第22話 涙

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 ピアノを弾く和奏。音符が、世界が、音によって塗り替えられていく。大切な友達に心を伝えんと弾き続ける。

 涙がこぼれる。僕以上に彩衣が涙をこぼしていた。今日の彩衣の言動から何かを察し演奏を止めず音の旋律を部屋の中に流し続ける。


 1曲、また1曲。僕にとっては和奏の練習で良く聴いた曲。曲が思い出となって紡がれていく。昔聴いた時は何も感じなかったが、音が心に沁み込んでいく。心に入りきらなかった音が涙となって湧き出る。



 音が止まった。和奏が彩衣が僕たちの心がつながっているかのように言葉を発することなく静かに余韻に浸っていた。


 どれほどの時間が経っただろう。涙を拭った彩衣が言葉を発した。


「和奏、ありがとう……本当にありがとう」


 それ以上の言葉は必要なかった。彩衣の言葉をじっと待った。


「椎弥、あなたの見た夢。きっと私よ」

 音符が霧散し静寂が支配した空間を切り裂くように僕と和奏が声をあげた。

「彩衣が夢の女の子……」


「私ね小さい頃に虐待を受けていたの」

 彩衣が中空を見つめ遠い目をしている。僕たちは黙って次の言葉を待つ。

「その影響で人の心が分かるようなったの。でも、どうして読めるようになったかが思い出せない。椎弥が見た夢のように朧気な記憶だけ」

「夢の女の子……」

「一つだけ分かっているのは和奏や椎弥の心の声がハッキリ聞こえるにつれてわたしの音が離れていってるの」

 僕は思い出していた。部活で呼びかけに反応しなかった彩衣の姿を。

「じゃあこのまま私たちの心の声を聴いていると耳が……」

 和奏が手を口に当てる。目線が下にずれていく。

「そうかもしれないわ」

 

「じゃあ僕たちが彩衣と仲良くするほど耳が聞こえなく……」

「それでね。今のうちに和奏や椎弥の声をしっかり聞いておきたかったの。それに大好きな和奏の弾くピアノを心に刻んでおきたかったの」


「私たちは彩衣と仲良くしちゃダメなの?」

 和奏に涙があふれた。彩衣が涙を堪えている。押し殺すような声で彩衣が語った。

「なんで心を読めるのか分からない。でもね、音を失っても良いからふたりと仲良くしたいの。大好きな和奏と椎弥と一緒にいたいの」


 僕は考えていた。彩衣が大好きだ。会えないなんて考えられない。でも、音……

「椎弥はまだまだ彩衣のことが分かってないわね。さっきに心の声を聴いた? そんなんじゃ彩衣に振られちゃうぞ」

「なんで僕の考えが……」

「わかるわよ。ふたりとも大好きだもん。音を失わないようにひとりで細々と生きるより、一緒にいて良かったと思えるように過ごさせてあげましょう。それに私たちは運命共同体。一生一緒にいれば良いだけじゃない」

「和奏、そこまでは……迷惑をかけちゃったらいつでも好きなようにして。せめてそれまで……は」

「和奏の言うとおりだな。ごめんな迷ったりして。こんなのは覚悟にもならないな」

「和奏、椎弥く──」

 無意識だった。無意識に彩衣を抱きしめて口を口で塞いでいた。柔らかな唇の感触。震える肩、彩衣の匂いを肌で感じる。


「ちょっと椎弥何やってるのよ」

 現実に引き戻された僕は自分のしでかしたことに気づいた。涙を流す彩衣。


「ごめんなさい。思わず……それ以上の言い訳をさせまいと体が勝手に」

「ふふふ。ありがとう。嬉しかったわ。和奏には悪いけど」

「そうよ、私だけ仲間外れなんて嫌。椎弥、私にもキスしなさい」


 驚きの声を上げてしまうが心を取り戻し和奏を見つめる。


 潤んだ目、幼い頃から知っている顔。緊張しているのが分かる。

「和奏……」

 小さくつぶやくと唇を重ねた。和奏の頬に一筋の涙が流れた。僕の心が満たされていく……僕のことを分かってくれる和奏。愛おしさのあまり抱きしめてしまった。


「椎弥、やりすぎよ。恥ずかしいからそろそろ離して」

「ごめん。和奏との思い出が吹き出してしまって……」


「椎弥、あの……」

 顔を真っ赤にしてモジモジする彩衣。

「彩衣、どうしたの?」

「ごめんなさい。私も和奏のようなキスがしたいの……突然じゃなくて」

 ニヤニヤする和奏。

「分かったわよ(*1)。それでも私にとっては初めてなの」

 可愛い。彩衣が可愛い。一生懸命人との繋がりを絶(た)ってきたといっても17歳の女の子。僕たちにだけ見せてくれたか弱さ。とても愛おしい。

 彩衣とのキス。震える肩、華奢な体、膨らむ胸を感じる。強く彼女を抱きしめた。


「彩衣、私たちもやるわよ」

 和奏が彩衣の肩を鷲掴みすると自分の方に彩衣を向けてキスをした。3人の心がつながった瞬間だった。


 その後、僕たちは本当の意味で一つになった。



= = =

*1:和奏がニヤニヤしている時に考えたこと=さっき彩衣とキスしたけど、小学校1年生の時に椎弥とキスしてるのよ。私の方が先よ!

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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う


夏美が付けた仇名 椎弥ん(しいやん)、茜ん(あかねん)、彩衣(あいりん)、石原部長(さっきん)、和奏ん(わかなん)、美陽(みはりん)

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