「不死鳥の殺し方」
七匹に別れた獅子型シマモノのどれか一つでも村へ到達すれば終わりである。
確かに、アディスほどの力があれば討伐は可能だ。
プラチナ級でなくとも、ゴールド級が束になれば倒すことは出来る。
しかし一般の村人たちが武器を取って抵抗したところで、無意味。
抵抗も逃亡も、全てが意味をなさない。
居住区は何もかも破壊され、守るものが全て失われる。
それは人類にとっての敗北。守るもののない戦いに、未来などないのだから。
単体でそれほどの力を持つ獅子型シマモノの半数以上が……いよいよセイバーズの最終防衛ラインに迫る。
そこを越えれば、森林区の境界に至る。
*
村をどれだけ切り売りしようと、皆が無事に生き残っていればそれこそが我々の勝利である――というのはウロノスのスタンスだ。
一方でアイネは、村全体を守りたいと思っている。人間だけでなく、人間の生み出す営みそのものを守りたいと願っている。
人の命は大事だが、その命が生み出すものこそが未来への希望だからだ。それがどれだけ困難な道であろうとも、希望無き戦いに身を投じるつもりはない。
『…………』
脳内に浮かぶ変態覆面男の、無言の圧が刺さる。
(…………えぇ。えぇ分かってますよ。言われなくたってあなたの言葉が聞こえてくるようで耳が痛いです、えぇ――)
だから、戦況が苦しいのだ。
人命だけでなく村をも守るということは、必然、防衛ラインを押し広げることになる。
戦力の分散は必至。その上、それが原因で無駄な浮き駒が出てしまっている可能性も高い。そして一部の防衛チームに、過剰な負担を強いる形になってしまっているかも――。
(防衛戦なのに戦力を展開してどうするんだ、ですよね。分かってます……だけど)
ウロノスは確かに人命は守るが、誰彼構わず、というわけでもない。
彼は己の役割から逃げ出した者を守らない。
それぞれに与えられた戦場で、その勝利条件を放り出すような
やることをちゃんとやる、そういう人間だけを選んで守れる作戦を立てている。
だから村を切り売りする彼のやり方は、ある意味では
神は、乗り越えられる試練しか与えないというが。
果たして彼は神にでもなったつもりなのだろうか。
『本部長はてめぇに譲る。そして俺はこの村の長になる。村長だぞ。実質、神といっても過言ではないな。はっはっは。俺を敬え。そして俺を失望させるなよ――アイネ』
本部長を任された日に、告げられた言葉が脳裏を過ぎる。
ああ、確かに言っていた。既に彼は神だった。忌々しい神が増えたものだと、あの時は憤ったものだ。呪われてないだけマシかも知れないが……。
俺を失望させるなよは、彼にとって最大級の激励である。
全幅の信頼と、尊敬。おまえを頼りにしているという、それはまだあのフェルエルすら言われたことのない言葉だった。
(えぇ、分かっていますとも――見てなさいウロノス! あなたには出来ないことだって、私には出来るんですから――……!)
ウロノスはあらゆる能力に秀でているが、その性格にはだいぶ難がある。組織内の人間には強権を発動して無理矢理従わせることが可能な反面、組織外の人間に対する影響力は存外に低い。
端的に言えば組織的な仕組みを好まないアディス一家や不死鳥キリムを、ウロノスには動かすことが出来ないのだ。
彼らは、悪ではないが正義でもない。
『災害』に対し最低限の備えはするが、ある程度の被害は自然の摂理として受け入れていくものだと考えている。だから村に緊急事態が起こっても、自身の周辺に被害が及ぶまで呑気に構えてしまうという悪癖がある。
最終的に、アディスの場合フライアに、キリムの場合はゼンカに、それぞれ叱責だの懇願だのをされることによって渋々動き出す形にはなるだろう、しかしそのタイミングは概ね全てが手遅れになってしまうより僅かに早いかどうかだ。そんな二人をここまで早い段階で動かすことが出来たのは、他でもないアイネの功績なのだ。
アディスも、キリムも、アイネには少なくない恩がある。村と関わるようになったばかりの頃には直接会って話す機会も多く、彼女を介したから村人たちとより早く打ち解けられたのは間違いない。
村ではなく自分らの船に住みたいというアディスの我儘に対し、それでは心配だからと色々なサポートを用立ててくれたりもした。孤児院の運営などという、人外には難しい大役をキリムがこなせるのも、アイネの助力があったから。
そして、そんな些細な面倒事を、村に関わる全ての人間から引き受けてきたという事実を。眠る時間もない程の激務をこなしながら、その苦労を表に出さないことの意味を。二人だけではない。多くの村人たちが知っているから。
アイネが助けを求めたならば、彼らは動く。
返し切れない程の見返りを、先に貰っているのだから。
――そして同じく、ウロノスではなくアイネの命令だからこそ(厳密に言えば単にウロノスが嫌いだからアイネが手柄を立てる展開になった方が面白いと考えて)迅速に走り回っていた男が、ここにも一人。
「ぜーはーぜーはーッ、やっべぇ息止まるッ、死ぬッ……!! おっしゃ来いやシマモノッッ、四匹まとめて俺の魔剣でバラバラにしてやるぜぇぇぇえええええッッ!!」
漆黒の翼を広げる悪魔憑きの青年――ゼンカが、黒き蝙蝠の翼をモチーフに具象化した魔剣を構えて四匹の獅子型シマモノを迎え撃つ――
*
「あぁっっ、ダメ待ってそっち行っちゃらめぇぇぇぇえぇえぇえッッ!!」
…………はずだったのだが。
無情にも獅子の群れは、ゼンカを敵とは認識しなかった。
ゼンカは強いが、それでもゴールド級セイバーの合同チームにはちょっと劣る。
戦闘力はやどりとほぼ同等。常人と比較すれば弱くはないが……地方の小さな武闘大会くらいならば余裕で優勝できる程度には強いのだが……申し訳ないがその程度では、獅子型シマモノの足を止めるには至らない。
四匹の獅子型はそれぞれゼンカの頭上を飛び越え、脇を抜け、或いは大胆にも真っ直ぐ突っ込み、そのまま村へと駆け抜けんと疾駆する。
まさか対シマモノ戦において相手にしてもらえないなどという状況が存在するとは夢にも思わず(そのせいで脳内のウロノスに想定が甘いと叱られつつ)、必死に追いかけるゼンカに出来たことと言えば、最後尾のケツを魔剣でチクチクして動きを鈍らせることくらいであり、残る前三匹との差は開くばかりであった。
「いやいや待て待て待て待てマジで何だこいつら?! 俺のこと見えてないのか!? うおおおおおやっべぇマジでこれッ、洒落になってねぇってッッ!! 止まれッ、止まってッッ、お願いします止まって下さいうおおおおおおおッッッッ!!」
どれだけ懇願したところで、シマモノは止まらない。
人間如きの命令など受け付けない。
止める方法はただ一つ。
強さを示し、敵として認められることのみ。その価値を示せないモノに、強きシマモノは見向きもしないのだ。
「――く、くく、くくくくくくッッ」
と――不意に、ヒトを馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきた。
こんな森の中でいったい何処から、などと考えるよりも先にゼンカはその声の主にすぐ思い当たる。
「きっ、狐野郎!! 手ぇ貸せ!!」
「くふふふふッ、どうしましょうかねぇ、こうしてあなたの無様な姿を鑑賞するのもまた一興なのですが……」
「キリムに言いつけるぞてめぇ!!」
「おっとそれはご勘弁。仕方ありませんね、貸しましょうとも。ただし貸すのは手ではなく、私の美しき九尾の翼ですが――」
遠き過去に、キリムに敗北し、吸収されて眷属となった不死鳥の一つである。
元は狐。
千年を経て妖狐と化した、狐の怪物。
その翼は片方ごとに四本の尾を束ねられたような形状をしており、元々の一本と合わさるとまるで九尾のように見えたという。
キリムの眷属となった後はずっと人間の姿であったため、シマでは誰も見たことのない九尾の如き翼と尾は今、ゼンカの背にてその威光を放つ。
「うおっ……お、おぉぉぉぉおおおおっっ……なんッだこれ、すげぇ力……ッ!!」
『当然です。全盛期には遠く及ばずとも、
全盛期に遠く及ばない、の辺りを強調しつつ脳内で得意げに語るナインルート。
――『不死化』。
自身の不死鳥としての能力を他人に貸与する、キリムの固有能力の一端である。今回は万一の際にゼンカに力を貸し与えるべく、眷属たるナインルートにも同様の能力が分け与えられていた。それを行使したことでゼンカは一時的に、不死鳥に並び立つ戦闘能力を得る。
「――ぐるるるる……」
そして。
そのあまりにも大きな力は、先行するシマモノたちをも振り向かせるに足る。
状況は瞬時に、一対四の構図へと書き換えられた。
それが、幸か不幸かは別の話だが――
「……へっ、ようやくこっち見たな馬鹿野郎どもが……。さぁ今度こそ来いよ、死ぬまでここで俺と遊んでけ……!」
*
ゼンカと獅子型シマモノとの、村の命運をかけた戦いが始まろうとしていた頃。
或いはちょうどキリムが、その翼の権能をもって六翼の怪物を蒸発させた頃。
例の黒い塔が倒れたことでめくれ上がった大地から露出した黒い土の中に、一体のヒトの形が生まれていた。
一つの頭と、左右対称の腕と足。
五体を備えたその姿は、神の写し身。
生物の進化が最後に行き着く姿に、夥しい量の呪いを込めて産み落とされた――それは…………。
――その姿を最初に視界に捉えたのは、獅子型を倒し、次に向かうべき場所を見定めようと樹上に飛び乗ったフェルエルだった。
「なん……だ、……アレは…………」
彼女は今まで、自分より強い相手と出会ったことがほとんどない。
だからその姿を視界に捉えた時、彼女は相手の力量を生まれて初めて、測り損ねた。
ウグメやメロウのような明確な規格外ならばともかく。相手の強さが全く予見出来なかったのは本当に初めての経験だった。
ただ、それでも体は動いた。黒い土の中から生まれた存在が、人間に対して友好的である可能性など考える必要がない。敵であることを断定し、何もさせずに始末するのが最も理想的である。プラチナ級セイバーとして、村を守る最大の兵威として、彼女は一切の無駄を省き、最短でその存在を射程内に捉えにかかったのだった。
…………だが、その直後。
フェルエルの体は崖を越え、海の上にあった。
痛覚が追いつく頃にはもう、爆弾でも投下したかのような水しぶきを上げ、その身は海中深くに沈み込まされていた。
「……ッ、……〜〜〜〜!!」
まだ、負けたわけではない。
うっかり先制攻撃を貰い、シマの外まで吹き飛ばされたに過ぎない。勝負はこれからだ。
シマモノとの戦いは、どちらかが死ぬまで決着がついたとは言わないのだから。
しかし、……じわじわと体の末端から登ってくる痛みと痺れが、静かに告げる。
こんなことは今まで一度としてなかった。
間違いなく、歴代で最強の敵。もはや単独で勝てるかどうかも分からないレベルの――
(……水面は、……あっちか。くそう、この私がこんな無様を……なんて日だ……っ)
……初見の疾さで負けたのは久方ぶりだ。訓練の一環でウロノスと真剣勝負をした時以来、初めてかも知れない。
目では追えたから次は対処出来るだろう、しかしあれがトップスピードでないとしたらこれはかなりまずい状況でもある。
今から大急ぎで海上に顔を出し、全力の着衣水泳で崖まで向かい、水を吸って重くなった衣服に体を引っ張られながら岸壁をよじ登って、森林区の端から先程の場所まで全力ダッシュ――そうしてさっきの場所まで戻って「さっきはよくもやってくれたな!」と威勢よく一声かけよう頃には、きっとそいつは村に到達し、村人は全滅させて昼寝でも始めることが出来てしまうかも知れない。
……などと考えながらひとまず水面に顔を出す。
場所は絶妙。
ウグメの結界のギリギリ手前。
もし結界を飛び越えるような吹っ飛び方をしていたら、逆にウグメにキャッチされ、復帰までのタイムロスは少なかったはず。
「……まさか計算したのか? この位置を?」
ここから泳いでシマまで戻るのはかなりの手間だが、しかしそうせざるを得ない。
呪神は人間を殺すことは出来ないが、海に沈めた人間が勝手に溺死するのは泳げない人間が悪いだけなのでセーフなのだとか。つまるところ呪神の主張は基本的に解釈次第でどうとでも出来てしまうガバ穴だらけで、もしかしなくても事実上、その気になればいつでも人間など絶滅させられるに違いないのだ……。
なので、泳いで戻るしかない。
「う〜っ、頼むから私が戻るまで、何とか持ちこたえてくれよな――!」
*
フェルエルを迎撃した怪物は、次の狙いをキリムへと移していた。
彼女はちょうど、手薄になった村の防衛に戻ろうとしていたところだった。
「……ッ!?」
翼を広げ大空を飛ぶ彼女の両足を掴み――そして地面に叩きつける。
おおよそ人間技ではない。彼女とて何が起きたのか、誰に何をされたのかを理解していない。即座に両翼による反撃を飛ばしたのはあくまで本能的なもので、なのにその反撃が成立するよりも、もっと疾く――
「――ッッ…………ぎっ、あぁぁぁぁあぁあああああああああッッ!!」
怪物は引き千切った彼女の足を杭に見立てて、彼女の心臓を貫く。
激痛に霞む視界の中に、キリムは自身の両足が胸部を貫通しているという異常な光景を目にする。
頑丈な踵の骨が肋骨を粉砕して心臓を潰して――これが人間だったなら間違いなく即死していたであろう凄惨な姿で、昆虫標本みたいに地面に磔にされてしまっていることを彼女は理解する。
そして――間髪入れず首までも踏み砕かれ、断末魔の声すら断ち切られる。
不死鳥だから、これでもまだ、死にはしない。死ぬことができない。
しかし歪みに歪んだ呪詛を孕む攻撃で傷つけられた体の再生速度は平時を遥かに下回り、反撃はおろか脱出さえも不可能な状況へと彼女を追い詰める。
未知の奇襲に対して咄嗟に展開した死の半径も消失し。もはやこの敵を遮るものは何もなかった。
(…………あれ? これ、……私、……もしかして……)
他者の命を吸い取る権能、『死の半径』はキリムにとって最後の切り札だ。いくつか例外はあるものの相手が同格かそれ以上の力を持つ不死鳥であっても、彼女はその権能一つで勝利を掴んできた。
まさか心臓――或いは首を破壊されたままではそれが発動出来なくなるなんて、今初めて知ったことだった。
そして、いくら不死鳥であろうとも、その時点での生命力が尽きれば絶命する。後から生命力を補給すれば蘇るかも知れないが、試したことがないので分からない。
通常の生物は、肉体という物理的質量に自己情報を保存して生命活動を行う。しかし不死鳥という生物は、その自己情報を別のところに保存している。そこは物理的質量よりも一つ上の階層、より上位の世界、超越者の見る景色、神の側の者の領域――。不死鳥とは、端的に言えば、生命のバックアップとも呼べる
それと比較すれば通常の生物など、所詮は端末の内部メモリに記録された存在に過ぎない。端末に対する物理的な衝撃でデータは容易に破損するし、当然、それはそのまま死を意味する。
ここではない外部領域に生命としてのデータを保有する不死鳥は、端末本体、即ち肉体、或いは肉体が存在する世界そのものが破壊されたとしても、その存在に一切の影響はない。外部データの格納先さえ健在である限り何度でもその存在を復元することができる。それこそが不死鳥の不死たる所以であり、そして神の雛鳥である証なのだ。
「――ただし、外部領域に存在する情報のダウンロードには莫大なコストがかかる。そもそも外部領域との接続自体にさえ、それは同様にね」
キリムの首を壊したまま、怪物はそう口にした。
よく見れば、怪物はヒトの姿をしていた。
いや……ヒトだ。それは紛れもなく、ニンゲンの形……神のシルエット。
そしてその頭部に、ヒトには決してあってはならぬもの…………。
「不死鳥はね。そのコストを自身の生命力から支払うことで、不死という概念を現世に再現しているに過ぎないんだよ。或いはその莫大なコストの循環こそが、不死鳥にとっての生命活動であるとも言い換えられるかもね。だからそのリソースが枯渇したなら」
……外部領域との、切断。それは、地上生物にとり、脳と肉体を分断されたに等しい。不死鳥とて、二度と再生はしないだろう。
普通の生物と同じように、本当の意味での死に至る。
(…………死ぬ……?)
「そう。キミは死ぬ。やっと死ねる。良かったね。おめでとう。ついに、キミの夢が叶うんだ。失われた尊厳を、取り戻す時が来たんだよ」
心臓と首の二つが破壊され。
両足を失った体は、それでも己の意思に反して再生を試みる。
まずは心臓から。欠損しても死ぬことはない不死鳥にとっても、それは極めて重要な臓器。失えば必ず、最初に再生が始まる。
……しかし、そこに突き刺さっているのは、強い呪詛に汚染された自身の足。再生は阻害され、生命力だけが垂れ流しになる。
いつもだったら再生するかどうかは自分で決められたはずだ。なのに今は、この体のどこ一つとて思い通りに動かせない。
死の半径の消失と同様に――これもまた、初めて知ったことだった。
「首が潰れて脳がフリーズしてるんだ。キミの頭部は単なる観測機。視ることは出来ても、何も選ぶことは出来ない。僕らの世界ではそれを死と呼ぶのだけれど……まぁ、
……これが不死鳥の殺し方。
コツさえ押さえれば誰にでもできる一番簡単な方法。
そのバケモノはそれを淡々と実行し――死に向かうキリムの姿を見下ろしていた。
逆光の中、赤く染まるその瞳は。
うっすらと笑う、キリムには見覚えのないその顔は。
アーティから分かれた存在。歪のものに違いなかった。
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