第18話 ふたり
下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。
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午後3時00分。謙介のサッカー部の練習が終わるのが午後4時。少し早めに来て美術室の中で時間を潰していた。
夏休み期間中の文化部はほぼ休みで、吹奏楽部と部活内で好きに集まって遊んでいる程度。美術室はがらんとして静かだが、校内が静かな分、吹奏楽部の演奏と窓から聞こえるスポーツ部の掛け声が学校に人の気配を感じさせていた。
作業テーブルに座ってみたり準備室の備品を眺めていたり1学期の部活を振り返るようにフラフラしていた。ふと窓の桟(さん)に肘をついて運動部を3階から眺める。
野球部やサッカー部、わずかにテニス部の練習風景が見える。野球部のメンバーを見ると、夏美ちゃんに写真を撮られて勘違いした人は誰なんだろうなーと考えると笑いが込み上げてくる。
サッカー部では謙介が目立っていた。藍彩高校は偏差値でいうと底辺に近い学校。名前が書ければ入れるとまではいかないが、一般受験をした人の学力は低め。そんなことを100も承知なのが先生。そこでスポーツ部に力を入れているおかげでサッカー部や野球部などスポーツが盛んとなり部活を目的に入る生徒も多い。
「あ、謙介、先輩にしごかれてるなー」
そんなことを考えているとそろそろ部活が終わる時間。謙介に教室で待っていることをドコネで送って教室に移動した。
自分の席で頭の裏で手を組んで椅子を後ろに傾けながら待っていると、教室の扉が激しく開かれた。謙介は僕の前へ背もたれを抱いて座った。
「わりー。待たせたな。夏休みの練習がきつくてなー。3年の先輩たちが引退するから引き継ぎの儀式みたいなものだな」
「見てたよ。美術室から謙介の雄姿を」
「恥ずかしいところ見られたな。それでなんだ話って」
「野球のことなんだ。親父さんから聞いてる?」
「ああ、俺もそのことを椎弥に聞きたかったんだ。親父になんとか椎弥を彩光高校に転校させられないかってな」
「それでな、その野球の話を学校では秘密にして欲しいんだ」
「別に構わんよ。言いたくないことは無理に言う必要はない。俺も誰にも言えないことだってあるしな」
「謙介ありがとう。恩に着るよ。僕も聞かないけど、誰にも言えない話しなんて謙介にもあったんだな」
「それはなー。頭が悪くても俺だって単細胞なわけじゃないんだ。まぁ頭の悪さはお前も一緒か」
謙介が大笑いする。僕は笑顔を作るだけで精いっぱいだった。心にチクリとしたものも感じた。
「悪いな。部活で疲れているのに呼び出して。もう帰るだろ」
急に無表情になる謙介。何か思い詰めている。何かを言いたそうにしている。一度立ち上がった椅子に座り直して謙介の言葉を待った。
「なあ椎弥」
謙介が今まで聞いたこともないトーンで話し始めた。
「どうしたんだよ謙介。困ったことがあったら聞くけど」
「ありがとな。実はな……。お前、中村さんと仲が良いだろ」
「うーん、仲が良いっていうか同じ美術部だしな」
「中村さんって好きな人いるのかな?」
「え……謙介、まさかお前」
「皆まで言うな。応援してくれとは言わない。もしかしたらお前たちは内緒で付き合ってるんじゃないかと思ったくらいだ」
「い、いや。付き合ってないけど。いいじゃないか。僕が中村さんに聞いておくよ。応援するよ」
「よ、良かったぁぁ。こんなナリしてるけどな、人を好きになったことがあんまりないんだ。自分に言い寄ってくる女子はあんまり好かなくてな」
「話してくれてありがとうな。謙介、この学校で友達のいない僕と友達をやってくれていることだってありがたいと思ってるんだ」
「着やせして分かりにくいがお前のその体はスポーツをやっているやつの体だ。自分を出せばキットモテモテだぞ」
「ハハハ、遠慮しておくよ。僕は今のままでいいんだ。目立たないでこのまま卒業していくのさ……」
「なんだそれ、まあ困ったことがあったら何でも言ってくれよ。特に椎弥に好きな人が出来たらな」
ふたりで笑いあって教室を後にした。
* * *
謙介との話を終え、大銀杏(おおいちょう)の根元に置かれたベンチに座っていた。
木を背もたれに頭の裏で手を組んで上の方を見上げた。
「どうしたの椎弥。こんなところにくるなんて珍しいじゃない」
「あ、あいせん……」
ものすごく照れ臭い。名前をしっかり呼ぶことも出来ない。
「ふふふ、そんなに意識しなくても良いのよ。和奏を呼ぶ感覚でいいの」
「あ、あい……さん」
隣に座る彩衣。
「そんなことじゃぁ和奏に叱られるわ。それで今日はどうしたの?」
「謙介と話をしてきてなんとなーく帰ってきたらここに足が向いてね。心を落ち着かせてたってわけ」
「そう。無事に解決したみたいで良かったわね」
「あい……。もし知ってたらでいいんだけど茜さんの好きな人っているのかな」
「椎弥、茜さんを?」
「もー。そんなことないって分かってるんでしょ。謙介が茜さんのことを好きなんだってさ。それで聞いてみるって言ったんだ。合宿で和奏と茜さんがふたりで色々と話していたみたいだから和奏に聞いてみようかな」
「そうね。中村さんや和奏には聞かない方が良いわ」
「え、どうして」
「それはね。中村さんが好きなのはあなただからよ」
「…………」
思わず俯いてしまう。
「いいのよ。あなたが誰を好きになっても。中村さんの気持ちを聞いてあなたがどう感じるのか、どういう行動をとるのかはあなた次第だわ」
「彩衣!」
「ふふふ、何かしら」
「教えて欲しい!、彩衣には好きな人がいるのか」
「じゃあ、目を瞑ってごらんなさい」
目をつぶる。胸の鼓動が高鳴り体中の血液が頭に上っていくのがわかる。
頬に感じる温かく柔らかい感触。ビックリして思わず目を開けてしまった。
彩衣の人差し指が僕の頬を僅かに刺していた。一気に力が抜ける。
「ふふふ、中村さんと謙介くんのことは私から和奏に話しておくわね。困ったことがあったらまた和奏と一緒にきなさい」
彩衣は立ち上がると家へと帰って行った。
頬に感じた感触を思い出すように手を添える。そのまま惚けていたら気づいた頃には辺りは暗くなっていた。
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前作までの登場人物:
藍彩高校
1B花咲椎弥(はなさきしいや):人間不信。特定の人は慣れた。
中村茜(なかむらあかね) ……美術部、淡い気持ち
西田謙介(にしだけんすけ) ……サッカー部、モテる。
(担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問
美術部
2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在、料理旨い
2C:海野夏美(うみのなつみ) ……元気、言動が男を勘違いさせる。
3C:石原早希(いしはらさき) ……頭が良い。美術部が大切
彩光高校
原田和奏(はらだわかな) ……1年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り
海野美陽(うみのみはる) ……1年:海野夏美の妹
夏美が付けた仇名 椎弥ん(しいやん)、茜ん(あかねん)、彩衣(あいりん)、石原部長(さっきん)、和奏ん(わかなん)
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