第19話 歴史から消えた宝石

「だからね、昔の栃木と群馬が喧嘩したのは、領土争いじゃなくて、財宝の所有権を巡っての争いだと思うの」


 ◇ ◇ ◇


『面白い』


『徳川埋蔵金は関係無いの?』


『赤城山に埋まってるのは別の宝ってことか』


『小栗は術者を使って、その財宝を探してたんだ』


『小栗には何か確信が有ったのかもね』


『可能性有るかも』


『けど、その財宝って何?』


 ◇ ◇ ◇


「さっき教えてくれた俵藤太たわらのとうただっけ?滋賀県の伝説だけど、同じく蛇と百足が出てくる話なのよね」



 藤原秀郷ふじわらのひでさと

 平安時代、首塚の祟りでも有名な平将門を、霊剣で討ったとされる武将だ。

 俵藤太と言う通り名で、百足退治伝説の主人公でもある。

 地域の伝承や本によって多少食い違うが、おおむねのあらすじは、その勇ましい人柄を買われ、大蛇に化けていた琵琶湖の龍神(龍女)から、悪さをする三上山の大百足退治を依頼されると、弓矢で見事これを打倒して、褒美に米が尽きることのない俵や、竜宮城に招かれて太刀や鎧(避来矢ひらいし)などの宝物を授かったとされる物語である。



小沼この伝説で蛇神に成った十六歳の娘は、えーと……赤堀道元って人の娘で、この赤堀道元が俵藤太の子孫なんでしょ?俵藤太の故郷が下野国しもつけのくにだから、この一連の話は元々繋がってるんじゃないのかしら?」


 ジュエリはメモした紙を見ながら、色々推理をしていた。

 メモに記された小沼伝説には、赤堀道元の娘は無理矢理小沼に引き込まれたのでは無く、小沼の蛇神に誘われ、十六歳の時に自らの意志で小沼に向かったという説も有る。

 伝説は地域の言い伝えによって、少し食い違いをみせる事は多々あることだ。



 ◇ ◇ ◇


『赤堀道元の娘は超能力者なの?』


『俵藤太の子孫だから超能力者の可能性有るんでないの』


『藤太も子孫の娘も湖の中に招かれてるのね』


『どちらも蛇神様に誘われてんだ』


『キーは湖の中の蛇神様』


 ◇ ◇ ◇


「私の考えを纏めるとコウ!昔、毛野国けのくにって王国が有ったの。ここの女王様は蛇神女王様と言われる十六歳の少女で、凄い超能力が使えたのよ。魔法の鎧や米が尽きない俵、毛の国だから毛の尽きない育毛剤も有ったんだと思うわぁ。金銀鉱山も沢山持ってた大金持ちの国よ」


 ◇ ◇ ◇


『なんて素晴らしい国だ』


『フサフサフサフサ』


『ワイも毛の国に住みたい』


『おまいはもう手遅れ』


 ◇ ◇ ◇


「だけどある日、金銀鉱山係の百足神現場監督が裏切ったの。女王を襲って財宝を盗もうとしたのよ。怒った女王は湖の底に竜宮城を作り、そこに宝を全て隠して閉じこもってしまう。結界の張った竜宮城は、女王と同じ十六歳の超能力少女しか入れない。『どうすんだよ!』って事で、毛野国は女王様側と現場監督側とで大喧嘩。ついには上野国こうずけのくに下野国しもつけのくにに別れちゃいました。結局財宝はどちらにも渡らず、今も湖の底。たまたま通りがかった十六歳の超能力少女だけが、その竜宮城に招かれるの。但し女王様が大嫌いな、百足野郎は必ず倒してね」


 ◇ ◇ ◇


『それだ!』


『凄いジュネキ♡』


『ジュエリンか戦った百足は現場監督の怨霊?』


「俵藤太は女じゃないよ。なぜ竜宮城に行けたの?』


 ◇ ◇ ◇


「藤太はきっと、心が十六歳の乙女だったんだわぁ」


 ◇ ◇ ◇


『漏れ得』


『アッー』


『藤太は滋賀の話だし、一旦無視しよう』


 ◇ ◇ ◇


「栃木と群馬が共に蛇側を主張するのは、財宝の所有権が蛇側に有るからよ!どう?完璧なストーリーでしょ?」


 ◇ ◇ ◇


『米が尽きない俵は沢山の田んぼだと思う』


『いや無理有るよ』


『毛野国はそんなに潤って無かったと思う』


『毛野国の時代に金銀鉱山は無い』


 ◇ ◇ ◇


「えーーー!!金銀鉱山無いの?毛野国って何年前に実在した国なのよ?」


 ◇ ◇ ◇


『歴女さーん、出番でーす』


『おそらく4世紀ごろです』


「弥生時代から古墳時代にかけてかね」


『空白の4世紀だ!』


『その頃の採掘は黒曜石とか辰砂かな』


『群馬なら瑪瑙とか有ったかもね』


 ◇ ◇ ◇


「ちょっと!!読めない漢字が多すぎるわぁ!こっちは鹿なのよ!もっと読みやすくしてよぉー!」


 ◇ ◇ ◇


『筋切り入りの馬鹿ってなんだよw』


『すじがねいり』


『4世紀は銅ですら輸入だのみだよ。銅は読める?』


『金属系の採掘は遅かったんだね』


『黄金は奈良時代から掘り出した』


 ◇ ◇ ◇


「ウッソッ!黄金の国ジパングのクセにきん無いの?シナリオ変更しようかな……」


 ◇ ◇ ◇


『その時代の宝なら翡翠かも』


 ◇ ◇ ◇


「ふりがなッ!」


 ◇ ◇ ◇


『ごめんなさい。ヒスイ』


『コメントにフリガナを求める強者』


『当時ヒスイは金より価値が有ったんだよな』


『糸魚川の翡翠(ひすい)か』


『でも、HISUIは新潟県だけだろ』


『世界最古のジェイド文化は日本。これマメな』


『ヒスイは日本中の遺跡から見つかるね』


『翡翠は縄文時代から勾玉にして、呪物として使ってたのー』


『そういえばヒスイには謎が多い』


 ◇ ◇ ◇


「どんな?」


 ◇ ◇ ◇


『越の縄文人はヒスイの加工品を無償で他国にプレゼントしてた』


 ◇ ◇ ◇


「宝石を?」


 ◇ ◇ ◇


『硬いから加工するの大変なのにな』


『越国は太っ腹だな』


『こしのくに=新潟県=俺の地元』


『越国はもっと広い。福井、石川、富山、山形の一部まで含む』


 ◇ ◇ ◇


「食料品とかと物々交換じゃ無いの?宝石を只であげるって考えられないわぁ」


 ◇ ◇ ◇


『当時の越国は食べる物に困ってなかったんだ』


『山海の幸が豊富だったしな』


『交易なら見返り品が残ってる筈だけど、見当たらないんだって』


『越国の遺跡に他県からの交換品が無いんです』


『つまり北は北海道から、南は沖縄まで無料でヒスイを配っていたのか』


『急に勾玉作りを辞めたのも謎だよな』


『奈良時代には翡翠の存在すら消えたらしい』


『昭和まで国内に有ったヒスイは外国産だと思われてたみたいよ』


 ◇ ◇ ◇


 __パチッ!


 ジュエリは何かを閃いたのか、指を鳴らした。


「ねえ……もし!もしもよ。本当は、物々交換をしてたとしたら?ヒスイに見合う宝物を、日本中から集めてたのかも……」


 ◇ ◇ ◇


『なるほど』


『ヒスイと交換された宝物はどこに消えたのだろうか』


『遺跡から見つからないなら、何処かに埋もれている』


『湖の底とか…』


『翡翠も誰かが大量に隠したから、翡翠文化が衰退したのかも」


『謎の4世紀に何が起こった』


『越国に有った貿易で得た宝物。そして大量の翡翠。誰かが持ち出した』


 ◇ ◇ ◇


「そうよ。そして、その宝を隠した場所が――まてよ!ヒスイ……」


 ジュエリは昨日視た夢の事を思い返していた。


「ねえ!その時代の魔法使いって、顔に入れ墨してる?」


 ◇ ◇ ◇


『倭人伝に男性は黥面だったと書いて有ります』


 ◇ ◇ ◇


「ふ・り・が・な!」


 ◇ ◇ ◇


『ごめんなさい。ゲイメンです』


『漏れ得』


『そのゲイでは無い』


『顔にタトゥーする風習ね』


『呪術者なら女性でも黥面だと思うのー』


 ◇ ◇ ◇


「やっぱり!ビンゴだわぁ!!」


 ◇ ◇ ◇


『何がビンゴ?』


 ◇ ◇ ◇


「昨日、夢を見たのよ。多分無意識でパストビューしたんだと思う。物凄いオーラの女の子と、小さな少年の夢」


 ◇ ◇ ◇


『その二人が結界を作った呪術者なのぉー?』


 ◇ ◇ ◇


「おそらく。色白で鋭い目、まさに白蛇のイメージだわぁ。その子が豪華なヒスイのネックレスをしてたの。少年の方は意識して私を見てた。あの二人は只者じゃないわぁ」


 ◇ ◇ ◇


『じゃあ、その子が蛇神女王様?』


『呪術者で女王様なの?』


『その時代、国の首長が女性呪術者って事は多かったのー』


『卑弥呼がそうだもんな』


『蛇神が宿ったシャーマンかも』


『赤城山の櫃石遺跡から、勾玉とか発見されてるよね』


『問題は越国の宝物を赤城山に埋めた理由だな』


『その呪術者が越国から奪った?』


 ◇ ◇ ◇


「うーん……そうね……新潟県と群馬って近いわよね。何か繋がりが有ったのかな?」


 ◇ ◇ ◇


『毛野国、蛇神、それに4世紀ごろ。その子は海人族かもしれないです』


 ◇ ◇ ◇


「うみびとぞく?」


 ◇ ◇ ◇


『ごめんなさい。ワダツミぞくです』


 ◇ ◇ ◇


「その、ワダツミ族って何者なの?」


 ◇ ◇ ◇


『詳しくは分からないけど、一説では紀元前に海から渡って来たとされる、航海術に優れた一族です』


『国津神だ』


『蛇神信仰に銅文化』


『海のスペシャリストだよな』


『貿易してたから大陸の文化も伝えたみたい』


『稲作とか?』


『多分竜の存在も広めた人達なのー』


 ◇ ◇ ◇


「竜の存在?」


 ◇ ◇ ◇


「縄文時代から蛇神信仰は有ったんだけど、大陸から龍神の知識を取り入れ、龍神と蛇神を同一視していった節があるんです」


『竜はインドのナーガ神で、蛇の精霊さんで、水神様だから間違いでは無いのー』


 ◇ ◇ ◇


「あれ?竜って、日本に昔いた動物じゃないの?博物館でデッカイ骨の標本を見た事有るわぁ。絶滅したトカゲでしょ?」


 ◇ ◇ ◇


『恐竜とは違うぞ』


『龍は架空の生物』


『神様だったり、精霊だったりする』


『仏教では竜王と言われ、竜宮城の主とされる』


 ◇ ◇ ◇


「ふーーーん。なるほどねえ。それで竜宮城が出てくるのね」


 ◇ ◇ ◇


『日本では昔、竜宮城を海神宮(わたつみのみや)って呼んでました』


『竜宮城と言えば玉手箱』


『中国とかも竜宮城に招かれた人は、宝物を貰える話が多いんだって』


『これは期待しかない』


『でも竜宮城って海のイメージだよな』


『海じゃ無くても湖や川が竜宮城と繋がってる話は沢山有るよ』


 ◇ ◇ ◇


「ヒスイが採れた所にも、そのワダツミさん達は住んでたの?」


 ◇ ◇ ◇


『貿易の拠点なので、越の国にも海人族が住んでいたと思われます』


『海沿いだもんな』


『越国と毛野国の人達は、同じ民族の可能性が有るのか』


『ワダツミ族の人達って、九州から北陸まで広範囲に住んでたんだな』


『加賀海岸のカガも蛇の事かもな』


 ◇ ◇ ◇


「カガ……カガメ……」


【カガは昔の言葉で蛇を意味します――】


 ジュエリは谷口の言葉を思い返していた。

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