第23話 決意

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「一晩一緒にいて気づいたけど彩衣は耳の穴にホクロがあるんだね」

 自分の耳を指さす。

「ちょっと椎弥、恥ずかしいこと言わないの。あーでも冷静に考えると昨晩は恥ずかしかったわ」

 脱力して頭を垂れる和奏。

「ふふふ、わたしは大丈夫ですよ。人との心を絶つようにしてきたからね」

 フライパンを持つ手は止まっていた。

「ほら、フライパンが止まっているし、顔も赤くなっているわよ。素直になりなさい」


 楽しい、こんな生活が一生続いたら幸せだ。……ふと昨日のことを考えていた。彩衣が心を読めるようになった理由が分からない。分からない、分からない。

「椎弥、何考えてるの? 難しい顔して」

「思ったんだ。昨日、彩衣がどうして心が分かるようになったか分からないって言ってたよね」

「ええ、思い出せないの。思い出せるのは昨日話したことだけ」

「椎弥、何が言いたいの?」

「つまりだ、彩衣が心を読めるようになった経緯を突き止めればその逆も出来るんじゃないかと思うんだ」


 左手の平に右拳をポンと叩く和奏。

「なるほど、そういう考えもあるわね。でもどうやって……」

「僕は彩衣と和奏と一緒にいるって決めたんだ。何年かかってもいい、出来る事は少ないけど、これまでみた夢や色々なことを調べてみようと思ってるんだ」

「いいの? 彩衣は可愛いから元気になったら振られちゃうかもしれないわよ。……なーんてね、もう彩衣も椎弥もべた惚れだから大丈夫か。って私もか!」

「ふふふ。ふたりとありがとう。でもあんまり重荷にしないでね。それとちゃんと家に帰るのよ、ご両親も心配するからいつも通りに暮らしてね」



 * * *



 彩衣の家を出て和奏と家路についた。途中にある僕のランニングコース休憩場にある石に座って大銀杏を眺めながら和奏と話をしていた。


「まさか和奏とこんな関係になるとはな」

 目線を空に動かす。大きな入道雲が浮かんでいる。

「ちょっと椎弥、こんなところで変なこと言わないでよ。……今だから言えるけど私、小学生からずっと椎弥のこと好きだった」

 赤くなって俯く和奏。2本のおさげが心を反映するように静かに垂れている。

「考えてみると僕もそうだったんだろうな。いつも一緒にいるのが当たり前だったから空気のように大切な和奏が見えなかったのかもな」

「でも椎弥は本当にいいの? 私たちと約束しちゃって。裏切られた時の苦しみは誰よりも知ってるでしょ」

「そうだな。人の心なんて分からないもんな。でもね、僕は和奏と彩衣が大好きなんだ。この心を大切にしていきたいと思ってる。逆に僕がフラれるかもしれないけど」

「そうね。でも私たちは1つになった……ちょっと何を言わせるのよ、恥ずかしいじゃない」

 頬を赤らめて手をバタバタさせる。昨晩のことを思いだしたようだ。


「和奏。帰ろう」

 和奏の手を引いて家路につく。小学校時代を思い出すように和奏の笑顔を後ろに前に進む。大丈夫、僕たちはきっと大丈夫。


「じゃあな、和奏またね」

 家まで送って帰ろうとしたところを和奏の母親に呼び止められた。

「椎弥ちゃん、夕飯食べて行きなさい」

 おばさんに腕を掴まれると無理やり家の中に連れ込まれた。2階にある和奏の部屋へと放り込まれ夕飯が出来るまでそこで待ってるように言われる。

 和奏の匂いの本丸である部屋。この匂いが鼻に入ると昨日のことがモヤモヤと思い返される。


 ガチャ──和奏の部屋の扉が開いた。入ってきたのは妹の若葉。座っている僕たちを見てニヤニヤしている。


「若葉ちゃん、どうしたの?」

「えっとね、お姉ちゃんが女の顔になってるなぁってね。お母さんも察したんじゃない」

「ちょっと若葉! そんなことを言いに来たのなら勉強しなさい!」

 僕と和奏は顔から火が噴き出すほどに真っ赤になっていた。

「違うよ、お兄ちゃんに勉強を教えてもらおうと思ってね。わたしも来年は藍彩高校を受けるからね」

「え、若葉はスポーツ特待生で彩光高校に行くんじゃないの?」

「行かないよ。だって彩光高校行ったら勉強漬けだもん。別にスポーツもプロを目指すわけじゃないからね。自分の身の丈に合った高校に行くよ」

「じゃあ私が勉強教えてあげようか?」

「わたしはね、お兄ちゃんに教えてもらいたいの。大好きなお兄ちゃんにね。でも心配しないで、お姉ちゃんからお兄ちゃんをとったりしないから。私の今の夢はお兄ちゃんと本当の家族になることなの」


「ちょっと若葉ちゃん……。ほら、もしかしたら……どうなるか分からないでしょ」

「そうよ、もし私と椎弥が結婚しなかったらどうするのよ」

「その時は全力でお兄ちゃんをとりに行くわ。フッ!」

 高々と拳を振り上げる若葉。

「ちょっと若葉ちゃん……」

「冗談よ! 半分ね。ご飯できたから呼びに来ただけよ。今日はお兄ちゃんの大好きな唐揚げよ。お姉ちゃんには劣るけど私も手伝ったんだからね」


 食卓には唐揚げが並んでいた。なぜかは分からないがお赤飯が添えられていた。



 * * *



 家に帰って色々と考えていた。耳が聴こえず心の声だけが聴こえる生活はどれほどの地獄だろう。偏見、哀れみ、怒り、差別が多く聞こえる世界。そんなことを考えると胸が苦しくなる。

 僕もきっとネガティブな感情を心の中で思うことがあるだろう。その心を彩衣に読まれることもでてくるだろう。その時に彩衣が大切だと言うメッセージだけは乗せたい。そう決意した。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う

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