第28話 なつみん

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 授業が終わり美術室に向かうと夏美ちゃんが先に来ていた。僕が来たことに気付くと温かい息が耳に触れる距離で耳打ちされる。

「椎弥(しいやん)、ふたりきりで話がしたいんだけどいいかな」

 唐突に夏美ちゃんに誘われた。

「夏美ちゃん、急にどうしたんですか?」

「そうね、ちゃんと椎弥(しいやん)に話しておきたいことがあったの。誰にも聞かれない場所でね。部活後に準備室で待ってるわ」

 誰もいない場所、誰もこない時間。一体なんだろう……。やっぱり一番最初に頭に浮かぶのは男女の関係。色々と想像してドキドキしてしまう。


 夏美ちゃんが部活の準備を始めると美術室に彩衣が入ってきた。僕の顔を見て一言。

「椎弥、鼻の下が伸びてるわよ。何の話かは分からないけど椎弥の好きにしていいからね」

 そのまま通り過ぎていつもの席に座ると絵の準備を始めた。彩衣の変わらぬ表情が僕の心を不安にさせる。

 彩衣にちゃんと説明をしようと席に向かったところで茜さんが入ってきた。


「こんちはー、椎弥くん、先輩たち早いですね。今日は続きの絵を塗っちゃうぞー。あれ、椎弥くん、なんか暗い顔してるけど何かあったの?」

 不安な心が顔に出ていたようで茜に心配された。

 こちらを振り向く彩衣。ニコニコしている。僕には彩衣の心はまだまだ読めない。気にしていないのか、怒っているのかが全然分からなかった。


 部活の時間が終わると一度美術室を出る。不安からドコネを使ったメッセージを彩衣に送った。


[椎弥] 夏美ちゃんのことは誤解だからね

 返信が無い……。見ていないのか、思うところがあるのか焦燥感に包まれる。


[和奏] なになにー。椎弥が彩衣にひどいことしたの? 見ている前でイチャついたとか

[彩衣] 大丈夫です。椎弥の自由なので。夏美さんとふたりきりで何をしてもいいですよ。

[和奏] 何をしたのよ椎弥。彩衣が悲しんでるじゃない。

[椎弥] 夏美ちゃんにふたりきりで話がしたいと言われたんだ。ちょっと色々と考えちゃって。

[和奏] その場面を読まれたわけね。まー椎弥も男だ。仕方ない。信じるだけだよ彩衣。ダメな時はダメな時だ。

[彩衣] 大丈夫です。椎弥も和奏も自分の好きなようにしてください。

[椎弥] 今日のことをちゃんと説明するから。遅くなっても彩衣の家に必ず行くからね。

[彩衣] 椎弥の好きにしてください。

 

 なんとなく嬉しかった。拒否されなかったことが彩衣が理解を示してくれたものだと思った。 

 

 冬休み前ともなると部活が終わる時間でさえ既に辺りは暗くなる。そんな暗闇の中、美術準備室だけに明かりが灯っていた。


 準備室をノックして部屋に入る。中では夏美がブレザーを脱いでシャツのボタンをいくつか外していた。チラリと隙間から見えるブラジャー。


「な、夏美……ちゃん?」

 心臓の鼓動が早くなる。顔が赤くなる、色々な妄想が頭の中で激しく膨らむ。


「椎弥。待ってたわよ。ずっと待ってたのこの時を。椎弥とふたりきりになるこの時をね」

「ちょ、夏美ちゃん」

 ゆっくりと僕に近づいてくる。テーブルに置かれた30センチほどの裸体像が僕の妄想を更に膨らませる。

 夏美ちゃんの柔らかな手が両頬に触れる。女の子の匂い、女の子の感触が僕の思考を奪う。


「ビックリした? 椎弥(しいやん)」

 僕の元を離れ、乱した服装を元に戻す夏美。

「夏美ちゃん、何するんですか! このまま僕に襲われたりしたらどうするんですか! それに……こんな……ことをするなんて」

 僕は大声を出してしまった。冗談にもならない冗談。


「そうね。襲われたらそれでもいいわ。そうしたら私と公認の仲にできるからね。それにね、私からのアピール。やっぱり和奏ちゃんから椎弥を奪うことが出来なかったか。そんな顔をされちゃあね」


「夏美先輩……」

「先輩じゃないでしょ、夏美ちゃんでしょ。でも今日から『なつみん』って呼んでもらおうかしら。私に恥をかかせた罰としてね」

 クスリと笑う夏美。

「一体どうしたんですか夏美先輩」

「『なつみん』ね。いい、これからこの名前で呼ばなかったら、私があなたと2人きりで話したかったことをバラすわよ」


「え、あ、さっきのが目的じゃあなかったんですね」

「そうよ。あれはわたしからのアピール。私の気持ちを知っていてもらおうと思ってね。椎弥が望めば続きをしてもいいわよ」


「……やめときます。僕は彩衣と和奏が好きだから。分かっていたんですね」

「ええ、夏合宿前には友人以上、合宿後には恋人程度の距離を感じたわ。今はそれ以上の関係もあるわね」

 赤くなる僕、しんみりとする夏美。

「そんなことまで分かっていたんですか」

「そうよ。私はね美術部で椎弥と始めて会った時から気になっていたわ。私が一緒にいて本当の意味で気楽に付き合えるのは君しかいないって」

 窓際に近づき、外を見上げる夏美。月や星空の光が夏美の顔を照らす。

「随分遅い時間だけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。遅くなるって許可はとってる。椎弥、これからが本当の話しよ」

 その場から動くことなく話を聞いている僕。完全にペースを掴まれている。

「その話って何ですか?」


「そうね。その話の前に一回目を瞑ってもらえる? 見せたいものがあるの」

「分かりました」

 不安になりながらも目をつぶる。夏美が僕の近くに近づいてくるのが分かる。


 ! 唇に温かい感触。慌てて目を開けると目の前に夏美がいた。急な出来事で僕は動くことが出来なかった。 柔らかい唇、柔らかい胸の感触に僕は何も考えられなくなっていた。 ゆっくりと唇を話す夏美。


「良かった。拒否されたらどうしようかと思った。続きは椎弥が望むなら改めていつでも誘ってちょうだい」

 何か駆け引きみたいなものを感じていた。

「夏美ちゃん、一体何が目的なんだ」


「1番は椎弥と恋仲になること。本当に話したかったことはね。椎弥は自分の学力を隠しているでしょう。それと今度『なつみん』って呼ばなかったら……」

 クスリと笑う夏美。あまりの衝撃におののいてしまった。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女

   茂木源太(もぎげんた)……3年:野球部元キャプテン。椎弥と野球対決した。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う

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