第21話 異変

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「彩衣、彩衣……」

「…………」

「彩衣!」

 少し大きな声を出して呼びかけた。

「あ、椎弥」

「呼んでも反応が無かったからよっぽど集中してたんだね」

 彩衣の顔が一瞬陰った。

「ふふふ、ごめんね。集中すると周りの音が聞こえなくなるようね」


 2学期中間テストに向けて美術部で勉強していた。もちろん石原元部長も参加している。いつのまにか定期試験の前に美術部でテスト勉強をするのが恒例になっていた。


 週末は彩衣の家で和奏を含めたテスト勉強。そのまま彩衣の家に泊まる。初めてなので楽しみにしていた。それにお泊り勉強会は彩衣の提案だった。


「相変わらずふたりの学力はえぐいわね。一体どんな勉強をすればそんなに出来るのよ!」

 和奏の声と共に時計が正午を知らせる。


「やったー。ご飯だ!。この勉強会の最大の楽しみはご飯。外食するより美味しいし嬉しいよ」

「まったく椎弥は、今度作ってみたら? 私が料理を教えてあげようか?」

「ホント! 是非お願いしたい。将来、もし僕なんかでも結婚できたら一緒になった妻と協力してやっていきたいからね」

 中空を見つめて語ると、彩衣がクスクスと笑いだした。目線は和奏。特に何事もなくお弁当を広げている。

 僕は見逃していた、和奏が頬を赤らめて両手を添えている所を。彩衣はそれを見てクスクスと笑ったようだ。


 相変わらず和奏のお弁当は美味しい。

「こんな美味しいお弁当を持ってキャンプとか行ったら楽しいだろうなー」

「ふふふ、椎弥は和奏のお弁当の虜(とりこ)ね」

「彩衣まで変なこと言わないでよ。わたしより彩衣のご飯の方が美味しいのは分かってるわよ」

「じゃあ今度、3人でキャンプに行きましょう。私と和奏がお弁当を作って椎弥に食べてもらいましょう」

「僕にとって最高のご褒美じゃないですか。中間テスト頑張らないと」

「ふふふ、点数は抑えなくていいの」

 しまった。調子に乗り過ぎてしまった。ちゃんとやらないと。

「彩衣、どうしたの? 初めてね彩衣からどこか行こうって。それに今日のお泊りだって」

 彩衣の顔が一瞬曇るが直ぐに顔に戻した。無理しているようにも思えた。

「ごめんね、今日は夜に和奏にお願いしたいことがあったの。その時に話すわ」

「オッケー。じゃあさっさとご飯を食べて午後の課題を終わらせちゃいましょ」


 美味しいお昼ご飯を食べて午後の課題を済またら、おやつに彩衣の美味しいクッキーを食べる。このクッキーに心を奪われた僕は、何度か彩衣に作ってもらっていた。


 課題が終わると彩衣と和奏で夕飯づくりに取り掛かる。リビングに座ってキッチンで食事作りをするふたりを見ていると何物にも代えがたい幸福感があった。

 テーブルに肘をつき顔を乗せてキッチンを眺める。幸福感から染み出た温かさが僕を包む。幸せの感覚に心を引っ張られるように眠りについた。



 ○。○。


「……さん。おかぁさん。私を置いていかないで」

 長い髪……小さな女の子、走る女性を追いかけている。 

「もう止めて、お願い、お願い」

 女の子が叩かれている。長い髪の毛を手で掴み頭を必死で守っている。

「もうダメだな。まだ小さいのに」

 木……雨の中大きな木の前で寝ている少女


 ○。○。



「……や。……いや。しいや……」

 意識を引き戻される。眠りから覚めると突っ伏して寝ていた。テーブルを濡らして……。涎ではなく涙。僕の目から溢れている。悲しい訳でもないのに。

「椎弥、どうしたの!? すごい涙よ」

「ごめん。分からないんだ。少女の夢を……あ、彩衣。テーブル汚しちゃってごめん」

「いいのよ。その話はあとでするとして、夕飯にしちゃいましょう。今日は私と和奏が椎弥のために作った夕飯よ。メインは男の子が大好きなカレーライスとハンバーグね」


 食卓を片付けて所狭しと食事が並べられる。サラダにスープ、デザートまであった。迸る肉汁、辛さの中に深い甘みがあるカレー、ドレッシング……これは夏合宿で食べた。美味しすぎる。


「ちょっと椎弥、もうちょっとゆっくり味わって食べなさいよ。折角彩衣と作ったんだから」

「ふふふ、いいのよ。和奏、それだけ美味しいと思ってもらえてるんだから」

「こんなのゆっくり食べられないよ。美味しすぎて何杯でもいける!」

「椎弥、太るわよ」

 身体の動きが止まった。これでも一応野球が出来る体を維持できるように気を付けている。しかし……

「頭では分かってるんだ……。しかし体がいう事をきかないんだ……。見逃してくれ」

「ふふふ、大丈夫よ。和奏もそうだけどわたしも椎弥のありのままを受け止めてあげるわ。私たちもそうやって仲良くなってるんだから」

「彩衣、どうしたの? いつもより明るいわね。わたしはどっちの彩衣も好きだけど」

「和奏、食事が終わったらピアノを弾いてもらっても良いかな」

「あ、僕も久しぶりに和奏のピアノが聴きたいな。最後に聴いたのは中学校の夏休みか……。裏切られた直後だったから心に沁みたよ。今でもあの感動は残ってる」


「いいけど……。彩衣ってピアノ持ってたっけ」

 指さす方向に新品の箱が置かれていた。電子ピアノの新品未開封品。

「え、彩衣買ったの?」

「そうよ。和奏にピアノを弾いてもらうためにね」

「一体何があったのよ。どうしたの彩衣」

「あとで話すわ。今はわたしにピアノをきかせて欲しいの」


「……分かったわ」

 一瞬考えこんだ和奏が返事した。食後、僕は電子ピアノを組み立てた。音楽に疎くても分かる素晴らしいピアノ。しっかりとした作り。しっかりとした音色。


「じゃあ弾くわね。何かリクエストある?」

「和奏が小さいころに好きだった曲が良いな。わたしも椎弥のように和奏の小さいころを知りたいと思ったの」


 和奏は静かにピアノを弾き始めた。



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前作までの登場人物:

藍彩高校

 1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。

   中村茜(なかむらあかね) ……美術部、椎弥が好き。

   西田謙介(にしだけんすけ)  ……サッカー部、モテる。中村が好き。

 (担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問。学園ドラマ好き


 美術部

  2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い

  2C:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、言動が男を勘違いさせる。


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り

   海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

その他

   原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う


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