第27話 転入学試験

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 期末テストも無事に終わり謙介と挑む転入学試験当日。夏休み前に来て以来の彩光高校だった。


 入学試験も兼ねている事もあってギャラリーは特Sと元キャプテンの茂木。それほど多くはない。ルールは前回同様、2軍チームのピッチャーに僕が、キャッチャーに謙介が入り1軍と試合する。勝つことが目的ではなく実力を見せることが目的。


 謙介一人の転入学試験に野球部全体を動かし、関係ない僕が投げるなんてありえない。この場を作った特Sの力とそれを許す学校の凄さに驚いていた。それに僕たちの応援として夏美ちゃん、茜さん、彩衣が来ることまで許してくれていた。


 1軍の西田監督が僕たちの所に歩いてきた。

「謙介、今日は頑張れよ。父親だからって手は抜かん。素直に彩光高校に入らなかった試練だと思え」

「もちろんだ親父。俺だって野球が好きだ。彩光高校の1軍だろうが椎弥と一緒に蹴散らしてやる」


「椎弥くん久しぶりだね、覚えてる? 202だよ。君のことを知ってた205も今は1軍だ。君の癖はこのミットでしっかり感じ取ったからね。負けないよ」

「お久しぶりです。202さんって2年生だったんですね」

「ハハハ、3年生だと思ったかい、3年生が抜けてレギュラーになったしがないキャッチャーさ」

「椎弥、この人って飯田さんじゃないか。秋季大会で絶妙なリードで相手チームをなぎ倒したことで有名になった。こんな人と戦えるなんて嬉しいっす。でも俺も負けないっす」


 この日の為、謙介と呼吸を合わせるために、涼島先生(せんせい)に許可をとって部活後にグラウンドを貸してもらっていた。隅っこで誰にもばれないように遅い時間を選んで。



 * * *


 試合が始まった。謙介が構えるミットに投げるのは気持ちいい。やっぱり投手(ピッチャー)と捕手(キャッチャー)は信頼が大事だという事を改めて感じる。

 お互いを信頼することが何より大事。それに和奏や彩衣が応援してくれている。そんな心地よい感覚の中、気持ち良く投げ続けた。


 気分上々、最高の調子のまま試合が進む。


 カッキーン── そんなことを考えていたらホームラン。僕の打った球がホームランを知らせるネットを揺らした。これこそ無我の境地というものなのかもしれない。


 終わってみれば僕の打ったホームランで1-0。彩光高校の1軍に勝利した。気温のせいもあったが、まだまだ投げられる余力も残っている。


 試合が終わると1軍、西田監督をはじめ特Sのメンバーがふたりの前に集まってきた。あまりの気持ち良さに自分が主役のように錯覚していたが、今日は僕ではなく謙介が主役。


 一歩前に出る監督。

「本来であれば後日合否発表を郵送するところだが、全員一致で『合格』となった。2年次より入学を許可する。ご両親としっかり相談して手続きをするように」


 謙介の父親である監督から「両親と相談」という言葉を聞いて思わずクスッとしてしまった。あの言葉が合格者への定型文なのだろう。

 監督の言葉を聞いた謙介は両手を挙げてガッツポーズする。グラウンドに響き渡るほどの雄たけびを上げながら。


「謙介、素晴らしいリードだったな。花咲くんも素晴らしい投球だった。謙介が良い女房役として投手の力をうまく引き出していたのが良く分かった。花咲くんも気持ちよく投げられただろう。やっぱりふたりをバッテリーとしてうちにほしいものだな。ハッハッハ」

「親父……」

 監督が振返る。後を追うように特Sが振返ったその時、応援席にいた夏美が駆けだした。両手を挙げて僕たちの元に走り寄ってくる。

「あ、おねーちゃん」

 美陽が夏美を止めようと走る。美陽の怒った顔に気づいた夏美が方向転換して明後日の方向へ逃げ出した。追いかける美陽、逃げる夏美。徐々に開く差。


 特Sの面々がザワザワしだす。

「ちょっと美陽が追い付けないなんてなんてスピードよ」

「ちょっと私が行ってくるわ」

 特Sの女性が上着を脱いだ。スラリとした肢体。面々の反応から女子陸上部部長だということが推測できる。


 駆けだした女性に気づいた夏美が更に逃げ回る。追いかける美陽と部長。


「すごいね夏美先輩」

 いつのまにか彩衣と茜が来ていた。

「そうね、夏美さんは体育でいつも流すように走って1番とってるからね。真面目に走れと先生に怒られていたわ。自分の走りをちゃんとわかっているのね」


「椎弥(しいやん)。なんか美陽(みはるん)ともう一人の怖い人が追いかけてくるんだよー。助けてー」

「大丈夫だよ。いきなり夏美ちゃんが走ってきたからビックリして追いかけているだけさ。きっとふたりともなんで走っているのか分からなくなっていると思うよ」


 美陽と女性が追い付いた。両手を膝について肩で息をしている。


「ちょっとおねーちゃん。何でそんなに早いのよ!」

「美陽(みはるん)、私は秘密の特訓をしているのだよ」

 腕を組んでドヤ顔をする夏美。

「どんな特訓をしてるのよ。私と一緒にやってるランニングくらいじゃない」

 僕に抱きつく夏美。腕に感じる胸の感触、肩に感じる頬の感触。

「椎弥(しいやん)からエネルギーを貰ってるのー」

 一斉にあがる驚きの声。


 夏美を引きはがす美陽。

「おねーちゃん止めなさい。みんなが勘違いするわよ」

 その後、美陽は大声で僕の誤解を解いてくれた。


 表情は変わらない。が、心なしか和奏と彩衣の雰囲気に恐怖を感じた。


 この時、茜の顔がスッキリしていた。後日、和奏から聞いた話によると、「周りにいる凄い人たちに囲まれている椎弥くんを見て私が付け入る隙がないって悟ったの。諦めがついたわ」と話していたようだ。


「こらー!! お前たちいつまで遊んでる。今日は入学試験だったんだぞ、さっさと解散しないかー!」


 西田監督の大声がグランドに響き渡った。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……1年:3年生元野球部キャプテンの彼女

   茂木源太(もぎげんた)……3年:野球部元キャプテン。椎弥と野球対決した。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う


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