第29話 不安なふたり

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「椎弥、自分の学力を隠しているでしょう」

 夏美は人差し指を僕の唇にあてた。


「な、なんでそれを……」

「分かるわよ。初めて会った日からね。君の言動、仕草からなんとなくね。この人だったら私を理解してくれる。って、だから1回だけテスト勉強でカマをかけさせてもらったの。あんなにあっけなく解かれるとは思わなかったけど」

「中間テストの勉強会?」

「そうよ。あれはね旧帝の難問なの。わたしに解けなかった問題ね。あそこで彩衣が助け舟を出したってことは既に惹かれ合ってるんだなってね」


「と、いうことは夏美ち……『なつみん』も学力を隠している……」

「そうね、椎弥や彩衣よりうまく隠しているつもりよ」

「え、彩衣のことも分かってたの?」

「分かってたわよ。美陽が椎弥の学力を見抜いたでしょ。同じようなもんね」

 美術準備室の椅子に座る夏美、隣に座るように促される。

「今のなつみん、雰囲気は違えど美陽と似てるね。話の進め方と言いやっぱり姉妹か」

 促された椅子に座る。


「椎弥、嫌いじゃないでしょ」

「そうだね、僕は裏切りがトラウマになっている。美陽やなつみんのような人の方が信頼できるからね。彩衣に会ってなければ惹かれていたかもしれないよ」


「椎弥、私だってね。緊張するの。彩衣と同じ17歳よ。あんなことするなんてどれほどの勇気が必要か考えてちょうだい。それほど本心が見せられる椎弥を好きになったの」


「なつみん、ごめんなさい。僕はやっぱり彩衣と和奏が好きだ。気持ちには応えられない」

「いいのよ、今日の所はね。もう一つ大事な話があるの。彩衣のことについてね」


「彩衣の!?」

 思わず立ち上がって大声を上げてしまう。夏美はゆっくり立ち上がって僕の肩を掴んで椅子に座らせると、席に戻りながら話を続けた。


「あの子のことどこまで知ってる?」

「…………」

 何も答えられなかった。何をどこまで……どう答えて良いのか分からない。


「そうね。その反応が普通ね。……今、徐々に聴力を失ってきてるでしょ。きっと人の心を読むという通常では考えられない能力が原因よ。それにそんな能力が聴力だけで維持できると思ってる?」

「なつみんは、そんなことまで分かっていたの?」

「椎弥、あなたがあの子のことを一番知っていると思っちゃだめよ。わたしの方が付き合いが長いんだからね、それにわたしは教えてもらえるし、彩衣のことが大好きなんだから」

「え、なつみんが? 今までそんな素振りなんて見せなかったのに」


「色々あるのよ。今日の所はここまでにするわ。終わりにしましょう」

「ちょっとなつみん、続きを……」


「今度は椎弥(しいやん)の口から彩衣のことを教えてね。それにもう21時よ。椎弥(しいやん)のことだから彩衣を待たせてるんでしょ。悔しいから少しモヤモヤしててね」


 スマートフォンを取り出して時間を確認すると既に21時過ぎ。ここから彩衣の家まで1時間近くかかる……。それに美術室を閉めて帰らないと。



 * * *


 22時15分。彩衣の家の前まで来ていた。彩衣がどんな気持ちで待っていてくれたのか考えると胸が痛い。

 両親には友達の家に泊ると連絡済み。許してくれるまで彩衣の元にいたいと思っている。


 玄関を開けると、上がり框に座って待っている彩衣。隣には和奏。ふたりが肩を寄せて待っていた。リビングから微かに漏れる暖房の温もりを感じる。が、12月初旬のこの時期にこの場所はとても冷える。


「椎弥! 遅い。一体夏美さんと何をしてたのよ。私たちが凍えちゃうでしょ」

 両手を挙げて叫ぶ和奏。

「ごめん、なつみんにいろんな話をされてて……どうしてこんな寒い場所で」

 ふたりを立たせてリビングへ押していく。

「彩衣がね、きっと椎弥は大変な話をしているだろうからここで待ってようって。それにね、なつみんって何よ。仲良くなってるんじゃない。もしかして……」

 クスクス笑う彩衣。

「椎弥、おかえりなさい。それじゃあしょうがないわね。さぁ、夕飯にしましょう」

 キッチンの方に向かう彩衣。

「ちょっと彩衣、私だけ分かってないのよ。教えてよ」

 彩衣を追いかけるように和奏が小走りになる。

 どうやら、和奏になつみんのことを聞かれた時に思い描いた状況を読んだようだ。


 夏美とのやりとりをかいつまんで説明する。出来るだけ知られたくないことは伏せた。

 離れる感覚が聴力以外にも出現する可能性があること、夏美が妙に彩衣のことを知っていることは考えないように隠していた。

 心の中に思い浮かべないように必死に夏美とのやりとりを説明する。この時に僕は気づいた。心を読まれないようにするのに、なつみんの何も考えていないような言動がとても楽であることを……。


「彩衣、ひとつだけ聞きたいんだけどなつみんの心って読んだことある? 僕が話したようなこと、学力を隠していることなんて知ってた?」

 考え込む彩衣。

「夏美さんの心って良く分からないです。いつもの明るい夏美さん、普段の言動と私が分かる心が同じなんです」


「和奏、椎弥。もういいわ。これ以上考えたって分からないでしょ。椎弥が夏美さんに心を持って行かれなかっただけヨシとしましょう、ね、彩衣」

「そうね、和奏は随分不安だったみたいだからね。心の声を遮断しても溢れてくるようだったわ」

 クスクス笑う彩衣。

「何言ってるのよ。彩衣だって待っている間泣きそうだったじゃない。心が読めなくてもそれくらい分かるわ。ちょっと漏れてたわよ「椎弥の自由」って」

 彩衣の頬を突く勢いでぐりぐりする和奏。心なしか頬を染めた彩衣。


「ごめんね、ありがとう」

 和奏と彩衣、ふたりに後ろからゆっくりと抱き着いた。

「和奏、帰らなくても大丈夫なの? 椎弥は泊まるって言ってあるみたい。もう23時過ぎてるけど」

 スマートフォンを確認する和奏。着信やラインが多く入っている。慌てて荷物をまとめる和奏。

「いい、私を仲間外れにしないのよ」

 和奏は慌てて帰った。

「あ、和奏、ちょっと待って」

 走り出そうとする和奏を止める。

「彩衣、今日の所は僕も帰るよ。色々と考えたいところがあるんだ。彩衣の心が分かる力のことを……。それにこんな時間にひとりで和奏を帰らせる訳にもいかないからね」

 彩衣の頭に手を乗せて軽くキスをする。寂しそうな顔をするが納得したのかニコニコした。

「そうね、和奏ちゃんに何かあったら大変だからね、ふたり共気を付けて帰ってね」


 和奏の手を引いて自宅に送った。僕はそのまま家には帰らず大銀杏の元に走っていた。 




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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女

   茂木源太(もぎげんた)……3年:野球部元キャプテン。椎弥と野球対決した。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う


夏美が付けた仇名 椎弥ん(しいやん)、茜ん(あかねん)、彩衣(あいりん)、石原部長(さっきん)、和奏ん(わかなん)、美陽(みはりん)

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