒話しみたいで気が引けるからね。彩衣の前では意味ないのだろうけど」

「ふふふ、不思議なものです。わたしの記憶が開けているような気がするんです。和奏や椎弥の夢とつながっているのかもしれませんね。それにやっぱり心で分かるのと口で聞くのでは気持ちも違いますから」

「たしかにね。夢のことは、和奏とまた一緒に話そう」

「そうですね。そろそろ1時になりますけど大丈夫ですか?」

「そうだ……。明日学校。早く寝ないと! あれ? そういえば彩衣の耳って気にならないね」

 僕はこたつから立ち上がりながら気になった。和奏のジャージを履いている椎弥の脛が少し顔を覗かせている。

「そういえば全然気になりません。むしろ離れた音が戻って来たような気さえします。思い切ってあんな告白したのに恥ずかしい」

 両手を頬に添える彩衣。僕は彩衣にキスをする。

「それがあったからこそ今の関係がある。良くなったのなら嬉しいよ。じゃあ今日は寝よう」

 寝室で手をつないでベッドに横になる。手の温もりと彩衣の香りを感じて心が落ち着いたのかそのままぐっすり眠ってしまった。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女

   茂木源太(もぎげんた)……3年:野球部元キャプテン。椎弥と野球対決した。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う


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